"感動"

1 フリーデ・アッカーマンはやりたい事を見つければなんでも即座に全力で実行する正義の味方だ。


 フリーデ・アッカーマンはやりたい事を見つければなんでも即座に全力で実行する正義の味方だ。とはいってもそのやりたい事が人々の趣味嗜好から大きくは外れない。

 行動があまりにも突発で多様だから変人に見えるだけだ。この前は紙芝居屋をやったし、その前はクラフトクラブで手芸を学び編み物の籠を作っていたし、それより前となると海に出てフィッシングをしていた。もう少しさかのぼれば南極に正体不明の巨大生物が出たのでぜひ見てみたいという理由でそのまま南極に行った事もある。

 比べてこの私ムラサキにはあまりやりたい事が無い。強いて言えばフリーデの行動そのものを眺めるのは退屈しないのでいつも付き添っているが気分が乗らないこともある。紙芝居はそもそも何をやっているかわからなかったし、聞きもしないほど興味が無かった。クラフトクラブでの編み物も何故食いつくかわからない。海でフィッシングするなど隣にフリーデがいなかったら退屈するに違いない。南極はそもそも任務で出向いただけで行きたいわけでもなかった。

 それゆえ私はいつもフリーデを見ているわけではない。そもそも追いつけないこともあるし、追おうする気が起きないこともある。このムラサキでさえ常にフリーデと共に過ごすのはハッキリ言ってキツイのだ。

 なので私はフリーデの全てを知っているわけではない。同居人として"フリーデ・ウォッチャー"として理解はしているつもりではあるが、たとえばフリーデの親がどういう人物なのかはカケラも知らない。

 つまり今、目の前にある宛先フリーデ・アッカーマンと記された借金催促の手紙になにも心当たりはないのだ。

 これが困ったことに珍しいことではない。

「なんでお前は金があるのに金を返さんのだ、フリーデ」

 解説しよう。フリーデ・アッカーマンは不思議なこと給料を貰っている。彼女の本業は北国の特殊工作員であり諜報活動を行うスパイである。ただそんな事をしている様子は一見もしたことがない。しかしながらフリーデの口座にはちゃんと給料が振り込まれている。

 そして意外かもしれないがフリーデは言うほどお金を散財しない。確かに欲しい物が目の前に現れ、それに飛びつくこともあるが、生活に打撃を与えるほど頻度は多くない。

 そもそもフリーデは正義の味方として時たま行動し、それが英雄的扱いをされることもある。なので多額の報酬を彼女は貰っている。通帳の残高はいつ死んでも大きな葬儀ができるぐらいに残っている。

 が、それでもフリーデは時たま借金をして金を返さない。

 理由は以下である。

「身に覚えがねぇ」

 金を借りることに対して特に何とも思っていないのだ。その辺の飛んでいるちょうちょに対して「綺麗だなぁ」程度の感想を私が抱けないのと同様に、フリーデは借金する事に対してなんら躊躇と警戒心が無い。

「でも確かにこの借金はフリーデ・アッカーマン様が返さなきゃいけないものと書いてますぜ」

「どこからだよ。俺は借金なんかしてねぇぞ」

「チャレンジ&エフォートだってよ。どこの金融機関だ?」

「それ金融機関じゃなくてキャバクラだ」

 なぁにい??

「そういやあったなァ! 壁壊しちまってなんか紙切れにサインした気がする」

 平然とフリーデは喋った。その後ろには木の板で張り付けられた仮の壁がある。

「お前さんは壁を壊さず我慢して迂回するっていうことを覚えられんのかね。で、なんでキャバレークラブなんかに行ったんだ?」

「ちと特殊な店でよ。俺は特別待遇なの。だから一度は行ってみたくてさー」

「特殊な店?」

「あ、興味ある? 興味ある顔だな!? 興味ある顔してるぜムラサキ!」

 行こう行こう、とせかされて私はフリーデの外出に付き合った。


***


 鉄道に揺られ三時間。隣の国にまで渡り歩くハメになった。キャバクラ「チャレンジ&エフォート」は外観は小さいながらも紫色のネオン看板が怪しく輝いている。いかにもな外観だった。

 まだ営業を開始してないようだが、構わずフリーデは扉を開けて中へと入っていく。建てつけあるベルがカラリカラリ良い音を出した。

 店内もキャバクラにありがちな豪華な照明やソファなどが配置されている。輝きが眩しいくらいだ。そして店の奥から赤いスーツを着た女性が現れる。

「おーガリエラ店長! 久しぶり!」

「フリーデ! 困るよ~まだ開店準備中なんだからさ~」

 ガリエラと呼ばれた女性はそう言いながらも快く私達を迎えた。

「借金をそろそろ返そうと思ってなァ」

「おや。催促の手紙が効いたかな? でも修理代は結構な額だけど?」

「持ってきたから大丈夫!」

 フリーデは持っていた四角い黒カバンを雑にテーブルに置く。その中には札束がいくつも入っていた。何百万かある。

「これで足りねぇってこたぁねぇだろ!」

 ガリエラそれを受け取りさっそく中身の枚数を手で弾き数え始めた。

「ひいふうみい……んーフリーデ、これちょっと足りない」

「なにぃ!?」

 それでもガリエラは金が足りないことについて不服そうではなかった。

「次ぎ持ってくればいいさ。それともなんだい? 体で払ってくれるなら店としては大歓迎だよ。初見さんは怖がるかもしれないけどフリーデはカッコイイからねぇ。申し分ない体だし」

