4 朝日が充分昇ったころシェリーは目覚めた。
朝日が充分昇ったころシェリーは目覚めた。いつも通り学校へ行こうと焼いた食パンを齧り朝の天気予報から快晴だと聞くとバッグの中身を確認した。
いつも持ち歩くバッグの中に拳銃が二丁も入っている。その異様過ぎる光景にシェリーは思わず苦笑いしてしまう。誰かに見つかったら言い逃れはできない。
それでもシェリーはバッグの中身をそのままにして家を出て学校に向かった。きっと何も起こらないだろう。いつも通りにしていれば大丈夫だろうとシェリーは考えていた。
通学路を歩き、学校の校門を抜けていつもの教室に出向いた。さながらいつも通りのグループ達が談笑したりしている。少し時間が経つとクラス中のみなが席に座っていた。
シェリーに話しかける人はいない。シェリーには学校に仲がいい友人が居なかった。もし居たらバッグに詰めた銃のことを喋ってしまうかもしれない、そんなことが無くてよかったとシェリーはポジティブに考えた。
授業が始まるベルが鳴り、男の先生が入ってきて朝の挨拶を始めた。先生は昨日切り裂き通りで火事があったなど話をしたりして、いつも通りの学校生活を始めようとしていた。
だが先生が長々と話していると、ヘリコプターの音が頭上から聞こえ始めた。最初は遠くからだったものの、そのローター音はどんどん大きくなりやがて先生の話をかき消すほど大きなものとなっていった。
学校でこんなに大きいヘリの音は聞いたことが無かった。誰もが顔を見合わせる。先生は一度手をあげながら話すのをやめ、ヘリの音が鳴り止むのを待った。
しかしヘリの音は鳴り止まない。まさか学校の屋上に止まっているのかもとシェリーは想像する。そうだとしたら、何故?
答えはすぐやってきた。教室の扉が勢いよく開かれ、アサルトライフルを持ちターバンで顔を隠した黒ずくめのテロリストが一人入ってきた。
何が起きたのか教室に居る全員が理解できないでいた。そのまま男が天井に向けて発砲すると目は覚めた。
「隅に行け! 部屋の隅に行くんだ!」
テロリストがそう叫ぶ間もなくみな椅子から立って逃げ出した。中には教室から出ようとした者も居た。
教室に扉は二つある。もう片方からすぐ逃げればなんとかなるかもしれない。シェリーもそう思った。
扉を開けるとテロリストと同じアサルトライフルを持ったムラサキが待ち構えていた。
「悪いがこっちは地獄行きですぜ」
逃げようとした生徒達はたちまち驚いて窓ガラスのほうへと逃げるしかなかった。生徒の一人が勇気を振り絞って窓をこっそり開けようとしたがすぐに銃弾が飛んできた。その大きい音に誰もが阿鼻叫喚した。
混沌とした教室の中、それでもシェリーはムラサキに声をかけた。
「ムラサキさん、これは、いったい」
「仕事だよ。まさか私の職業を覚えていないのか?」
「テロ、リスト……」
シェリーは無力にそう呟くしかなかった。
「そうさ。私はテロリストだ。何の罪も無い人々を殺し尽くし恐怖を煽る活動者だ」
ムラサキはそう言いながら黒いバッグを取り出し中から巨大な葉巻のような棒を取り出す。それには赤と青の回路が繋がっており電子基板も張り付いていた。
教室に居る誰もがそれを爆弾だと認識しただろう。
「お前さん達は運がいい。普通テロなんてものは一秒経たず一瞬で終わる。だが今回の首謀者は今回のテロ行為を演説という形て説明し猶予を与えてくれる。よかったな、遺言が書けますぜ」
軽口を叩くムラサキだったが誰もそれに付いていけなかった。シェリーは本気で殺されそうになっていると理解しつつ悩んだ。
シェリーの後ろにはクラスの皆が居る。シェリーの前にはムラサキがいる。そしてその反対側に黒ずくめテロリストが居る。
シェリーは思った。自分がバッグから銃を取り出せば、そして銃弾を放ち上手く命中させれば助かるかもしれない。
