"救えない"
1 私が住んでいる切り裂き通りは物騒な名前をしているものの平和な商店街だ。
私が住んでいる切り裂き通りは物騒な名前をしているものの平和な商店街だ。
パブや出店、八百屋に時計屋や風変わりな美術個展まで並んでおりその種類は多種多様で面白い。
私が住んでいる切り裂き通り三四の隣は美味しいワッフルを売る洋菓子店だったりする。
住民たちも私に優しく接してくれる。ただ私がテロリストだということを知っていて接してくるので、誰もが軽快にテロリストジョークを飛ばしてくるのがやや笑えない。
そういう気さくな人々だと思えばいい町である。事実私はこの切り裂き通りを気に入ってる。何か事件があって私の力が必要になるのであればすぐ駆けつける気でいた。
だが本当に目の前で事件が起きると決心というのは揺れるものだ。深夜の裏通り、私の前には死体がある、血だまりがある。
そして服のあちこちに赤い血をベットリとつけた少女が私に抱きついてこう言うのだ。
「助けて……」
あまりにも薄く、力無くそう助けを求められた。
「言っておきますがね、私はテロリストですぜ。お前さんが求めるような正義のヒーローじゃない」
私はハッキリそう言った。それでも少女は静かに泣きながら懇願した。
「助けてくれ……」
どうにも困った。目の前に死体がある。そして今私に抱きついている少女は恐らくその死体を作ってしまった犯人だ。
救いようが無い。だからこそ私が救える悪なのかもしれない。
「お前さんには二つの選択肢がありますぜ。正義のヒーローにぶん殴られるか、世紀の悪党に助けられるか」
私は少女に問う。少女は泣き止まない、静かに自分の感情を発露する。
「助けて」
私は頭を掻く。面倒な事件を受け持った自分の、なんと面倒くさい性格と信条か。
そうとも私は悪党だ。悪党だからこそ救える悪があると思っている。
「助けてやりますぜお嬢さん。悪党ムラサキ様が最後まで面倒を見てやるさ」
私はそう言って少女を背負い切り裂き通り三四の二○二号室に運んでいった。
***
少女はふんわりとしたショートヘアと背丈が私と同じくらい。おそらくハイスクールに通うぐらいの年齢だろう。
私は泣き止まない少女をリビングの椅子に座らせ、暖かい飲み物を用意する。ホットココアで砂糖は多目だ。
泣き止まない少女はテーブルの上にうつ伏せて泣いた。それでも少しは落ち着いて泣きやみそうにはなった。
「名前は言えるかね?」
そう聞くと少女は一言「カリー」と名乗った。
「いい名前だ。私はムラサキ。正直血だらけの死体とお前さんの姿には幾分か興味があるが、少し抑えよう。カリー、今は好きなだけ泣いてくれ。落ち着いたらココアでも飲んでくれたらいい」
カリーは泣きながらコクリと頷く。私はリビングから出て自室のベッドに寝た。カリーは落ち着くまで一人にしたほうがいいと思った。
人の目も無い自由な状態なら感情も吐き出させやすい。一人で考え込めば頭の整理もつく。それに人間は二十四時間も泣け叫べない。いずれ終わる。
問題はこの部屋、切り裂き通り三四の二○二号室に私と住んでいる同居人だ。普段はいいがこの件に彼女が絡むならばとても面倒くさい気がする。恐らく私の意思と相反するだろうし対策を考えねば。
だがそんな暇は無かった。突然木の板を殴り割る音が聞こえた。リビングだ。リビングにある木板の壁が破られたのだ。そんなことをする人間は一人しか居ない。
私は自室を出る。そこには銀色の髪の毛を尖らせ黒いコートマントを羽織った女。顔には大きな火傷と左目を貫く縫い目模様が施されている。
つまりこの殺し屋のような風貌をしている女が、フリーデ・アッカーマンだった。
「殺人、事件!!」
フリーデはそう高々に叫んだ。
「切り裂き通りで殺人事件が起きたぞムラサキ! なァ! これは正義の味方として許しちゃおけねぇ案件だ! すぐ犯人を見つけるぞ!」
寝ている人間を叩き起こす勢いではしゃぐフリーデ。即座に私の姿を見つけると近寄り肩を揺すってきた。
「殺人、事件! なァ! 切り裂き通りでだぞ!? 天下のフリーデ・アッカーマンが居るこの切り裂き通りで!」
