2 「近距離からスナイパーライフルなんて撃てるのカ?」
「近距離からスナイパーライフルなんて撃てるのカ?」
私達は一度古ぼけた宿屋に撤退し事象を確認する。
「でも実際近寄って撃ってきたぜ」
「ドウダ専門家ムラサキ。メリットはあるのカ?」
「遠距離からの射撃だと誤魔化せるが、相当やりにくいだろう。狙撃銃で超が付く近距離戦闘するなんて訓練はどこの国の部隊でもしない」
狙撃銃は銃身が長く重さもある。そもそも遠くのモノを打つことに特化している銃だ。敵が近いのならそれに適した銃を使えばいい。
「謎だな……」
私は過去の戦場経験を振り返った。どう思い出しても狙撃銃を近距離で扱う兵士などいない。少なくとも夜道で人を殺すのに適していない。
だが私は経験したことはあった。しかしそれは狙撃ポイントに敵兵が急襲してきて銃を入れ替える暇さえ無い時にやったことで、どうしてもしかたなく、だ。
「理に適さない。こいつは面白い事件ですぜコッキー」
「フリーデ、犯人の顔は思い出せるカ?」
「暗くてわからんかったぞ」
私は考える。実際に犯人は近距離で狙撃銃を扱ったからにはそれには理由があるはずだ。希少で高等なテクニックだ。素人ではない。かなり戦場での経験が豊富だろう。
そしてこの町で無差別に殺人を行っている。今回フリーデも襲われたからには被害者に共通点はほぼ無い。
死体に用があるわけでもない。快楽殺人だろうか? だがそんな雰囲気も無い。
「謎過ぎる。事件の解明には時間がかかりそうだな」
「待ち伏せして捕まえればいいんじゃん」
「その手は使うとして、だよ」
「なぐりゃ解決じゃん、なあ相棒!」
フリーデは左手を差し出して光らせる。銀色が輝いている。
相棒か。狙撃も普通は二人でチームを組む。私も幼い頃はチームを組んだものだ。
その時、私は思い出した。私が超近距離狙撃を行った時も誰とチームを組んでいた。
彼女は私の狙撃を見ている。
「少し夜風に当たってくる」
そう言って私は一人で危険な町に出た。
ここはいつ死ぬかわからない戦場と変わりない。だからいつも通り歩いた。
***
私は一人で町に出て犯人を捜索した。できることなら犯人はコッキーにもフリーデにも見つかって欲しくはないと思った。
それは私が思い描いている人物が同僚であり同郷であり同志だからだ。
私は町の時計塔前の広場に足を運んだ。そしてゆったりとベンチに座った。
辺りはほぼ暗闇で誰もいない。風だけが音として鳴っている。だが私ならわかる。風だけで充分だ。一方向から来る風の波を察知してそこへと走る。
そしてそこには動く黒い人影があった。私はそれに忍び寄り、背後を取った。
むこうもそれに気付いて私に銃を向けた。狙撃銃だ。そして躊躇無く発砲するだろう。
させるか。すぐさま相手の手首を腕で攻撃し持ち手を崩す。そのまま体勢を崩したのなら体重かけて飛びかかって溝打ちだ。
私と犯人は地面に叩きつけられ被さった。
「私より背が伸びたな、そんでもって面影もある」
犯人は薄肌茶色の軍服を着ていて右肩にハトの骸を刺繍したワッペンがしてあった。
「ソフィ。久しぶりだな。久しぶりすぎて俺はお前さんのことちっとも覚えてないんだがね」
「まさか、ムラサキ?」
ソフィは私と同じ中東の紛争地域で少年兵として戦っていた同志だった。戦場以外で一緒になった思い出は皆無に近いが有能な観測手として狙撃チームを組んでいたことがあった。
「ほんとに、本当にムラサキなの?」
ソフィは長髪になっていた。だが顔つきとツリ目を見ればあの頃が蘇るかと思うほど変わっていない。
そして目が昔の私のように死人のようになっていることも、なんだか懐かしかった。
「超至近距離で狙撃銃を振り回した兵士なんざこの世で私くらいだ。ならそれを見た奴がマネしてるんじゃないかと思ってね。案の定だった」
私は被さるのをやめて起き上がる。そしてソフィも。お互い同志だ。敵意はない。
「私も、まさか自分でやるとは思わなかったわ」
「なんでわざわざそんなことを? 私を呼ぶためか?」
「いいえ。殺したい奴がいるからソイツを呼ぶため。そのためにわざと事件に謎を残したかったの」
「殺したい? 誰だ?」
「コッキー、コッキー・ハバランテ」
私はその名前を聞いて頭を抱えた。今更敵を作るだなんて。
