3 アスタロイド。彼女は黒いゴシック衣装に身を包んでいる殺し屋だ。
アスタロイド。彼女は黒いゴシック衣装に身を包んでいる殺し屋だ。その姿は今のような夜中がよく似合う。得意分野は潜入と暗殺。
常に呆けてるような顔をしているが中身は冷徹。要人殺しや民間、つまり一般市民からの暗殺をよく引き受けていた印象がある。
「ようアスタロイドさんよ。久しいな」
私は気軽に声をかけてみた。何度か仕事を共にしたし敵対したことも無い。つまり表面上はお互い嫌いではない。
アスタロイドはくるりと回って私を見る。私より幾部か背が低いので顔を見上げてきた。
「意外。ムラサキが私に声をかけてきた。驚き」
アスタロイド特有の機械音声のような強弱の無い棒読み口調。確かにそんな話し方だった。
「そりゃ声ぐらいかけますぜ。知り合いなんだし」
「変容。あなたは変わった。見て取れる」
「お前さんは相変わらずだね。今日は休暇かい?」
「仕事。単独任務。報酬微々。ムラサキは誘えない。赤字になる」
淡々とアスタロイドは喋る。
「お前さんは殺しならなんでも引き受けるからなぁ。で、これは私の勘なんだが……仕事先はあのキャバか?」
私はアストロイドを見かけた時、そんな気がした。アスタロイドは依頼人を選ばない。国でもマフィアでも子供でも、その辺の喋りが止まらない貴婦人からでも受ける。
それこそ報酬さえ払えば誰でも。
「見事」
アスタロイドは何の感情も込めず手を叩いてくれた。わざとらしい。無のような昔の私よりたちが悪い。
「もしよければ同伴してもいいかね? 別に邪魔もしないし横取りもしないからさ」
「了承。構いはしない。でも妨害は即排除」
「わかってますよ」
私がそう言うとアスタロイドは無言でキャバクラの扉を開けた。そこにはガリエラが今日の売り上げを数えていた。
すぐさまゴシック衣装を着たアスタロイドは飛び掛る。ひと蹴り浴びせるとスカートの下から鎖を引き出しそのままガリエラで巻きつけ拘束した。
ガリエラは足も腕も動かせず口にも鎖を巻かれ喋れなくなる。
「……殺さんのか?」
「誤解。殺しが仕事ではない」
「へえ。一体どんな内容の依頼か私には皆目わかないですぜ」
そう私はすっとぼける。答えを教えてくれる存在がここに居るからだ。
「目が見えるのに皆目わからないんですか? にぶいですねぇムラサキさんったら。ふふっ」
車椅子に乗った笑顔のシナノ。そして他の少女達もこの部屋に居る。彼女達は今起こっている事象について驚きもせず静観していた。
「教えてくれやシナノさんよ。内容によっては賛同してやりますぜ」
「ムラサキさんは本当に優しいお方ですね」
「そら悪党には優しく接してやってるからな」
おかしな人です、とシナノは笑った。そうだとも。私はフリーデのことをよくおかしい奴だと言っているが、別に自分が正常だと思ったことも無い。客観的に見れば私は狂気のテロリストだし、悪党に共感する異端だ。
「で、ガリエラの店長さんをこんな簀巻きにして何がしたいんだ?」
「私達の手で四肢をもぎ取るんです」
変わりもしないいつもの調子でシナノはそう囁いた。
「もぎ取ったらガリエラさんの人生は変わるでしょうね。それも劇的に悲劇的に。まさに私達が雄弁に語る苦労も味わうことでしょう。いい気味です。ふふっ」
「お前さん達は仲がいいと思ってたがね」
「向こうはそう思ってたでしょうね。でも私達は感動として消費されるのはあまり好きではないんですよ。そもそも私達は普通に生活しています。何か特別なことをやり遂げたことはありません。私達は歴史の偉人ではないですからね。それでも我々は感動を求められてしまうものです。目が見えず足が動かないだけ私達はエンターテイメントなんですよ」
「でもそれがこの商売なんじゃないのか。お前さん達は金儲けのために開き直って自分を美化し健常な人間に感動を贈っている」
「ふふ。ムラサキさんったら私のことまだ聖人か何かだと思っているんですか?」
