3 その夜、いつも通り私は睡眠を取っていた。



 その夜、いつも通り私は睡眠を取っていた。そんな時部屋がノックされる。

 私は緊急事態かと思い目を覚まして扉を開ける。そこには桜川教授が居た。

「寝れん」

 そう、確かに桜川教授は呟いた。

「眠れそうにない。すまんがしばらくの合間話し相手になってくれないか」

 それが桜川教授が頼んだ仕事だった。

 私は無感情で承諾し二人でキッチンルームに赴いて紅茶を温めた。

「ムラサキくん、でいいのかな?」

 この時初めて桜川教授は私の名前を呼ぶ。

「出身は? 東洋だと勝手に思っていたのだが」

「東洋の血は流れているらしいのですが生まれは中東の紛争地域です」

「へえ。私は東国なんだ。紛争なんて一切無くてね。ムラサキくんのような少年兵なんて一人も居ない」

「年など関係ない場所でしたから」

 私達は紅茶を飲みあいながら話をした。

「今までずっと銃を握り続けたのかい?」

「そうなりますかね。確かにAKを抱えず寝なかったことは無いです」

「私なんて銃を握ったことさえないよ。もしかしたらこの目で見たのもムラサキくんが初めてだ」

 桜川教授は苦笑した。

「困ったな。合いそうな話題がない」

 しばらくお互いに黙ってしまった。だが私は「話し相手になる」という任務を全うしようと話を切り出す。

「教授は何故、眠れないのですか?」

「何故? 何故かって? ふっふ」

 今度は薄軽く教授は笑う。

「キミは今日の出来事をなんとも思わなかったのかね?」

「はあ」

 私の察しの悪さは凄まじかった。

「何かありましたでしょうか」

「私達は子供を十人ガス室に閉じ込めて殺したんだ」

「ああ、そうでしたね」

「キミは何も感じてないのかね?」

「ええ」

 当時の私は本当に何も感じていなかったので肯定する。

「ムラサキくん、キミは何人殺してきたんだい?」

「そんなのを覚えるほど愉悦に至りません」

「それでも初めて人を殺した時は何か思っただろう?」

「当時はあまりに幼く、覚えていません」

「じゃあ何か印象に残った経験があるはずだ。何か、特別な感情を抱いた殺人だって」

 私は少し考えた。ありたっけの記憶を探し出し、よく覚えている殺しの瞬間を思い出そうとした。

 しかしそんなものは一切無かった。逆にとある人物との出会いが思い起こされた。

「サウスモンスター作戦のことはよく覚えています」

「それはどんな殺しだったんだい?」

「殺しというよりは仕事でした。南極で起きた戦争です。敵軍に優秀な兵士が居て、それに手を焼きました。正規の軍服では無く黒いコートを羽織っていたのが記憶に残っています。そして私と同じぐらいの少女だった」

「キミのような少年兵が他にもいるということかい?」

「ええ、世界は広いと実感したものです」

 お互い紅茶を飲み交わしながら談笑した。

「じゃあキミは人を殺しても、感情は沸かないんだね?」

「沸きません。ご命令とあらばいくらでもやってみせますよ」


***


 その日以降もガス室で子供の死体を掃除する仕事は続いた。

 殺し方は毎回変わった。銃殺。撲殺。鞭打ちで拷問死。首絞め。全て桜川教授が命令し私がやった。

 しばらくすると牢屋の子供が全て居なくなった。殺しつくしたからだ。そして補給するかのようにヘリが新しいコンテナを持ってくる。

 そこには旅行カバンが敷き詰められ中には子供が入っていた。

 桜川教授は睡眠薬を追加注文してそれも補給された。だが改善する様子はなく私との会話は日に日に増えていった。

 教授は最初、微笑を絶やさなかったが次第にその笑みはやつれていった。

 ある日、また子供達をガス室に入れると桜川教授は「後は私がやる」と言った。

 そして桜川教授は勢いよく赤いスイッチを押した。中からは毒ガスが噴出される音がする。

 換気が終わり、桜川教授はガス室の扉を開け、この基地に着てから初めてその死体達を見た。

 そして何分か立ったままになり、「掃除を頼む」とだけ言って去っていた。

 その日から私の仕事は子供達を運び死体を掃除するだけになり、刑の執行は桜川教授が担当するようになった。

 そういう日々になると桜川教授は増してやつれ、目の下にクマができ髪の毛もボサボサになった。

 普通そういう人を見ると「何かを失いつつある」とネガディブに心配するものだ。

 だが私は違った。桜川教授は何かを得つつあるのではないかと思ってしまった。

 それは私が何も持っていないからだろうか。何かを消失させることばかりしてきたからだろうか。

 ともかくこの苦難を乗り越えようとする桜川教授を私は心なしか応援していた。

「大丈夫ですよ教授。私は何のためにこれをやっているかは知りませんが、順調なことぐらいわかります。あと少しばかり耐えれば結果に繋がるのだと」

 私が励ますと桜川教授は生返事に「……ああ」としか言わなかった。

 次の日、桜川教授は死体の掃除もするようになり、死人のような顔つきになっていった。

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