サプライズはディナーの後で

音楽とシャンパンをゆったりと楽しんだ後、

僕達はその上階にあるフランス料理店へと向かった。


入口で名前を告げると、

打ち合わせ通りに僕が希望していた夜景が見える席へと案内された。


ウェイターが彼女の椅子を引くのを見届けると、

僕もタイミングを合わせて席へと着く。


テーブルマナーを事前に勉強しておいて本当に良かったと、僕は胸を撫で下ろした。


コース料理は打ち合わせの段階で予めオーダーを済ませてある。


後は飲み物をお願いするだけだ。


僕はシャンパンの酔いを少し覚ます為にミネラルウォーターをオーダーした。


彼女も気を使ってか、僕と同じくミネラルウォーターをお願いしていた。


程なくして、1品目の前菜が運ばれてくる。


その美しい見た目に、彼女と僕は思わず声を漏らした。


前菜、魚料理、スープ、メイン料理と続き、いよいよデザートが運ばれてくる。


よくあるプロポーズなら、このタイミングでするのがベストだろう。


が、僕は敢えて、フランス料理店でのプロポーズを避ける選択を取っていた。


個室ならともかく、

周りのお客さんもいる状況でプロポーズするのは恥ずかしい、

というアンケートを雑誌で読んだことがあるからだ。


また、定番のタイミングを外すことで、

よりサプライズ感を高める僕の作戦でもあった。


デザートはフォンダンショコラ。これも彼女が大好きな1品だ。


ナイフを入れると、中からトロリと温かなチョコレートが流れ出る。


彼女はそれを満面の笑みであっと言う間に平らげた。


間もなく、食後のホットコーヒーが運ばれてくる。


色々あったけど、後はバーで少し飲んで、部屋でプロポーズすれば完璧だ。


僕はすっかり安心しきっていた。


彼女はコーヒーに角砂糖を2個入れた。


すると彼女はティースプーンで角砂糖を潰しながら、僕にこう言ってきた。


「ねぇ。私の事、好き?」


予想だにしない言葉と、今まで見た事が無い彼女の表情で、

僕は完全に意表を突かれてしまった。


「へ・・・?」


「だ・か・ら、私の事、好き?」


「う、うん。好きだよ」


「これから何があっても、一緒に居てくれる?」


「うん。勿論」


僕がそう答えると、彼女はまたいつもの笑顔に戻った。


「そっか!じゃぁ、最上階のバー、連れてって!」


彼女はそういうと、ウェイターに目で合図した。


ウェイターは慣れた手つきで彼女の椅子を引いた。


「ほら、何してるの?次はバーの予定でしょ?早く行こっ!」


「あ、う、うん」


慌てて立ち上がった僕の手を彼女は自分の方へグイッと引き寄せた。


やがて、僕の腕に彼女の腕が絡みつく。


彼女に急かされる様にエレベーターへと向かい、最上階のボタンを押した。


最上階へと向かう二人きりのエレベーターの中で、

ふと、僕はさっきの彼女の言葉を思い返していた。


「次の、予定?」


僕が結論に至るより先に、彼女は僕の耳元でこう囁いた。


「カクゴしとけー、この後大変だよー」


悪戯な笑みを彼女は浮かべている。


エレベーターがポーンと言う音で最上階に到着した事を告げた。


扉が開き、緊張しつつもバーへと歩を進める。


するとそこには、僕や彼女の友人達が、既にグラスを傾けていた。


遅いぞーや、早く早くー等、色んな声が僕達に掛けられている。


「な、何で皆ここにいるの?」


僕がそう言おうとした矢先、彼女が僕の目の前へとサッと回り込んだ。


「で、あなたからのクリスマスプレゼントは?

まさかここにきて怖気づいたなんて言わないわよね?」


彼女の瞳を見て、僕は今日一日起こったラッキーの正体に漸く気付いた。


全ては彼女が仕組んだ事だったんだ。


「言ったでしょ、この後大変だよって」


悪戯な笑みを彼女は浮かべている。


「今日より大変だと思うコトは多分ない・・・」


「サプライズはこれくらい派手にしないとね。さ、いつまで私を待たせるつもり?」


彼女に促されるまま、僕はその場に跪き、

ジャケットの内ポケットから小さな箱を取り出した。


「僕と、結婚してください」


小さな箱には、指輪ではなく、

彼女がずっと欲しいと言っていたペンダントが入っている。


「勿論!」


彼女は僕にキスすると、早く着けてと言わんばかりに、僕に背を向ける。


僕は慣れない手つきで彼女にペンダントを着けてあげた。


周りから、拍手やおめでとうの声が飛び交う。


僕が恥ずかしそうにしていると、ウェイターがマイクを持って現れた。


彼女はそのマイクを、慣れた様子で受け取る。


「皆、今日は有難う!21時までは貸切だから、楽しんで帰ってねー!」


彼女の一声を切っ掛けに、DJが軽快な音楽を流し始める。


そんな中、先程マイクを持ってきたウェイターが徐に僕へと近付いてきた。


「こちら、お部屋のカードキーでございます」


やや放心状態の僕がそのカードを受け取ると、彼女がまた僕の耳元で囁いた。


「何ボーっとしてるの?もしかしてサプライズがこれで終わると思ってる?」

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