「コッキー・ハバランテは国際捜査官で有能な刑事なの。私達の同志が何人も捕まったわ。アイツを殺さないとまた被害が広がる」
「同志? 被害?」
私はソフィの話に違和感を覚えた。
「ええ。私達は戦争に負けた。けどまだ終わりじゃない。みんなの力を合わせればまた国は復興できる」
ソフィは言葉には力があった。そこにまだ希望と活路を見出していた。
「私達は必ず再生できる。もう一度故郷を取り戻すことができるのよ」
まるで自分にそう言い聞かせるようだった。
「ムラサキ、私はアナタが死んだと思ってた。けど生きていた! 本当に嬉しいわ。貴方さえよければもう一度一緒に、立ち上がりましょう」
ソフィは本気で言っていた。ならば私も本気で言わなければならなかった。
「ソフィ。私は国が戦争で負けた時、自分の意思で出て行ったんだ。何が理由だと思う?」
「なにって……わからない」
「それがな、特に無いんだ」
私は薄笑いながら話した。
「特に理由なんてない。ただなんとなく、出て行きたかった。愛着が無かったんだろうな。たいした友達も居なかった。いい思い出は沢山あるがそれは全部戦場で起きたことだった。戦争の無い場所に用は無い、争いの無いところに興味は無い。安寧に自信がない。国が今無くなっていることに対して思うことも特に何も無い」
「そんな、そんな」
信じられない、というソフィの顔つきだった。私とソフィはまるで逆だった。
「だが私は変わったよ。昔の戦友に会えるなら少し危険を犯しても構わないくらいに変わった。ソフィ、お前さんはちっとも変わっていない。まるで時計が進んでないみたいだ」
「そんなことないわ。私は生きている。祖国のためにまだ戦っている!」
「私達の祖国は、もうない。もう過ぎ去った」
「違うわ、違う! 蘇る! 再び蘇る!」
「お前さん、なんのために生きてる?」
私は問う。ソフィは即答だった。
「もちろん国のためよ! そのために私は生きている」
「国はどこにある? 大地か? データか? 心の中か? それとも友人に住み着いているのか?」
ソフィは体を震わせた。呼吸も荒くなっていた。私はそれに抱きついた。
「大丈夫だソフィ。お前さんの居場所はあの国だけじゃない。何も背負わなくていい。辛い思いもしなくていい。もう自由だ」
そう諭した時、目の前の一軒家からコンクリートが吹っ飛んできた。煙が立ち、そこから黒い影が現れた。
「悪い奴はどこだぁ!?」
フリーデだった。今私達が会ってはいけない人間だった。
「ああん? ムラサキが先に捕まえてたのか。さっすがじゃん!」
「捕まえてない。昔の友人だったからな」
私は拳銃を抜きフリーデに向ける。ソフィは何が起こったかよく状況を掴めてないようだった。
「ムラサキの友人ってことは、悪党じゃねぇか。そりゃあぶっ潰す理由が増えたなァ」
「お前さんがやりたいことにハイハイと頷いてきたが、毎回そうじゃねぇっことを教えてやる必要があるな」
「本気かァ?」
「私も悪党なんでね。人殺しは怖くないし、むしろ親近感が沸く。昔の友人ってなら尚更にな。フリーデが悪を裁く正義だってことは充分承知している。だが私ことムラサキは悪を許す悪だ」
「ならぶっ潰す!」
フリーデは飛び掛る。
「避けろソフィ! フリーデの左手は防げる攻撃じゃない!」
「ええ!」
私とソフィはそれぞれ横に避けフリーデの拳を回避する。左手はそのまま地面に激突し大きなヒビを作る。
私は拳銃で射撃し牽制するがバック転と左手で軽くいなされた。くそったれが。今のフリーデに大抵の銃は効かない。敵に回すとこれほどやっかいな人間はいないと再確認した。
フリーデは私を無視してソフィが逃げた方向へ走った。まずい。私ならともかくサシでフリーデを倒せる人間などいない。すぐ拳銃を打ち込んでみるがさほど足止めにもならない。
するとソフィが狙撃銃を構えて飛び出てきた。そして片足で空を飛んだ。そのまま星空を背にしてフリーデを空中から狙撃する。
だが外れた。フリーデは避ける勢いのまま別の建物に転がり込んだ。ソフィと私はそのままかけより背を合わせる。
「アイツ、化け物か何かなの!?」
「正義の味方だ。悪党の天敵だよ」
フリーデは建物に入ったまま出てこなかった。壁に隠れて様子を伺っているらしい。
