2 負けを認めた少年兵の一人が拠点を案内する。


 負けを認めた少年兵の一人が拠点を案内する。どうやら彼がリーダー格らしい。私はロシスト大佐が匿われている小屋まで歩いていく。

 フリーデは拠点の少年兵達に銀色の左手を見せたり右足を見せびらかして楽しそうにコミュニケーションを取っていた。別に問題は無い。今回は私の私情だ。むしろ突拍子も無い邪魔が入らなくてスムーズだ。

 私は案内された木造の小屋に入る。ドアなどの取り付けは無い。地べたに敷かれた藁の上で横になりながら布切れを被る人影。それがロシスト大佐だと言われた。

「誰だ……?」

 何の覇気も感じられぬ掠れた声だった。顔を見れば確かに数多の傷がある。しかし皺も酷い。髪の毛は白く、医者ではない私でも余命がわずかだということが察せられる。

 もはや私が覚えている有能な指揮官の姿ではない。別人だ。それが目の前に居るロシスト大佐だった。

「ロシスト大佐……」

 私はその姿を見て驚愕せずにはいられなかった。そこに居るのはかつての軍人ではなく死期を待つ病人だ。

「誰だ。目が霞んで見えないといつも言っているだろう」

「ロシスト大佐。自分はムラサキです。かつて貴方が率いた少年隊"骸のハト"に所属していたムラサキです」

「ムラサキ……ムラサキか。まさか本当に来るとは。顔を見せてくれ」

 私はロシスト大佐の顔まで寄り添う。近くに寄れば寄るほどロシスト大佐の顔色が良くないことがわかる。息も絶え絶えだ。

「おお。優しい顔に成長したな、ムラサキ」

 大佐は腕を伸ばしなんとか私の顔に触ろうとした。だが途中で力尽き叶わなかった。

「ロシスト大佐!」

 こんなにも病状が酷いとは。当時は銃弾を受けても立ち上がったのに。

「歳に加えて病も持ってしまってな……足はもう動かんのだよ。ふふふ」

 それは明らかな痩せ我慢の笑いだった。

「軍人ゆえ死ぬ時は苦しまず死ぬと思ったが、まさか病に伏せるとはな。ふふ。私を見た感想はどうだムラサキ」

「驚愕という他ありません」

「はは。意外だな。昔みたいにもっと生意気な口を聞いてもいいんだぞ。ゴホッゴホッ」

 咳をするロシスト大佐は本当に辛そうだった。だが私に会えたことは少し嬉しいそうにも見えた。

「今まで散々この鉄拳で言うことを聞かせてきたが、お前は従わなかったなぁ。覚えてるぞ。お前はいつも命令に背いて前線に突撃するんだ。そしていつもそれが上手く行く。だが命令無視は重罪だ。けれどいくら殴っても聞きやしない。それどころか"殴られるだけで戦況を改善できるのなら殴られます"なんて言うからな。困ったもんだ」

「そんなこと、言ったでしょうか」

「覚えとらんのか? それとも自覚がないのか? 私はこうなっても鮮明なんだがなぁ」

 全く覚えていない。当時から私は機械のような人殺しだった印象しかない。

「……ここに来たということは銃弾が届いたか」

「ええ。あの銃弾は何なのですか?」

「私を殺しに来い、という粋なメッセージのつもりだったんだがなぁ。何故か皆、来ては泣いたり喚いたりで撃たんのだ。あそこにAKも用意してあるのに」

 指差すところには使い古された傷だらけのAKが置いてあった。ロシスト大佐の相棒だということが一目でわかる。

「ムラサキが一番私を殺しそうだから、期待してるのだが」

「昔の私なら……どうだったでしょうかね。当時の私は大佐にも特別感情を抱いてませんでした。それゆえ殺すか、無視するかのどちらかだったでしょう」

「今のお前は?」

 私は正直に気持ちを発露する。

「情けが上回ります」

「ふふ。変わったなムラサキよ。人間味が出てきたな。誰がお前を変わらした?」

「予想外の女です」

「女か! ふはは! ごほっごほっごほっ」

 ロシスト大佐は酷く咳をした。体調がよくないのに無理して喋っているからだろう。

「弱ったなぁ。ムラサキよ、私は殺されぬほど無残か?」

「大佐はご自分を過小評価しておられます。今殺されるような人ならばもっと昔に殺されていたはずです。ご自分の人生を振り返ってはいかがですか?」

「人生か……国のために戦いあらゆる手段を尽くし子供も率いて、そして負けた。それでも戦おうとしたが叶わぬ夢と悟った。身を隠し余生を過ごそうと思ったがそこでも戦争は起きた。ワシは周りに求められてまた子供を率いた。私は悪党だ」