 ガリエラ店長は小悪魔のように笑った。

「警告しときますがね、コイツは義手義足だし、体中あちこちに生傷がありますぜ」

 私は一言言わずにはいられなかった。

 結論から言えばフリーデは脱ぐと凄い。凄まじい傷跡が足の裏から首の後ろまである。

 その傷跡は全て過去の私から受けた傷らしい。フリーデを傷つけられたことは戦士として誇らしいモノではあるが、見れば見るほど痛ましいものでもある。

 しかしガリエラ店長の考えは違った。

「だから大歓迎なのさ」

「……なんだと?」

「なにせうちは傷物専門のキャバクラだからね」


***


 控え室に入ってみると傷物専門の意味がわかった。誰一人健常な人間が居ない。

 両腕が無い者。白状を片手に持つ者。両足が無く車椅子に乗せられている者。他にも車椅子は何台もある。

 しかし誰もが良い笑顔であり、化粧や衣装が派手なせいで遜色なく見える。

 プロフェッショナルがなせる業なのだろうが、私はあまり心地いい気分ではなかった。

「ガリエラさんよ。アンタ畜生だったんだな」

 私は軽く罵ってみたがガリエラ店長はピクリとも笑顔を崩さなかった。

「そうとも私は畜生さ。感動は売れるからね。特に障害持ちなら効果倍さ。客が望む心地いい感動を提供するのがここの仕事だ」

「構造は理解できるが虫唾が走るね。お嬢さん達はそれでいいのかい?」

 そう彼女達に聞いてみるが皆笑顔は崩れなかった。

 そして一人の車椅子に乗った女性が近づいてきた。素晴らしく透き通った金色の髪を靡かせ、清楚な黒色の衣装を着た人形のような体つきの美しさ溢れる美人。ただ目は閉じたままで見えていないようだ。

 その美人が私に理由を語ってくれた。

「私達は承知で働いていますからね。そもそも国が支援してくれないのが悪いんですよ。もっと遊ぶ金を出してもらいたいです。バリアフリーも途上ですし安心して外も出歩けないですよ」

「出歩けない、ねぇ」

「ま、私は足が動かないので出歩くと言ったって、そもそも歩けないんですけどね! ふふっ」

 ……なんて? なんて言ったこの女?

「ああ自己紹介が遅れました。私はシナノと言います。こんな店に足を運んでい頂いてありがとうございます。ま、私は足が動かないので運べもしないんですけどね! ふふっ」

 車椅子に乗っているシナノはそう軽く笑いながら喋りを続ける。私はどう反応したらいいか全くわからず固まるしかない。

「おやどうしたんですか? アナタもお話してくれないと困りますよ。私は目が見えないので。ふふ」

「……ムラサキだ。ちょっと面食らっちまったよ」

「あらあら。障害ジョークはお好みではないですか? 優しい人ですね。まるで女神のようです。ま、女神と言っても私は"目が見"えないほうですけどね! ふふっ」

 シナノのお喋りは止まらない。外見は素晴らしく美しいのに言動が困り果てるほど危なっかしい。残念美人という言葉がこれほど似合う人物はいないだろう。

「ゴホン」

 ガリエラはシナノの喋りを止めるためか、わざとらしい咳払いをした。助かった。

「では二人とも着替えてくれ。服は用意してあるから」

「着替える? 何のために?」

「それはもちろんここで働くために、だよ。ちょうど人員が足りなくてね」

 どうやらガリエラは私達をこき使う気満々らしい。

「私は働く気などないぞ。あれはフリーデの借金だろう。そもそも私は傷物ではない」

「キャストじゃなくとも仕事はあるよん。むしろここじゃ介護があるからボーイのほうが大変だよ」

「フリーデ! なんとか言ってくれ!」

 思わずフリーデに助けを求めてしまったが、どう考えても意味のない行為だった。

 時既に遅し。フリーデはもう乗る気で上着を脱いでいた。

「ほえ?」

 あまりにも気のない返事が聞こえた。ダメだ。今フリーデはキャバ嬢がどんなものかやってみたくてたまらないのだろう。

「いいじゃん別にちょっとぐらい。たまにはムラサキも手伝ってくれよ!」

「気が、進ままねぇ……」

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