2 私は押され可愛がられ着替えさせられる。



 私は押され可愛がられ着替えさせられる。用意されたのはメイド服だった。黒と白をカラーリングしたフリフリがついているアレだ。しかもスカートが短すぎる。雑巾を巻いたほうがマシに思えてくるぐらい短い。

 上着部分も露出満載だ。前面は臍だしで、そもそも後ろに布生地がないので背中が丸見えだ。ブラジャーかよ。いやブラジャーのほうがいい。そっちを着させてくれ。

 一応カチューシャも頭に付けたがこんなものあってないようなものだ。どうでもいい。そんなことよりなんだこの露出度の高い服は。メイド服と呼ばないだろ。ただのエロイ服だ。

「似合ってるぜムラサキ。鏡見ろよ鏡!」

 乗せられながら私は鏡を見た。そこにはやば過ぎるメイド服を着た、私ことムラサキが映っている。遠くから見たら裸に見えてもおかしくないんじゃないか。やっばい。

「なあフリーデ、お前は正義の味方だよな。正義の味方は悪党を救うのか?」

 限界に来ていた私は決まりきった答えをフリーデに答えさせた。

「いや、殴る。俺は悪党を救わない。俺は正義の味方だからなァ」

「そんなこと言わずに救ってくれフリーデ。今私は恥ずかしくて死にそうだ」

「んなこと言うなよ。可愛いじゃん」

「……やだぁよぉ」

 私にはやりたい事など何もないと思っていたが今確実に存在する。それはさっさと服を着替えて家に帰りそのままダラダラと寝そべることだ。そのほうがマシだ。そうさせてくれ。正気を保つために舌を噛み切りたい気分だ。

「それよりムラサキ手伝ってくれよ。義手義足を取るの一人じゃ無理なんだ」

 車椅子に乗りながらピンク色の下着姿でフリーデはそう言った。体中にあるおびただしい傷跡が見えた。そもそも片方の胸は抉られていて存在しない。これを見るたびに私もよく生きているなと思ってしまう。

「そもそもこの銀色の腕って外れるのか?」

 フリーデの義手と義足は通常とはかけ離れている性能を持っている。振り回せば戦車砲よりは威力が高い拳とキックを打ち出せる代物だ。

 銀色に輝いており触れても硬く金属のように冷たい。そしてその境目は切れ目なく綺麗に繋がっており、肌色ならば普通の腕と変わりないだろう。

 私は言われるがまま腕を手に取り引っ張ってみると、あっさり銀色の左腕は外れた。ただその断面からピンク色の触手のようなモノがジュルジュルと音を立てて伸びていた。

「……なにこれ」

 触手はベトベトになりながら粘液も垂らしていた。正直気味が悪かった。

「かけ離れた性能を持った義手だとは思ったが、何の技術が詰まってこんな風になってるんだ?」

「俺もしらねぇよ。でも使えるし」

「いや知っとけよ。こんな未知未開なモノ気になるだろ。なんだこれは」

「わかんねえ。でも使えるんだよ。銃だって仕組み知らなくても使えるだろ? それと同じだ。ほれ足も頼む」

 私は言われるがままフリーデの右足を掴む。これもあっさり外れるが断面からは触手が伸びた。イソギンチャクみたいだ。

 フリーデは左手と右足がない本来の状態になった。体の傷も相まって悲壮感溢れる姿になっている。普段は黒いコートマントで隠しているが中はボロボロなのだ。十七歳にしていかに過酷な人生を歩んできたか理解できる。

 でもその過酷を与えたのは私だ。それらは全て過去私がフリーデと戦い与えた傷なのだ。私さえ居なければフリーデ・アッカーマンはこうなっていない。そう考えると罪深い感覚に襲われる。