その言葉はシナノのナイフだった。
「私達は良い人でもないし努力家でもないんです。八つ当たりもしますし恨みもします。利用されていることに怒りを覚えます。復讐だってします。お金を貯めて殺し屋も雇います。生産性の無い意味のないやり返しだってしたくて堪りません」
それは人間が吐くセリフであり、悪党のセリフだった。
「いいね。意味のないものに意味を見つけそれを実行する、私の大好物だ。よかった。ちょっと見た目が変わってたからそんな心がないと勘違いしちまいましたぜ。まだまだ私も甘いもんだ」
「私達を見逃してくれるんですか?」
「見逃すどころか応援するね。たとえ正義の味方がやってきても、返り討ちにしてやりますぜ」
それが私のやりたい事だ。悪党の私は悪を救える。その力が私にはある。その意思もある。誰からの同情も得られない悪党だからこそ、私が同情するしかない。
だから私はシナノの味方だ。殺し屋アスタロイドの味方だ。
そして今、店の壁をぶち破り殴りこんできたフリーデの敵だ。
「助けを呼ぶ声がした!!」
そう高々に叫ぶフリーデの腹を、私は本気で蹴り飛ばした。そのままフリーデは対面の店壁に打ち付けられる。
「やっぱりフリーデは予知能力者か正義の味方だな」
またかとも思った。フリーデは悪党を見逃さなければ悪行も見逃さない。独自の嗅覚ですぐ嗅ぎつけてくる。
「手を貸してくれアスタロイド。あの野郎は私一人だと止められない可能性が高い」
「疑問。今のは何? 不明。顔の火傷不気味」
「悪党がゲラゲラ笑ってるとやってくる正義の味方だよ。アスタロイド、重火器はないか?」
アスタロイドは無言で衣装の中から黒いアサルトライフルを差し出した。M4だ。カスタムパーツが豊富で室内などの近距離戦にも向いているアスタロイドが選びそうなカービン銃。
私はそのままM4を借りてフリーデに向かって撃つ。フリーデは転がりながら後ろへと引いていく。
アスタロイドが服中至るところから鎖を長く伸ばしフリーデを捕らえようとする。
一つを避け二つを避け三つ目四つ目が伸びた時にフリーデはポケットからデザートイーグルを抜き鎖に打ち続け弾く。
やはり一対一でフリーデを押さえ込むのは無理だ。連携が必要になる。
「アスタロイド、私も鎖で繋いでくれ」
「名案」
そう返事をするとアスタロイドは鎖を一本伸ばしてくれる。私はそれを右腕に巻きつけた。
そこから私は鎖を引っ張りアスタロイドをフリーデに投げつける。そのアスタロイドは投げられつつも鎖の乱舞を展開。
行けると思ったが、フリーデは右足を強く地面に叩きつけ大きく真上へと飛び回避する。すばしっこい奴め。
今度はアストロイドが鎖を引っ張り上げ私を空高く飛ばす。その勢いのまま銃撃を闇雲に撃ちフリーデの動きを止めておく。
「今だ!」
アスタロイドも屋根の上に飛ぶ。そのまま私とアスタロイドでフリーデを挟み撃ちの位置に置く。なら完璧だ。
私とアスタロイドの合間には鎖がある。銃撃で動きを止めながらそのまま横移動して鎖でフリーデの腹を引っ掛けた。
すぐさま二人でフリーデに近づき組み付く。鎖もナイフもアサルトライフルも全て使って全体重をフリーデに向ける。絶対に動かなさいように。
私達はフリーデを完璧に封じる。そうなるとフリーデは全く抵抗しなかった。
「なあフリーデ、お前さんが動かないのは私が撃つと思っているからだろう?」
「だってムラサキ、そういうことするもん」
フリーデは頬を膨らませて文句を垂れた。可愛らしい奴かよ。顔に火傷と縫い目がなければ惚れる男も現れただろうに。
戦闘は終わったがこう着状態になった。一応二人分で圧し掛かっているのでフリーデは簡単に動けはしないだろうが、逆に私達も動けないのだ。
フリーデ・アッカーマンに対して少しでも隙を見せようなら野性の反応で突いてくるに違いない。アスタロイドもそれを承知しているのかフリーデを凝視し緊張を保っていた。