「一面から見ればそうでしょう。でもあの子供達にとって骸のハトにとってロシスト大佐は英雄です」

「凡庸な英雄もいたもんだ。ごほっごほっ」

 もう私はロシスト大佐の咳払いを見てられなかった。当時何も感じてはなかったとはいえ彼は私の唯一親と言える人物なのだ。

「ロシスト大佐、何か私にできることありませんか? 大佐が言うことならなんでも聞きますよ」

「ははは。お前は本当にあのムラサキかね? 偽者じゃないだろうな? ふふ……まあいい、では一つ頼みがある」

「なんでしょう」

「恨みを一つくれ。愛する者の命は山より重いがそのために捧げる命は羽より軽い。私の体をまた羽のように軽くしてくれ」

 その言葉はいつも大佐が口にしていた言葉だった。


***


「恨み、か……」

 理屈は理解しているつもりだ。私が過去に行ったテロも相当な人間の恨みを買い、そして煽ることに成功した。だが生まれてこの方自分が恨みなど抱いたことはない。

 外の出て風に当たっても風に恨みを持つわけではない。吹いた方向にはフリーデが子供達とかけっこして遊んでいた。

「フリーデ、お前さんは恨みを持ったことはあるかい?」

「あるぜ!」

 あるのか。さすが全てを持つフリーデ。そして気にもなる。

「何に恨みを持った?」

「一分前の俺」

 ……なんじゃあそりゃあ。

「カジノに行ったんだよ。ギャンブルやりたからよ。そんでルーレットで連戦連勝よ! これに勝ったら百万も浮く~って赤に全部賭けたんだけど、黒に入っちまってな。いやーあの時はパンを買う金もなくてよ! 恨んだぜ! 一分前の俺を!」

「底辺の人間かよ。もっと重い恨みはないのか?」

「えー。んー……悪の組織"DG"とかは恨んでるって感じじゃないしなー。倒すべき敵であって恨んでるわけじゃない」

「……手足をもいだ私を恨んだことはないのか?」

「ないね!」

 ならダメだ。フリーデは心が広すぎる。人を恨めないほど心が綺麗過ぎる。復讐を考える暇がフリーデにはないのだ。そんなものを考える前に自分がやりたい事をコイツはやっている。

「人の恨みを買うちょうどいい名案は無いものかね」

「何言ってんだムラサキ。そりゃ人殺しなりのボケか?」

「なんだと?」

「一番恨みを買うのは殺し、破壊、強奪。その三拍子だろうが。悪党の特異科目だろ?」

「ならば私が今からここの少年兵達全員殺して村を破壊して物資を奪ってみよう。そしたらフリーデ、お前はどうする?」

「正義の味方としちゃ見逃せねぇ所業だなァ!」

「そうなるんだよ。だから私は恨みを作れん」

 だから困っている。私はロシスト大佐に恨みを渡せない。願いを叶えてやれない。

「別に作りたきゃ作ればいいじゃねぇか。俺が許さないだけだぞ。そんな自分を縛るもん、とっ払いちまえよ」

「確かに喧嘩はしてもいいとは思う。意見は相反するし私もフリーデに常に同意してるわけじゃない。だが、可能なら避けるべきだ。フリーデとの戦闘は命の保障がない。無理にやる必要が無い。だから私は喧嘩を避けている」

「なら他になんの手段があるんだよムラサキ。お前一人でなんとかなる問題なのか?」

「ならんな」

「じゃあ協力しようぜ!」

 フリーデは軽快にそう言った。魅力的な提案だった。

「困った奴が居るなら正義の味方が役に立つだろ!? なァ?」

「正義の味方が悪党に味方するとは矛盾してるな」

「そうか? 昔からみんなやってるだろ。共通の目的のために手を組むとか黄金パターンだぜ?」

「協力か……」

 私は目を閉じ、そして再び開けた。目の前には警備を怠らない少年兵達が居る。軍人として訓練され仲間のために命を張ることを厭わなくなった者達だ。

 彼らは自分の命を羽より軽いと思っているだろう。だがそれでも私にとっては後輩みたいなものだ。今の私はこの子供達の命を軽く見ることはできない。それこそ山より重いかもしれない。