だがもしかしたら、本当にもしかしたらムラサキは良い人で助けてくれるかもしれない。
しかしシェリーには目の前に居るムラサキが本物のテロリストにしか思えなかった。
急いでシェリーはバッグを開ける。そして中には拳銃が二丁入っていた。
黒いM9と銀色のデザートイーグル。シェリーはまた迷った。人を殺す銃を手に取るか殺すのに適さない銃を取るのか。ムラサキから貰ったM9かフリーデに無理やり渡されたデザートイーグルか。
テロリストか正義の味方か。
シェリーは黒いM9を手に取った。一番慣れているしデザートイーグルの扱いにくさは見て理解している。わざわざ取る理由は無い。
そして両手で手に持ちムラサキに銃口を向けた。その場に居る全員がざわついたがムラサキの体は無反応だった。
「……ムラサキさん、私の両親がテロで亡くなったのって知ってますか?」
唐突なシェリーの問いかけだった。ムラサキはアサルトライフルを構えずに返答する。
「知ってるよ。お前さんの経歴はそれとなく調べたさ」
「なら、そのテロを起こした犯人が今も捕まってないことも知ってますよね」
「知ってるな。そいつは今も元気に生きてると思うぜ」
「そうですか。じゃあ犯人が過去にも凶悪なテロ事件を何度も起こしたことも知ってるんですね」
「ああ知っている。業界じゃ有名な悪党だ」
「ムラサキさんですよね?」
シェリーの問い詰めにムラサキは一息吐きながら目を逸らした。
「私の両親を殺したテロリストはムラサキさんですよね?」
ムラサキは目を閉じながら喋った。
「そうだとも。間違いない。シェリー、お前さんの推理は当たっている。どうする? 私はのうのうとここに居ますぜ? テロリストはここにいる」
シェリーは何も答えなかった。ただ銃口をムラサキに向けて立っているだけだった。
「いいぜシェリー。引き金を引くんだ。恨みとか復讐とか仇討ちとか報復とか、私は大好きだ。そういう理由で人を殺す奴もテロリストって言うからな。来いよテロリスト。足を踏み入れて来い」
「……私は、テロリストじゃない!」
シェリーは下を向いてしまった。顔を見せたくなかった。見られたくもなかった。どんな顔をしているかわからせたくない。
それでもムラサキは問いかける。
「なら何故、私と行動を共にした? お前は何が欲しかった?」
「……っ、私はっ!」
シェリーは体が勝手に動いた。目の前まっすぐに突進して頭からムラサキの胴体目掛けて飛びかかった。シェリーとムラサキはそのまま重なって床に倒れていった。その時シェリーの大きな丸縁眼鏡が割れた。
「親を殺した仇討ちじゃない! 死にたくてテロリストになりたいわけでもない! 銃が撃ちたかったわけでもない! 私はただ……退屈だった。さみしかった、そうなのよ。自分の中に何も無くて自信が無くて周りの目を気にしすぎて、少しだけ刺激が欲しかっただけ……」
声が掠れながらシェリーは言った。ムラサキは被さられたままシェリーの背中を優しく撫でた。
「居てもいいんだぜ。退屈な日常に刺激が欲しいからテロリストになる奴が居たっていい」
「そんなの、ダメよ。非道にもほどがある」
「耳が痛いな」
するとシェリーの後ろから黒ずくめのテロリストが近づいてきた。シェリーはそれに気付いたが不思議と恐怖を感じない。そして黒ずくめはターバンを外す。
「もういいかァ?」
軽そうな口調でそう喋った。顔には火傷があり縫い目傷がある。シェリーはどうして気付かなかったか、なんという見逃しだと自分に赤点をつけたい気持ちになった。
フリーデ・アッカーマンがそこに居たのだ。
「まあ、いつでもいいとは思いはしますがね」
ムラサキがそう答えるとフリーデは元気よく飛び上がった。そのまま左手て天井を破壊して二階へと駆け上がった。