 後は着替えか。フリーデはどんな服を着るんだ? そう疑問に思い広げてみる。

「……ってただの黒スーツじゃねぇか! 露出もクソもねぇ!」

「おーかっちょいいじゃん!」

 私はふと気付いて周りを見渡してみる。思えばシナノも他のキャスト達もそれほど露出した服を着ていない。ちゃんとお洒落してるし、男性受けするだろう。

 だが私はどうだ。改めて鏡を見てみよう。うん、キャバクラというよりはもっと危うい店の売春婦か何かだ。

「出て来いガリエラの畜生め! 服装についてクレームを要求するぞ!」

「くすくすくす。いやあ似合っているよムラサキちゃん。 ついでにこれもつけてみようか?」

 笑いを堪えながらガリエラは手袋を渡してくる。手袋というよりネコの手だけど。ついでにネコミミと尻尾も渡される。

「なるほど。これを装着して『お帰りなさいませご主人様~どうぞこちらへニャン』と媚びればいいんだな。って誰がするかボケェ!」

「あーはっはっは! 笑いが止まらないよ!」

 腹を抱えてガリエラは笑っていた。この野郎私をいじるのが楽しいんだ。死ね。死んだ後壁の的当てにしてやろうか。

「もうちょっと平等性を保ってくれ! なんで私だけなんだ! フリーデにも着させろよ!」

「だめだよ。フリーデは羞恥心がないから面白くない」

 確かにフリーデなら何ら疑問に持たずこの服を着るだろう。私はネコミミ猫手尻尾をつけたメイドフリーデを想像する。

 お帰りなさいませご主人さまよぉ。どうぞこちらへにゃぁん……そんな事フリーデが言うか? いや言うかもしれないがとても気味が悪い。

「とにかく! 断固としてこの服はおかしい! 普通の服を着させろ!」


***


 なんとか私はガリエラを説得し、普通のスーツを着せてもらった。やっと落ち着ける。もう二度とあんな服は着まい。

 さっそく店は開店し、私は車椅子に乗せられたフリーデとシナノの介護ボーイをやることになった。

 キャストが障害持ちしかいないキャバクラなど本当に客が来るものなのかと思ったが、それなり人は来ていた。この世の暗部を見せられてる気分だ。

 気が付けば私は大きく息を吐いていた。シナノの耳に聞こえるぐらいに。

「あら。ムラサキさんはこういう仕事、初めてなんですか?」

「別に水商売を嫌ってるわけじゃないですぜ。世の中にごまんとあるからな。ただ、ここみたいな店は気が引ける」

「ふふ。ムラサキさんは人情味のある方なんですね」

「よせやい。私は感情が薄いほうなんだ」

 そう言ってもシナノは私に優しく微笑みかけた。

「そんなこと言ったら私のほうが感情が薄いですよ」

「そうかね? お前さんはいつも楽しそうに見えますぜ」

「盲目ですから笑顔の表情とか怒りの表情とかが掴みにくいんです。他人の顔色がわからないということは、自分の顔色もわからないんです。この顔が人に好印象を与えるものだと理解するまで結構かかりましたよ」

 シナノは自分頬を手で引っ張りながら精一杯アピールした。

「ムラサキさんは趣味の悪い商売だと考えているようですが、良かろうが悪かろうが苦労は避けられません。ま、私は足が動かないので避けられないのも当然ですけどね! ふふっ」

「なるほど。お前さん達はこうやって話を弾ませるのか」

「もー素直じゃないですねえ。もっとお互い歩み寄ってお話しましょうよ。私は歩けませんけどね! ふふふ」

「私は目が見えるがお前さんの本音が見透かせんよ」

 どうにも私はシナノが苦手だ。いつも笑顔だがそれが作り物に見えてしまう。私の勘違いだといいのだが。

「そういやフリーデはこの店によく来るのか?」

「んー。頻繁ではないですが顔は出してくれますよ。ねえフリーデさん?」

「ぐかー……」

 寝とるが。暇すぎたのか。いつも通りに自由な奴だ。

「ふふっ。フリーデさんは面白い方です。私が外に出ようにも不便と恐怖で出られないと言ったら、壁を壊して連れ出してくれたんですよ」

「滅茶苦茶だな。連れ出すにしても私ならドアを開けて外に出るね」

「うふふ。その時は色んな場所に連れて行ってもらいました。風が気持ちいい公園の高台とか。私の知らない隠れたアイスクリーム屋とか」

 フリーデがそんな気配りができるとは意外だ。いつも私には無茶な注文をしてくるのに。羨ましい。

「……と言うとでも思いましたか?」

「む?」

「ふふ。そんなわけないじゃないですか。確かにある程度は私が行きたい場所も行かせてくれましたけど。本当は野球場に行ったり映画館に行ったり景色が綺麗なところに行ったんです。ふふっ」

 それは納得が行く答えだった。

「全部目が見えないと楽しめそうに無い場所だ。フリーデめ、気遣いが無いな」

「そうでしょうか。野球場も映画館も景色が綺麗な場所も音は違いますよ。充分楽しませてもらいました。真に勇気があるのは私達自身ではなく私を連れ出したフリーデさんみたいな人の事を言うんですよ。あ、この言葉はとある野球選手の受け売りです。ふふ」

 車椅子に乗る盲目のシナノは屈託のない笑顔を見せた。


***


 仕事終了。私はクタクタになりながら控え室で休んでいた。

「つ、疲れた……」

 ボーイと言っても役割は御用聞きのようなものだが、言いように使いまわされた。その上客にも絡まれるので大変だ。

 今度は戦場にいる感覚を思い出しながらやらねば。疲れなど感じないような緊張感を持たねば疲労で倒れかねない。

 椅子にグッタリ寄りかかりながらちらりとフリーデのほうを見てみる。既に黒いコートマントに着替えていた。疲れなど感じさせない元気いっぱいな顔だ。コイツは変わらんな。

「ムラサキちゃんお疲れー! 昨日退社したボーイの次期候補が見つかってよかったよー」

 ガリエラ店長が気前良さそうに話しかけてくる。

「二度とやらんからな」

「つれないねぇムラサキちゃん。私はいつでも歓迎なのに」

「店長に商才がある事はわかったが、遠慮が無いのが玉にキズだ。私らはこの辺で失礼させてもらいますぜ。いくぞフリーデ」

「あーい。シナノ! またなー!」

 フリーデは大手を振って別れを告げる。フリーデ、シナノは目が見えないから手を振ってもわからんぞ。

 シナノも変わらず笑顔で手を振っていた。目が見えないのに。誰かから教えてもらったのだろう。はたから見れば意思疎通ができてるように見えていた。

 私とフリーデは共に店を出てた。やっと地獄から解放された。肩の荷がオリる。

「フリーデ。この店よく来るのか?」

「来たい時に行ってるけど。半年に一回ぐらい? シナノと喋るのは悪い気分じゃない。美人だし」

「相手はそれが商売だからなぁ。フリーデ、お前さんは騙されてるんだよ」

「ムラサキ、キャバクラは騙されるために行くんだぜ」

 確かに。擬似恋愛に近いものがある。

 つまりフリーデは開き直って擬似恋愛を楽しんでるのだ。恋愛と言ってもフリーデもシナノも女性だけど。

「それでも騙しは騙しだ。本気にしないでくれよ」

「俺はいつでも本気だぜ!」

「全く……」

 いつも通り私は呆れた。しかたない。フリーデはこういう奴だ。

 そう思いながら私とフリーデは帰ろうとした。

 だが私は思いとどまった。

「……フリーデ、先に帰ってくれ」

「ん? そうか。んじゃお先ー」

 フリーデは足早に去っていく。

 私はどうしても気になった。今すれ違った人物。それは私が知っている殺し屋だった。

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