フリーデはあまりにも強く私のことを揺らす。どんだけだ。私はリンゴが実ってる木じゃないんだぞ。
私はフリーデの両手をなんとか振りほどく。テーブルのほうを見るとカリーは泣き止んでいた。ココアを一飲みしてたようだが突然の状況に頭が付いてきてないように見える。
そしてフリーデもこの家に見知らぬ人物が居ることについてようやく気付いた。
「ん? 誰?」
フリーデは何も気にせずカリーに近づいた。まずい。カリーの服は血だらけで赤い染みがベットリと付いている。
カリーもそのことを気にしてか服を隠そうと手で覆うが焼け石に水だ。全く隠せていない。参ったことになった。
おそらくフリーデが言ってる殺人事件とはカリーと一緒に居た死体のことだろう。
もはや何も言い訳ができまい。私は殴られるカリーを救えないことを覚悟した。
「誰こいつ?」
フリーデはカリーを指差し私に尋ねる。さてどうしたものか。
「この子はカリー。血だらけで泣いてたから私が助けたんだ」
そこで私は嘘をつかないことにした。つまり当たり触りない事実だけを話し、都合の悪いことは隠した。
「つまりムラサキと同じ悪党?」
「会ったばかりだ。断言できん」
曖昧にして交わしてみるとフリーデは腕を組んで考え始める。時折カリーを睨みつけ真偽を確かめようとする。
カリーは睨みつけられるたびに手で目を隠した。どうもフリーデが怖いらしい。当たり前か。二階の壁を打ち破ってやってきた上に悪のドンみたいな風貌をしているのだ。
フリーデ本人は正義の味方を名乗っているが、ヒーローとはかけ離れている姿をしている。しかも左手が銀色に光っている。義手だから。
カタギに見えたほうがおかしい。
「よし!」
フリーデはパンと手を叩いた。カリーはそれに驚いてビクつく。
「証拠不十分として今は不問に処す!」
指差しながら叫び終えるとフリーデは何事もなかったように寝室へ歩いていった。
どうやら見逃してくれるらしい。私は少し心労が解けた気がする。なんにせよカリーは殴られずに済んだ。
「い、いまのは?」
カリーが恐る恐る私に声をかける。
「私の同居人だ。子供みたいな奴だよ。ココアはお代わりするかい?」
カリーは大丈夫ですと答える。大分落ち着いているようだ。フリーデが突然やってきたせいで解消する感情が飛んでしまったのかもしれない。
「さて今一度宣言しておこうか」
私も椅子に座ってカリーとテーブルを囲む。話し合う姿勢に入った。
「私は悪党だ。だからカリー、お前さんが善人だろうが悪人だろうが被害者だろうが加害者だろうがどちらでもいい。むしろ加害者なら尚更応援する」
カリーは臆することなく黙って私の話を聞く。それを確認して私は話を続ける。
「だから今後どうしておきたいか話してくれ。なるべく手伝うつもりですぜ」
それを聞いたカリーはしばらく俯いた。時たま目を瞑り考えている。言葉が見つからないのか。それとも悩んでいるのか。
いくばか無言のままだったがカリーは口を開く。
「わかりません」
「わからない?」
またしばらくカリーは黙るともう一度私に答えた。
「どうしたいのか、わかりません。どうすればいいのかも、わかりません」
さて私は困った。私はなんでもする気だったし「何もしないでくれ」と言われたらそうするつもりだった。だが「わからない」では私もどうすればいいか、わからなくなる。
「なら見つけるしかないですぜ。どうしたいのか、どうすればいいのかを」
カリーはまた押し黙ってしまった。取り乱しはしないがまだ混乱してるらしい。
私はカリーを治してやらねばならないと思った。そうしなければ進まない。
「どうしてあの場所で血だらけに?」
試しに私は核心を突いていく。だがやはりカリーは押し黙った。むしろさっきよりも俯いて何も喋らないようになってしまった。
長く沈黙が続いた。雨音が聞こえ始める。今日の夜は降る予報だったか。壊れた壁から雨も入ってきた。
だがその雨はカリーを前に進めた。
「……殺したんです」
沈黙を破ってカリーはそう呟いた。
「私が人を殺したんです」
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