「ひゃほーう!!」
そしてまたコンクリートを破壊する音が聞こえる。シェリーには見えなかったがまたフリーデが暴れていることだけは確かだった。
「すまんなシェリー。お前さんのことはオマケなんだ」
「……え」
「フリーデが学校を占拠するテロリストをやっつけたいっていう、独特な願望を叶えるのが今回の本命なんだよ。残念なことにな」
ムラサキは立ち上がりアサルトライフルを構え廊下を走っていく。
二階からはフリーデの楽しそうに叫ぶ声が響いてくる。それをシェリーはハッキリと聞いた。
「ひゃはははははは!!! いいねぇいいねぇ! 最高だよ! このシチュエーション! この虚構感のある現実! 誰もが考える学校占拠からの大反撃! 満足するまで楽しんでやるよ! ヒーローごっこをよぉ! くたばれ悪党! 俺が、これが正義のヒーローだァ! ひゃははははははは!!!」
まるで悪役のように高笑いをするフリーデ。それをよそにムラサキは廊下を駆け抜け教室のドアを開けたと思えばすぐさまサプレッサー付きの拳銃を二三発放ちドアを閉めるを繰り返す。
シェリーが後を追って教室を開けると生徒達が部屋の隅で顔を見合わせている。そしてテロリスト達が血も出さず倒れていた。その横には爆弾も無造作に転がっていた。
「おうシェリー。危ないから突入まで大人しくしてたほうがいいですぜ」
後ろから戻ってきたムラサキが声をかけた。そして左手にシェリーが見たことも無い銃を持っていた。
「その銃は?」
「国際捜査官が使う最新技術満載の麻酔銃だ。トレナからちょろまかしてきた。これを使えば無血で制圧できる」
「爆弾はどうするんですか?」
「あれは私が家で練ってた粘土だ。土壇場で摩り替えたんだ。爆発なんてしやしませんよ」
そう言われてシェリーは試しに目の前の爆弾を手にとってみた。確かに柔らかく粘土のようだった。
「お前さん達は運がいい。大抵のテロはこんな対応策に転じれる暇は無い。すぐ爆発して人が死んで終わりだ。テロリストは銃撃戦なんてしない。ただ突然一般市民を襲うことだけに専念するからな。だからこんな茶番は二度と起きない。だから存分にこの虚構を体感してくれ。フリーデのようにな」
ムラサキはそういってその場を去った。駆け足で階段を登っていた。取り残されたシェリーの頭上からは相変わらすフリーデの笑い声が聞こえていた。
「あはははは! きゃはははははははは!!」
***
シェリーは灰色のコンクリートで囲まれた取調室の汚いイスに座らされた。テロリスト達の学校占拠はケガ人こそ出たものの奇跡的に死者は出ず、生徒や先生達は無事軍隊に保護された。
しかしシェリーは銃を所持していたことがバレてしまい、追加で取り調べを受けることになった。強面の警察官に「何もかも知っているぞ」と脅されシェリーは事実のありのまま喋った。
警察官が近年テロ事件が多発し銃規制が広まっている今、拳銃を不法に所持していることがいかに罪なのかが永遠と語りシェリーは肩を落としながらハイと頷き続けるしかなかった。
それが終わった後、いつもの茶色のトレンチコートを着た国際捜査官であるトレナ・ダブルクロスが部屋に入った時はシェリーは殺されるのではないかと思うほど落ち込んでいた。
しかしトレナが取った行動はシェリーが思う方向とは違っていた。
「国際捜査官は危険人物を自由に逮捕できる強い権力を持っている。だがあえて逮捕しない自由も与えられている」
そう言いながらトレナは一枚紙切れを渡した。そこには電話番号とメールアドレスが書いてあった。
「俗に言う司法取引だ。今後ともにあの二人を見張ってくれると助かる。もちろん適度で構わない。あと拳銃を手に入れたら可能な限り早急に警察署に届けることを約束してくれ」
それはシェリーにとって喜ばしい配慮だった。
