"喧嘩"

1 「久しぶりダナ~フリーデ!」


「久しぶりダナ~フリーデ!」

 私達が南国の国際空港に到着すると旗を振った迎えが来ていた。ちょっぴし軽薄そうなノリの褐色なカタコト女性はなんとフリーデの友人だ。

「コッキー!」

 フリーデのほうも嬉しそうに彼女に駆け寄ってハグしていくので、なにかと妬けてしまう。

「そっちが例の女なのカ?」

「ムラサキってんだ、いま俺の相棒やってる」

「どうも」

 私は西洋式に握手しようとするがコッキーはお構いなくハグしてきた。肌と肌が密着してギュウギュウしてくる。どうやら誰でもこういう対応をするらしい。しかしコイツ、見た目より胸あるな?

「コッキーはコッキー・ハバランテ! こう見えても国際捜査官ナンダ!」

 私はギクリとした。ちょっとばっかし、嫌な思い出もよぎってくる。

 国際捜査官に良い思いは無い。みなトレナ・ダブルクロスのように仕事だと割り切れはしない。中には断じて私を許さない者もいる。

「ん? ナンダ? 心配なのカ? コッキー、フリーデを逮捕したりしないゾ! 友達ダカラナ!」

 私はまだ友達じゃあないんだが……

「二人を呼んだのは事件捜査のためなんダ。ちょっと私じゃ手に負えなそうでナ!」

「どういう事件?」

「殺人鬼ダ」

 それなら今ここに居るとも。毎日パンを食うように人を銃で撃ってきた狂気の殺人鬼ムラサキが。

「ははは……」

 苦笑いするしかない。世界中駆け回っても私より人を殺した人間はそうそう居ない。ならばその殺人鬼ルーキーをベテラン殺人鬼が捕まえて見せようではないか。


***


「ここが現場ダ」

 コッキーの案内で私達は南国の街角に来た。そこは地面が舗装されておらず、むき出しで砂埃が時々舞い上がっていた。

「ここらへん、夜になると毎日死体が出でてくルヨ」

「死因は?」

「銃殺。現場からスナイパーライフルの弾が出てきたカラ、狙撃だネ。銃声の音が聞こえた証言もアル」

「狙撃か……」

「コッキーは狙撃にアンマリ詳しくないカラナ、専門家の意見を聞きたいヨ」

「専門家って誰だ?」

「そりゃムラサキ、おめーに決まってるだろ!」

 フリーデが右手で私の髪の毛を鷲づかみしてわしゃわしゃしてくる。いたい。

「ムラサキはすげーぞ! 何も見えねぇ砂漠の砂嵐の中で七百メートル先の人間に銃弾を当てたことがあるんだぜ!」

「すごいナ!?」

「嘘だ。何も見えない砂漠の嵐の中、七百メートル先から狙撃が来ると未来予知した奴の左腕に防がれてるからな」

 私は事件が起きた町を見回す。大抵の建物が二階建てで補修されていないのか鉄筋コンクリートがむき出しな建物もあった。あまり裕福な地域ではないらしい。事件のせいか人影もない。

 高い建物と言ったら古びた西洋風の時計塔だけだった。私はそれを指差す。

「当然あの時計塔からが一番狙いやすい」

「ウム。現地の警察もソレは疑った。けどアリエナイ」

「何故だ?」

「この地域は街灯がナイ。夜になると真っ暗になる。狙えるハズがナイ」

 私は改めて辺りを見渡した。確かに人が住んでいる気配もないし電線もない。夜は暗くなることが予想できた。

「理論上は射程内だが理屈的には不可能か」

「だからコッキー達、困ったナーってなったヨ」

 その後私達は現場と時計塔を見て回ったが特に手がかりは得られなかった。


***


 夜。風が冷たく体を冷やしてくる。それもそうだ。時計塔の上に登っているのだから。

 私はコッキーと共に時計塔のベランダで実際に夜町を上から見たらどうなるか検証していた。フリーデは一人で夜道を捜索したいと言って単独行動しに行ってしまった。

 そして時計塔からの視界はほぼ真っ暗。星空のほうが明るいと思えるほどだった。

「ムラサキなら狙撃できるカ?」

 カップ麺をフォークで食べながらコッキーは話しかける。

「誰でもできるとはとても思えんが私ならできるね」

「じゃあ犯人はムラサキだナ! ケラケラ」

「冗談キツイですぜ。叩かなくても埃が煙たく出ちまうのに」

「ケラケラケラ!」

 コッキーは楽しそうに笑う。そういう部分はフリーデに似ていた。

「しかしコッキーさんよ、お前さん国際捜査官ならフリーデも逮捕対象だろ。なんで友達なんだ?」

「何回も助けてもらってるからナ。フリーデはとてもピンチな時に突然現れてくれるヒーローだゾ」

「ああ。それならよくわかる。身に染みた」

「フフフ」

 フリーデのことだ。アイツはヒーロー気取りだ。目の前に許せない存在が現れたらどんなに危険だろうと突っ込む。そしてどんなに傷を負おうと解決してみせた。

 コッキーはフリーデを味方としてよく知っているのだろう。頼もしい友人として。正直羨ましいとも思う。私はフリーデと敵対しっぱなしだった。敵としてフリーデの凄みをよく感じた。

 仲間としての信頼はまだまだほんのちょっとしか味わっていない気がする。

「ムラサキだってなんでフリーデと付き合ってるんダ? 大変ダロ?」

「大変だな。だが楽しいんだよ。アイツと組む時私は人生最高潮に生きているんだ」

「じゃあ今までは死んでたのカ?」

「死んでたね。間違いなく死んでた」

「ほーん。で、セックスはシタカ?」

「せっ!?」

 なにを言い始めるんだコイツは。

「ななな、アホか! 女同士だぞ!?」

「その反応は怪しいゾ。ムラサキ、お前フリーデとしてるナ?」

「してねーよ!」

「ほほーう」

 そうするとコッキーは背後から忍び寄ってくる。手をワキワキしながら何をし始めようとするんだ。

「ソレならムラサキの初夜はコッキーが貰ってもイインダナ?」

「はあ!?」

「コッキーダーイブ!」

「なにすんだてめ、あ、この、触るな! こんなところでできるわけねーだろが!」

 私は抱きついてくるコッキーを振り払おうとする。

「野外プレイダゾ」

「くそったれええええええ!!」

手が触手のように伸びてくるので気味が悪い。

 だが遊んでいる暇は無かった。突如銃声が鳴ってしまったからだ。

 私とコッキーはすぐに銃声が鳴ったほうに目を向けた。

「南西の方角だ!」

 すぐに時計塔を下りて現場に向かって走った。

 銃声が鳴った近辺を捜索すると人影が倒れていた。黒いコートを着ている私と同じぐらいの背丈の人間。

「フリーデ!?」

 私はうつぶせになったフリーデを転がして顔を見た。フリーデの目はわくわくに輝いていた。

「すげぇ……」

「は?」

「すげぇぜすげぇぜ! びゅっと近寄ってきて避けようと思ったらスッとやってきてそのままスナイパーライフルで近距離からドーンだ! そんでそのまま音立てずに逃げ去った! すげぇ! マジで死ぬかと思ったぜ! こんなスマートな暗殺、俺には一生無理だね! きゃはははは!!」

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