 ロシスト大佐にも生きていて欲しいがそれは叶わぬ願望に過ぎない。

「なら手伝ってくれフリーデ。私にはお前さんが必要だ」


***


 おびただしい数の銃声が鳴った。それは私とフリーデがやってくる時よりも多くの銃声だ。

 だがそれはただ鳴らしているだけだ。みな居もしない敵に向かって攻撃する。そこで戦争でも始まったかのように。

「ロシスト大佐! ロシスト大佐!」

 私もあたかも戦場に居るかのごとく、大佐が寝そべる小屋に転がり込む。

「敵が来ましたぜ! 相手は相当の手練だ! もう何人もやれちまった!」

「なに?」

「このままじゃ全滅する! 大佐! 急いで逃げましょう!」

 私がそう叫んでいる合間に銃声の音は止んだ。予定通りだ。

 ロシスト大佐には自分の兵達が全滅したように感じただろう。

「……ムラサキ、私のAKを取ってくれ」

 そう言うとロシスト大佐は力いっぱいに起き上がろうとした。

「大佐! 足は動かないはずでは」

「鉄球のように重いだけだ」

 そうロシスト大佐は軽口を叩いたが足は震え今にも倒れそうだった。だが私がAKを渡すと大佐は歩き始めた。

「敵は、敵はどこだ。目が霞んで見えん」

「大佐が加わったところで戦況は変わりませんぜ!」

「意味などない。だからこそ私はここで果ててもいいのだ」

 ロシスト大佐は重い足を持ち上げ一歩一歩大地を踏みしめ進んでいく。

「あの黒い影がそうか!」

 その先には黒いコートマントを着たフリーデ・アッカーマンが居た。ロシスト大佐は彼女に銃口を向けた。

「ああ。そいつだ。そいつが大佐の教え子を皆殺しにしたんだ」

 私は嘘を吐く。フリーデがそんなことをするはずがない。

 これは茶番だ。ロシスト大佐のために作った幻想だ。

「うおおおおおお!!」

 大佐は叫びながら引き金を引いた。AKの軽やかな銃撃音が鳴り響く。

 同時にその銃弾達を弾く金属音がする。フリーデが銀色の左腕で弾いているのだ。

「ふはは……ふははは……!」

 ロシスト大佐は力無く笑った。

「さては悪魔だな。それとも死神か。私を迎えに来たのだろうな」

 フリーデは黙ったままだった。その夕焼けの瞳に活気はなく、哀れんでいた。

 その時のフリーデの心情が私には全く見透かせなかった。

「私は戦うぞ。命を捧げる覚悟は生まれた時からできている」

 私も大佐に弾倉を渡す。ロシスト大佐はそれを手馴れた手つきで再装填しもう一度フリーデに向かってフルオートで銃弾を放った。

 それでも銃弾を弾く高い金属音は止まなかった。狙いの定まらない銃弾などフリーデには効かない。

 銃弾尽き果てると、とうとうロシスト大佐も膝から崩れ落ちた。

「大佐!」

「ふふふ……気力はあるが体がついて来なくなってしまったな」

 そのままなし崩しにロシスト大佐は地べたに伏した。とうとうその時がやってきた。

「ムラサキよ。幾度と無くお前に救われた命、ここにて尽き果てるぞ。お前はそれでいいのか?」

「正直、揺らいでます。ですがこの揺らぎは私が欲していたものでもあります」

 そう言うとロシスト大佐は生きながらえながら笑った。

「ふふ。ムラサキよ。私はとうとうヒーローにはなれなかったが、死神に会えてよかったよ……」

 ロシスト大佐は最後にそういい残して、事切れた。

 私の親代わりはとうとう死んだ。

「機嫌が悪いぜ。人を殺したような気分だ」

 フリーデはそう気持ちを述べてむくれながら座った。


***


 少年兵達とロシスト大佐の死体をどうするか話し合った。しかし意見が異なることはなかった。

 フリーデは初めて見る葬儀方法なのでぜひ見たいと言って機嫌を直しノリノリになった。不謹慎な奴だ。

「今まで火葬土葬水葬と色んな葬儀を見てきた。そして不思議だとは思う。どれだけ奇異な目で見られようと故郷の方法が一番しっくりきちまう」