だがその緊張は破られた。軽快な音が場に鳴り響く。スマートホンのアラームだ。
アスタロイドは器用に鎖を操りながらスマートホンをスカートから取り出し応答ボタンを押す。
『もしもし? 私です私です。シナノです』
電話越しにあの明るい声が聞こえてくる。
「用件。早急」
『申し訳ないのですが、鎖を解かれてしまいまして。ガリエラ店長に逃げられてしまいました。追いかけようにも私達じゃちょっと厳しくてですね。また捕まえて欲しいんですけど。ふふっ』
私はシナノの笑顔が頭に浮かんだ。あの見えない目を閉じながら笑っているに違いない。
「はあ。どうしますかねアスタロイドさんよ。今ガリエラを追いかけたらオマケで正義の味方も付いてきますぜ?」
そういいながら私は銃口でフリーデを突く。正直私だけでフリーデを抑えられる自信は無い。
「……困難」
「でしょうな」
私達はあきらめた。緊張と拘束を解く。
なんとかフリーデを抑えられたがガリエラには逃げられた。
勝負に勝ったが試合には負けたのだ。
***
深夜特急。鉄道に揺られながら私達は帰路に着く。
フリーデは喜びもしなければ怒りもしなかったが、悲しみもしない真顔で窓を眺めていた。それはある意味フリーデが普段より不機嫌な合図だった。
「なんて顔してるんだフリーデ。悟りでも開いてるのか?」
「いや。ガリエラ店長が逃げたらあの店どうなるのかなーってさ」
「潰れるだろ」
ハッキリそう言ってやるとフリーデはガックリと肩を落とした。
「俺わりとあの店気に入ってたんだけどな~シナノとか美人だったじゃん」
「お前さんは騙されてるんだよフリーデ。障害者が全員女で美人で優しく接客してくれるなんざ幻想だ。ガリエラはそれらの条件を満たさない奴を雇ってない。金のことを考えてるからな。お前さんが知らないだけで世の中にはいっぱい居るさ。誰でも正義の味方にも悪党にもなれる。障害なんざ関係ねぇ。そしてシナノは悪党だ」
「知りたくなかったなァ……」
フリーデの顔は上向きにならなかった。
「既知」
その隣ではゴシック衣装を身に纏ったアスタロイドがスナック菓子をバリバリ消費していた。
「アスタロイドはなんで付いて来てるんだよ」
「解散機会喪失。ところでフリーデにオススメ」
「あん?」
「優良店。あと三駅後にゴシックキャバがある。中々愉快」
アスタロイドはスカートから鎖で繋がれた一枚に広告を見せる。カラー写真にゴシック衣装を着た様々な女性達がずらりと並んでいた。なんだこの店。
だが食い入るようにフリーデはその写真を見た。見てしまっていた。こりゃあかんぞ。
「……美人居る?」
「存在。ナイスバディ。中身もグッド」
「よっしゃ! 行くかー!」
フリーデは落ち込みを全て吹き飛ばして右手を天に突き上げてガッツポーズした。
「お前なあ! 美人なら誰でもいいのかよ!」
「そらそうだろ。いいじゃん美人!」
ケロリとストレートに言いやがって。そもそもフリーデ、お前も女だろうが。レズか。レズビアンなのか。
「まさかフリーデ、お前があの店に通ってた理由って」
「美人がいっぱい居るから!」
また私は呆れてしまった。フリーデには好みがあるし差別もあるだろう。だが少なくとも哀れみは無いのだ。
フリーデの頭の中は障害者であるとか健常者であるとかは無く、好みの美人かそうでないかなのだ。
そう考えるとフリーデは何も同情無くあの店に通っていたことになる。こやつめ。
「なあフリーデ、私は美人か?」
そこで私は自身の美貌が好みかどうか聞いてみる。
すると得意げにフリーデは言う。いつもの調子を取り戻して。
「ムラサキはいつ見てもひでぇ悪党ヅラしてるだろ」
「ひでぇ事いいやがる。これでも私は女の子ですぜ」
深夜二時。日が昇るまでお遊びは続く。
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