3 その後もシェリーは学校から帰ると切り裂き通り三四に駆け足で向かっていった。


 その後もシェリーは学校から帰ると切り裂き通り三四に駆け足で向かっていった。毎日欠かさず日が暮れるまで地下倉庫で銃を撃つ練習をムラサキにさせてもらった。

 おかげで大分狙いが定まり銃の扱いにも慣れてきた。それがシェリーには特別に嬉しかった。こんな体験を他人がさせてもらえるはずがない、貴重なものだとシェリーは体感していた。

 そしてある日、シェリーはムラサキから箱を貰った。その場で開けてみると新品の拳銃、M9だった。

「持ち歩いてもいい頃だと思いましてね。シェリー、この銃はお前さんの銃だ」

 そう言われた時、シェリーは戸惑った。嬉しさと怖さが混ざり合っていったのだ。

「……本当に、いいんですか?」

「ああ、いいとも。お前さんは晴れていつでもテロリストになれますぜ」

 シェリーは拳銃を手にとって手触りを実感する。拳銃は電球の明かりが光沢となってよく反射した。

「そいつがあればいつでも人を殺せる。いつでも人を殺さずにいられる。ちょっとした万能感も感じられる。最高だ」

 そう言われてもシェリーはこの拳銃を手に取ることが上向きに思えなかった。それでも自分だけの拳銃という甘い響きに耐えられなかった。そもそもプレゼントを拒否するほどの強い理由もなかった。

 結局なすがままにシェリーは拳銃を貰いバッグに詰めた。遅い時間になったのでそのまま自宅へ帰ろうとした。

 そのまま夜の切り裂き通りを歩いているとシェリーはすぐ後悔した。茶色のトレンチコートを来たトレナ・ダブルクロスがシェリーの前に現れたからだ。

 あまりにいいタイミングにシェリーはドキッとする。

 今、持ち物を調べられたら捕まってしまう。シェリーはそのことで頭がいっぱいになった。緑のフードで顔を隠して凌げるものなら凌ぎたかったが無駄に終わる。

「シェリー、キミが切り裂き通り三四によく出入りしている事を我々はよく知っている」

 トレナ・ダブルクロスは前にシェリーを尋問した時と同じ冷徹な口調で話しかけた。

「そこでムラサキと出会っているのもわかっている。我々が知りたいのはムラサキが何をしているか、だ。何か変わっていること、おかしな行動をしていること。それらについて聞きたい」

「そ、それは……」

 シェリーは困った。「私と一緒に地下で拳銃を撃つ練習をするのは変わった事ですか?」とは言えなかった。

「そういえば、いつも粘土をいじってました」

 困り果ててシェリーはいつも二○二号室に入る時ムラサキが何をしているか喋った。リビングのテーブルの上でムラサキはいつも粘土をこねくり回し、絵の具で色を塗っていた。それが何をしているのか聞けなかったが気にはなっていたことだった。

