2 エム・サンズ島。大戦時に大国軍が前線基地を作ったものの戦争が終わると放置された無人島である。


 エム・サンズ島。大戦時に大国軍が前線基地を作ったものの戦争が終わると放置された無人島である。平らな土地で冬にはよく雪が降った。

 そんな島に稀有な人間が住み始める。そこへと私は雇われ「施設の警備」という仕事を始めることになった。

 大国軍が作った前線基地を研究所として再利用する。

 それを主導した桜川教授が私の雇用主だった。

 桜川教授の第一印象は、優しそうで温厚そうな理屈のかたまり。知的さを持ちながら穏やかな言動の大人な女性研究者という感じだった。白衣と赤いネクタイが特徴的でショートカットな髪形。元気活発ではないがいつも微笑んでいる。

 そんな桜川教授と再利用される研究所の警備がその時の仕事だった。他に仲間はいない。

 最初は引越し作業や基地の点検及び掃除が仕事だった。ヘリコプターからいくつモノ機材が届きそれを運ぶ。

 私はエム・サンズ島で行われる研究を一切知らされてない。だが気にもならなかった。

 請け負った役目だけを機械のようにロールするのがその時の私、ムラサキだった。それはシャサが「死人」と評していたぐらいに酷かったらしい。

 桜川教授からも何の研究かは言わなかった。事務的な作業の時に行う配置についてとやかく言うだけで私との間にほぼ会話は無かった。

 だが心地悪くは無かった。仕事人同志余計な口は挟まない流儀が合っていた。

 ある程度施設が建設し終わったころ新しい荷物がヘリから届いく。それは大型コンテナだった。

 中を開くと大量の旅行カバン達がひしめきあっている。

「中身を一つ確認してくれ」

 桜川教授が私に指示を下したのでその通りにした。

 一番近くにあった銀色のカバンを開ける。

 中には手足を縛られ口に酸素マスクをつけられ透明のビニールで包まれる人間の子供が入っていた。

 それは死人状態の私でも軽く反応してしまう嫌な光景だった。

「オーケー。彼らを牢屋に入れてくれ」

 桜川教授はいつも通りに喋った。

 私もいつも通りに仕事の指示に従ってしまった。

 一つの牢屋に子供五人を入れ錠をかける。

 次第に子供達は目覚め始め、彼らの阿鼻叫喚が聞こえ始めた。目覚めたのだろう。

 次の日から子供達に食事の配給をするのが私の仕事になった。子供達は私を見ると一斉に叫びだす。

「ここから出して」「ここはどこなの」「学校はどうするの」「アナタは誰なの」「私達をどうする気なの」

 様々な言語で子供達は私に話しかける。私は一切答えなかった。会話が許可された覚えは無い。

 毎日朝昼晩、黙って食事を出した。日を重ねるうちに誰も私に声をかけなくなった。

 とある日。桜川教授がオーダーを出してきた。子供を十人、新設したガス室に入れて欲しいとのことだった。

 私一人ずつ、子供を牢屋から出してガス室に連れて行った。ある子供は悲しい顔をしながら従順に歩いた。

 ある子供は解放されると思っているのかニコニコしながら元気よく歩いた。

 ある子供は泣きじゃくりながらガス室に行くのを拒否した。あまりにも抵抗するので一回気絶させてガス室に連れ込んだ。

「スイッチを押してくれ」

 桜川教授は不思議なこと無く喋った。いつも彼女が仕事の命令を下す時は冷静なのだ。

 私は察している。ガス室は密閉空間だが一つだけ穴がありそこからガスを流せる。

 おそらく私がスイッチを押すことで中の子供達に異常がみられることだろう。

 それらを把握してなお私は何の迷いも躊躇も無く赤色のボタンを押した。

 ガスが噴出される音が聞こえ始めた。ガス室からは戸惑いと悲鳴の声が聞こえた。

 しばらくするとそれは苦しみの声に変わり、やがて声は消えてなくなった。

 桜川教授はフウと一呼吸して次の仕事を頼んだ。

「換気が終わったら部屋の中を掃除して片付けてくれ」

「わかった」

 私は即返事をして仕事に入る。換気を終えた後、ガス室の中を開けた。

 中はところどころ血の飛沫が散っていて、グッタリと倒れた十人の子供達が横たわっていた。

 それでも私は何も感じず死体を片付け血を拭き取り部屋を掃除した。

 当時の私はまさに死人のように何も感じていなかったのだ。

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