「ソフィ、狙撃銃を貸してくれ」
「わかったわ」
「観測を頼む」
ソフィは物陰に隠れ頭だけを出した。私は寝転がり狙撃銃を構える。
「あそこの机の後ろに隠れた。木製だからこの銃でも貫通すると思う」
「それでも避けられるな。だからフリーデの動きを先読みして撃たなきゃならん。右か左か上からだ」
「上から飛び出そうな性格してそうだけど天井が低いわ。右に別の部屋への入り口があるけど逃げる相手じゃない。左ね」
「同意する」
私は机の左に標準を定めた。フリーデの歩幅も考えてちょうど右足を撃てる位置に調整する。
フリーデは一向に出てくる気配がない。本能的に動いたら負けると悟っているのだろうか。
「わりぃなフリーデ。サシならともかく二対一なら負ける気がしない」
私とソフィは全神経を注いで机に集中する。風を読んでフリーデがどう隠れているかイメージする。すると机の裏にフリーデがどう隠れているかわかってくる。
だがそのせいで後ろからの気配に気付けなかった。察知したときにはもうサプレッサーの音がした。
「っ!」
ソフィは撃たれたようにそのまま倒れてしまった。私は急いで後ろに銃を構える。そこにはコッキーが居た。
「コッキーを忘れるなんてオトボケだナ!」
「くそがっ!」
気付いたときにはもう遅かった。後ろから迫り寄ってくる銀色の左手を反射的に避けるのが精一杯。交差するようにコッキーが放つ拳銃に撃たれて私は眠りに落ちた。
***
「クソッタレが……」
起きた時はもう遅かった。私は時計塔の広場に寝かされてソフィとフリーデはいなかった。
「麻酔銃だったか」
「コッキーは国際捜査官だゾ。殺すのじゃなくて捕まえるが仕事ダ」
「ソフィとフリーデは?」
「連行。フリーデはパトカーを久しぶりに乗りたいって言ってたから乗らせたゾ」
「あの野郎め」
私はゆっくりと立ち上がる。もうこれ以上ソフィを助けることはできないだろう。あきらめるしかなかった。
「ムラサキはフリーデとよく喧嘩するのカ?」
「するよ。珍しいことじゃない。フリーデも喧嘩は嫌いじゃないさ。面倒くさいから私は避けたいがね」
元々フリーデと私は気が合う人間ではない。正義の味方なヒーローと極悪無差別殺人テロリストだ。相反する。意見が一致しないことが当たり前だ。
だからこそお互いが曲げられない時、さっきのように喧嘩に発展する。
「喧嘩するほど仲がいいカ。ケラケラ。不思議なコンビなんだナ」
「むしろ聞きたいね。コッキーはフリーデと喧嘩しないのか?」
「しないナァ。気があうのカナ? けらけら」
コッキーは相変わらずヘラヘラしていた。
「なあコッキー、前から気になることがあるんだ」
私は前から聞きたかったことをコッキーにぶつけた。
「捕まったソフィは私の同志だ。あの様子だと今まで相当な苦労をしてきたと思う。だからテロリストとしての経歴も立派だろう」
「そうだナ。ソフィは国際手配されてる犯罪者ダ」
「私も国際手配されてるんだ。経歴比べなら負けやしない」
「それはコッキーも知っているところダゾ」
「ならソフィと私は何が違う? 何故ソフィは捕まって私は捕まらない?」
「変わったからナ」
「変わった? 何が変わった?」
「コッキー達は知ってるゾ。ムラサキがどんな仕事でも引き受ける殺し屋から愉快でハッピーなヒーローごっこを嗜むテロリストに転職したことぐらいみんな知ってル」
私は反論したかった。それは外面的評価であって内面は変わっていないと言いたかった。だが言えなかった。
でも確かにそうなのだ。私はフリーデと会って変わった。誰とも馴れ合わなかった私がフリーデと共に行動するようになった。それは確かな変化だった。
「ムラサキはフリーデの友達だからナ。こうして捜査にも協力してくれるネ。酷い言い方をすれば利用価値がアル。良い言い方をすればムラサキも正義の味方だ」
「違う、違うさ。私は悪党だよ。骨の髄から悪党さ」
私はずっと否定し続けるだろう。
正義の味方はフリーデだ。その相棒は悪だ。そうでなければ、私は私が味方したい人間になれない。
私は絶対にヒーローにはなれない人間の味方なのだ。だからこそ私ことムラサキは悪の人間だ。
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