 これはロシスト大佐が指導してきた葬儀やりかたでもあり、それは少年兵達にも伝わっていた。もちろん私もこの方法で何人もの仲間を弔ってきた。

 それは死体を十字架に張り付け、射撃訓練の的にするというものだった。

「私達のところでは壁があったからそこに張り付けたんだがね」

 死体を的として再利用する。本物の人間を撃つ前に訓練として使用する。

 肉体が銃弾を受けてグスグズになったら衛生管理を考え焼却する。

 それが骸のハトの、ロシスト大佐流の葬儀方法だった。

「生きた人間を的にするよりは、はるかにマシだと大佐は言ってたな」

「なんでも利用する悪党らしい発想だなァ」

「違いない」

 少年兵達は死体に銃弾を浴びせた。これでもかというほど浴びせた。一人弾倉一個は使った。

 見事にロシスト大佐だったものは銃弾を全て受け止め、地べたに落ちグズ切れと化した。それでもそれは的なのだ。私達はそれを撃ち続ける。

 終わった頃には死体は人の形を成していなかった。

 最後に私がそれらに火をつけ、燃やし焼き尽くす。

 その炎を私もフリーデも子供達も、いつまでも見つめていた。

「なあフリーデ、お前は正義の味方だよな。正義の味方は悪党を救うのか?」

 私は決まりきった答えをフリーデに答えさせた。

「いや、殴る。俺は悪党を救わない。俺は正義の味方だからなァ」

 フリーデの答えはいつでもそうだった。おそらく彼女の中ではその方針を捻じ曲げたことは一度も無いのだろう。それは私さえも範疇だ。

「なら、フリーデ。私は悪党を救おうと思う」

 前から思っていた私の中に芽生えた一つを持ちながら私は決意する。

「世の中にはヒーローにも正義の味方にもなれず、救われず、悪党になっちまう奴がいる。ならそいつらは誰が救う? 誰に愛される? 誰に認められる? 誰が彼らを導く?」

「知らん」

「フリーデ・アッカーマンが正義の味方なら私ことムラサキは悪の味方だ。悪党だからな。それが私のやっと見つけた、探したやりたい事なのかもしれん」

「そうか。そいつはよかったなァ」

 フリーデはあまり興味なさそうだった。関心を寄せていない。全くもう。私はコイツが気まぐれに見える。

「というわけで、フリーデ。また一緒に仕事をしたいんだが」

「今度はいい配役を頼むぜ」

「なあに正義の味方にとってやりがいある仕事だよ」

 そう言って私はフリーデにAKを押し持たせた。フリーデがAKを持ったところを初めて見た。何故だか面白いほど似合わない。

「戦争を終わらせるのさ」

 私はその言葉をフリーデと少年兵達に向けて言った。

「お前達は戦っているんだろう? なら終わりまで付き合ってやるよ。先輩からのおごりだ」

 少年兵の一人が言った。

「命を捧げる覚悟は生まれた時からできている」

「ふふっ。お前さん達はよく訓練されてますぜ。とても立派だ。では何のために生きている? 何のために銃を握る? 何のために戦争をしている?」

 続けざまに別の少年が言う。

「意味などない。銃にも生にも世界にも、意味などない」

「そうだ、お前さん達はもう知っている。命に意味など無いことを。生きる意味も無いことを。そうだとも」

 私はハッキリと皆に告げた。それが私からの教訓であり指導法だ。

「人生に意味などない。だからこそ意味を探していい」

 私はロシスト大佐に育てられた。そしてフリーデ・アッカーマンから学んだ。学び途中だ。

 そのギフトは私だけのものではない。親愛なる後輩達にも分け与えられるはずだ。

 虚無かのごとく過ごし、夢から目覚め。夕焼けの瞳に影響される。多様に変化する私からのプレゼントだ。

 恨みだけではなく私の全てを彼に送ろう。

 最後に私もAKを持ち、戦場へ足を踏み入れた。

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