3 「右だよ右! 間隔がせまいもん!」


「右だよ右! 間隔がせまいもん!」

「えー左だよ! 急いで逃げたんだよ!」

 子供達は意見を交し合う。はてお姫様とケーキを盗んだ狼はどちらに逃げたのか?

 過去の経験から予想するにどちらにも居なさそうだが、結末は私にもわからない。

「では騎士達はまず右のケーキを辿りましたするとどうでしょう……」

 フリーデが紙芝居をめくるとそこには小さい狼がケーキを加えていた。

「残念! こちらは仲間の狼でお姫様はいませんでしたねぇ。じゃあどこにいるかな?」

「ひだりー!」子供達は一斉に声を揃えた。

「騎士達もそう思って左のケーキを辿りました。するとどうでしょう……うーん残念!」

 紙芝居をめくるとさっきと同じような絵。細長いケーキを咥えた狼が居た。

「こちらも仲間の狼でお姫様はいませんでした。ではお姫様と悪い狼はどこへ行ったのでしょうか?」

 難題を突きつけられた子供達からは「えー」という声がした。期待に答えようとフリーデは紙芝居を進める。

「おや? 空から雨が降ってきたのかな?」

 騎士が雨粒に気付く絵が披露された。察しのいい子供が叫んだ。

「うえだー!」

「ご名答!」

 フリーデも当てられて嬉しいようだった。

「悪い狼はお姫様を抱いて木の上に隠れていたんですねぇ~。雨粒は姫様の涙でした。これはびっくり」

 すると言いたいことを言う素直な子供がツッコミを入れた。

「お姫様を抱えたまま木登りなんてできないよ!」

「なにぃ?」

 子供達も騒ぎ始めた。同意する子も反対する子も出た。「これはお話だからいいんだよ」と察する子供も居た。

「お姫様を抱えたまま木登りはできるぞ! できるっつったらできる!」

 私はようやく重い腰をあげてフリーデと子供達に近寄った。

「実際にやってみるほうが速いですぜ」

 私はフリーデに提案する。フリーデが私を抱きかかえ木登りをすれば子供達は納得するだろうと。

 フリーデは「なるほど」と感心して案に乗ってくれた。そこで私は追加で注文をつけた。

「左手を使わずに登ってくれないか?」

「いいぜ」

 公園にはほどほどな大きさの木があった。白樺より大きいが見た目は似ていた。

 フリーデは私を右手と肩を使って抱え込み、木に足をつける。

 そしてそのまま駆け上がると曲芸のよう回転ジャンプして足で木を掴み、またジャンプして一回転し木の枝まで到達した。

 被験者として視界がぐるぐる周りよくわからなかったが、後で子供達と一緒ににやったところを見て理解した。

 つまりあの当時もお姫様を抱えながら白樺の木を登って私の視界から消えていたのだ。

 私は乱戦の中地べたに落ちた血痕に夢中で全く上を向かなかった。してやられたのだ。

「騎士達は悪い狼を倒しお姫様を救いました。騎士達はお姫様にお礼としてケーキを振舞ったとさ。めでたしめでたしー」


***


「フリーデ、痛くなかったのか?」

「あん?」

 私は帰り道フリーデに聞いてみた。

「左手と腕を切り落としたんだ。痛いはずだ。そんな状態でお姫様を抱えながら木を登れるとは思えん」

「でもやったさ」

 フリーデは私を見ずに言った。

「やらなきゃ殺されると思ったしよ。傷口は姫様のローブをまきつけてなんとかしたけど全然安心できなかったぜ?」

「誰が殺されるって?」

「お姫様が」

 私はまたフリーデに呆れた。どんな時でもフリーデはヒーローを気取るのだ。どんな代償を払っても譲らない。

「だって生まれた初めて銃で撃たれたからな! マジこわかったぜ! "この世に俺を当てる奴がいるとはなぁ"……みたいなさ!」

「のん気な人間だよお前さんは」

 フリーデにはまだ右手と左足が残っている。

 それを切り落とさないようにするのも私の役目かと思い、改めて決意した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る