「他には」

「な、ないです」

「そうか……わかった。時間をとらせてすまない。夜道に気をつけたまえ。もしよければ家まで同行してもいいのだが」

「結構です」

「そう言われると思った」

 トレナはため息をついてエリを整えた。素っ気無い扱いに慣れているようだった。

 シェリーは無視を強調するかのように地面を強く踏みながらトレナの横を過ぎ去ろうとした。だがトレナは片手でシェリーの肩を叩き止めた。

「シェリー、キミの両親は三年前テロで亡くなっているらしいな」

「っ!」

 シェリーは振り返ってトレナを睨みつけた。

「いや、無駄なことを聞いたな。忘れてくれ」

 トレナは察したのかそう呟いて手を離した。シェリーはもっと力強く足を地面に叩いて歩き出そうとした。

 するとその瞬間、遠くから爆音が響いた。音の方向をシェリーが見るとそこだけやけに明るくそして煙が吹いていた。

 そして勢いよくトレナ・ダブルクロスはその方向へと走っていった。冷静沈着そうに見えた彼女は全力を振り絞って行動に出た。

 シェリーも気になって後を追い様子を見に行った。走る途中でやけに軽快な爆発音が鳴りひびく。

 既に野次馬が炎を囲み消火器などを手に持ち、店から出る炎を消化していた。

「なんで火が出たんだ!?」

「ここが花火屋だからだよ!」

「どうりで愉快な音してらあ!」

 騒ぎになっているところをシェリーがただ眺めていると炎の中から突然人が転がり落ちてきた。それはフリーデと鉢巻を巻いた中年の男性、恐らくは店主だった。

「助かったよフリーデ……」

「おう! 花火屋のおっちゃんが元気で何よりだ!」

「フリーデ! コートが燃えてるぞ!」

「え!? やべえやべえ!」

 フリーデはコートマントを脱いで急いで叩く。野次馬が持ってきた消火器が噴射されようやく火は納まった。

「だー! 使い物になんなくなったなァー……」

 フリーデがボロボロに焼けたコートマントを悲しそうに見つめているとトレナが割って入ってくる。

「フリーデ、お前の仕業か?」

「俺じゃねぇよ! なんで花火屋に火つけんだよ! 俺花火大好きだぞ!」

「花火屋を燃やしたらどうなるか見てみたい、という動機をお前は持ちかねん」

「持たねぇよ!」

 そこからは消防車が登場したちまち火は鎮火していった。幸い隣の家までは被害が出なかった。

 検証の結果事件性はあまりなく、それがわかるとトレナ・ダブルクロスは早々に立ち去っていった。

 やがて野次馬達もまばらになったころ、フリーデがシェリーに気付いた。

「おおシェリーじゃん! こんな時間まで出回ってるとあぶねぇぞ」

「フリーデさんが炎の中から出てきたものだから、ちょっとビックリしました」

「驚け驚け。正義の味方は人を驚かせるもんだァ」

 フリーデは白い歯を光らせ笑いながらそう言った。シェリーは本当にヒーローのような行為をしているフリーデが少し気になった。

「なんでフリーデさんは正義の味方をやってるんですか?」

「やりたいからだ」

「なんでやりたいんですか?」

「やりたいから! やりたいからやる! 俺はヒーローごっこが楽しいんだ」

「ヒーローごっこ、ですか?」

「そうだ。俺はごっこ遊びが好きだ。そん中でも特にヒーローごっこが好きだ」

 フリーデは鼻息を荒くしてそう言った。

「しょせんはごっこ遊び。褒められたいからやるってことでもある。満たされないからやっている。マジモンの正義の味方はそういうとこ関係ねぇからなァ。クククッ」

 シェリーはフリーデが明るく見えた。シェリーも自分がヒーローとして褒められればどれだけいい事かと思っていたが、実際に行動には移せないでいた。

 それこそシェリーが持っていないものをフリーデは持っていた。

 見つめすぎたのかフリーデは惚けながら話かける。

「なんだシェリー? お前もヒーローになりたいのか? 俺いつでも歓迎するぜ?」

 そうフリーデに言われるとシェリーは言わずにいられなかった

「私でも、ヒーローになれますか?」

「おう! コイツがあれば誰でもなれるぜ!」

 そしてフリーデは当たり前のように銀色に光る拳銃を取り出した。デザートイーグルだった。シェリーは冷や汗をかいた。

「まあ、最初は撃つのは大変かもしれねぇが撃たなくても拳銃は見せるだけで使えるしな! ホラ持っとけ持っとけ!」

 そう言ってフリーデはシェリーにバッグに無理やりデザートイーグルをねじ込んだ。あっという間でシェリーは抵抗できなかった。

「頑張れよー!」

 そう言ってフリーデは大きくジャンプし家を飛び越えて消えてしまった。

 とても追いつけそうになくシェリーは明日返そうと思い、自分の家に帰った。

 この銃達を人前で使うことは絶対に無い、とシェリーは軽く拳を握り決意しながら寝床へと入った。

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