「……いいんですか?」
「私が国際捜査官としてできることはこれぐらいなんだ。無力ですまない」
そう言ってトレナは頭を下げる。だがそれはすぐあげられ腕を机に置きながらトレナはシェリーに迫り近づく。
「ムラサキに恨みはないのかね」
トレナはムラサキが過去に起こしたテロで亡くなった両親について、どうしても気になっていたようだった。
シェリーは考えていた回答をもう一度答える。
「何年も前の話です。もう乗り越えました。今更そんな気は起きません。それにムラサキさんは良い人ではないかもしれませんが、悪い人でもないです」
相槌をうってシェリーはトレナが机に置いた紙を手にとって見る。が全く見えない。あのでかい丸縁眼鏡は割れたままで使えなくなった。
シェリーがよく目に近づけて見ようとすると突然壁のコンクリートが飛び散り崩壊した。シェリーが慌ててその方向を見ると黒い影がゆらゆらと歩いてきた。
「シェリー! 買って来たぜ! カッコイイやつ!」
そう言って黒い影は眼鏡をシェリーに渡した。長方形の薄い銀縁眼鏡だった。シェリーが試しに付けてみるとフリーデの顔がよく見えた。
「お! かっちょいいじゃん! 似合うじゃん! それつけてけ!」
フリーデは元気よく笑った。その横でトレナが怒りに打ち震えていた。
「フリーデ貴様、それを届けるためだけに取調室の壁を壊したのか!?」
「だって入らせてくんねぇだもん。じゃあ殴って壊すしかないじゃん」
フリーデはわざとらしく銀色に輝く左手を見せ付けた。
「貴様という奴は……!」
激憤するトレナをよそにフリーデは手を振りながら去っていく。
そんな光景をシェリーはただから笑うしかなかった。
***
しばらくすると学校も再開されシェリーは登校することになった。忘れ物が無いかバッグの中を確認していそいそと出歩いた。
学校に行ったら銃のことを間違いなく聞かれるだろう。その時どう対応するかシェリーはシミュレートするがどうも上手い解決策を見つけられずにいた。
なのでできるだけ目立たないように気をつけて歩いたつもりだったが、それでも声をかけられてしまった。
「シェリー!」
それは前に「何かいい事あったの?」とシェリーに聞いてきた同級生だった。
「あら? 眼鏡、変えたの? かっこよく見えるわ」
「え? そう見えます?」
「そうよ。前の丸縁眼鏡だとでかすぎたわ。今掛けてるほうがちょうどいいわよ」
同級生そう笑顔で言った。シェリーはそう言われると思わずおどおどするしかなかった。
「大丈夫よシェリー。クラスのみんながとやかく言うと思うけど私が味方するわ。怖い思いをしたのはシェリーも一緒だもの」
「た、助かります」
「ほら、そんなに震えたりしちゃダメ。堂々としなさい。ワタシは裏家業をなりわいとしているマフィアから拳銃をくすねて来た筋金入りのワルだぜぇ~ってぐらい堂々としなさい」
「そんなのできませんよ!」
「こう、メガネをくいっとして、殺スゾ……って脅し返さないと」
「なんで私に構ってくるんですかー!」
同級生はくすっと笑う。シェリーはいじられてつつも同級生とのやり取りを楽しんだ。
「同い年のテロリストに脅されたから、って言ったらどうする?」
同級生はそっと眉をひそめて困り顔で笑った。
シェリーの頭の中には否応なしにムラサキの顔が浮かぶ。
「大丈夫よシェリー! 脅されなくてもシェリーは私の新しい友達だもの!」
同級生は最高に微笑みでシェリーに手を差し伸べた。
一旦シェリーは戸惑ったが迷うことなくその手を握る。
二人は掛け合い刺激しあいながら楽しく学校へと向かった。
それはかけがえのないシェリー自身の青春が始まった瞬間だった。
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