「手練の初心者」

 さて、魔王封印のために戦う、と約束した俺達だったけれど、具体的に何をすれば良いかは全く知らなかった。

 まさかいきなり魔王城みたいなのがあって、そこにたった5人で突っ込めってことじゃない、よな?



「女神様に訊きたいんだけど」

「はい、何でしょう、ジーク?」

「魔王を封印するって言うけど、その方法は分かっているのか?」



 俺が単刀直入に尋ねると、女神様はウッと言葉に詰まった。

 そして。



「……申し訳ございません……」



 言葉に詰まった時点で何となく予想していたけれど、女神様は謝罪の言葉を口にするだけだった。



「私は、神々が堕落し、魔王になった後で、世界の均衡を取り戻すために生まれた存在です。はっきり言ってしまえば……彼らとは、年季が違うのです。弱点を探ろうにも、私の放った探索魔法などすぐに潰されてしまいますし、魔王については知らないことも多いでしょう……」

「……そ、そうなの……」



 弱気だ。ものすごく弱気だ。

 イーリスが代表して何か言おうとしたけど、結局相槌しか打てなかった気持ちも分かる。

 マキア、グレイス、ベルも、どうしよう、みたいな顔をしているし、俺もそうだ。

 でも、俺達がここで考え込んでいても仕方ない。

 頼みの綱だった女神様も知らないなら、もっとここにいても仕方ない。



「それなら、魔王封印の前に、魔王封印の方法を探す旅が始まるんだな!」



 俺は、女神を元気づけられればと、わざとらしく声を張り上げる。

 すると、グレイスが



「旅なんて素敵ですね。塔を進むのも階層ごとに景色が違うので旅に似ておりますが、案外、端に到達するのは難しくないので、広い世界を旅するのは初めて……」



 と、楽しみだという顔で言っていたが、やがてハッとして



「あら、魔王封印のための旅ですから、そんなに楽しんでいられませんわね?」



 そう、自分で自分にツッコミを入れて口をつぐんだ。



 旅を楽しみだと言うグレイス以外はどうかと俺は残りの三人の顔を見る。全員、俺と目が合うと、遠回りだけどそれしかないな、という顔で頷いてくれた。

 と、イーリスが女神様に向かって、ちょっといいかしら、と手を挙げた。



「女神様、私も訊きたいことがあるのだけれど」

「えぇ、伺います」

「この世界の、女神様が生まれる前からの歴史を知ることのできる本とか、知恵者っていう存在はいないの? それで魔王のことを教えてもらえたら、少しは魔王封印の手助けになるんじゃないかしら」



 女神様はイーリスの問いかけに



「確実とは言えませんが、知っているとしたら彼らであろうという心当たりはございます」



と言った。



「魔王がまだ神として清らかだった時代からこの世界にいるという精霊族であれば、何か魔王について私も知らない手がかりを持っているかもしれません」

「精霊族?」

「はい。精霊族はアルメス各地の森にひっそりと村を作って住んでおります。既に魔王に取り込まれた地の精霊族は敵対する相手となる可能性があります。しかし、この神殿に一番近い森に棲んでいる精霊族であれば、まだ魔王に取り込まれてはいないはずです。彼らはほとんど人里に姿を見せませんが、礼節を以て接すれば知っていることを教えていただけるかと」

「なるほど、今のところ唯一の手がかりは精霊族、なのね」

「えぇ」



 女神様も確実とは言えない、と言っていた通り、その精霊族が魔王について女神様以上の情報を持っているかは分からないし、持っていたとしてもそれが封印に役に立つかはもっと分からない。

 けれど、他に何もない以上は、精霊族に会うことを最初の目的にするしかないだろう。



「じゃあ、精霊族を探すために森に……」



 みんなに確認するためにそう言葉にするが、今度はマキアが



「ちょっと待った!」



と制止をかけてくる。



「な、何だよ、マキア?」

「いや、よく考えたらオレら、精霊族探しにすぐ突っ込んでも大丈夫な装備なのか? この世界のこともほとんど知らねぇから、外に出る前に全員の持ち物とか確認しておかないと、いざってときヤバいと思うんだよな」

「……確かに」



 危うくそのまま出発と言い出しそうだった俺は、マキアの言葉に冷静になった。

 みんなも、自分の持ち物をごそごそと改め始めている。

 最初に終わったのはベルだった。



「ごめーん、ボク、ちょうど買い物しようと思って町に入ったところだったから、毒消しの薬草と、体力回復のドリンクが1つずつしかないや!」



 てへ、とかわいらしい顔に笑顔を浮かべるが、それを聞いて俺はゾッとした。

 本当に、マキアが気付いてくれて良かった。



 とは言うものの、俺も、置き去りにされたときにアイテム類はほとんど奪われているから、冒険になんて危なくて行けない。

 イーリスとマキアがかなり潤沢にアイテムを持っているが、5人全員に分けてもらったらすぐに無くなってしまう。

 グレイスの持っている薬品類は魔力の回復に役立つものばかりで、魔法をほとんど使えないメンバーには分けてもらったところで役立ちそうにない。

 全員の、うーん、という声が揃った。



「まずは買い物が必要、だよな」



 散らかした荷物を片付けながら、俺は方針を変更した。

 同じく片付けをしていたイーリスが



「剣とか盾とか、装備がそのままで飛ばされてきたのは、ラッキーだったのかもしれないわね」



 と、片付けの手を止めて、自分の盾をそっと撫でた。

 


「買い物に行くのでしたら、魔力回復薬も欲しいですわ。先ほどの戦闘で魔力をだいぶ使ってしまいましたので」



 グレイスが買い物に賛同しながらそう言い、俺達はわいわいと片付けを続行する。



と、俺達の作業を黙って見守っていた女神様が突然、何か思い出したように表情を変え、あっ、と声を上げた。

 そして、グレイスの前にしゃがみこむと、



「ステータス・オープン」



と唱えた。



 すてーたす・おーぷんとは? と俺達が首を傾げていると、グレイスの目の間に、淡い桃色の、半透明のガラスのような板が現れる。

 その板には、何か色々な模様が描かれていた。



「……あの、女神様? こちらは何ですの?」



 グレイスが困った顔をしながら尋ねる。

 女神様は、



「こちらは皆様の心身の状態や、強さ……体力ですとか、魔力などですね、そういったものを視覚化できるのです」



 と説明しながら、目はグレイスの、その、強さ? に目を通していた。

 何が起こるんだろう、と固唾を呑んで見守っていると、女神様は深く溜息を吐いて、



「申し訳ございません……」



 と、何度目か分からない謝罪の言葉をグレイスに告げた。



「何か問題が?」

「はい……お伝えし忘れておりましたが、今の皆様の強さは、その、元の世界とは変わっております」

「……はい?」



 グレイスが、意味が分からないという顔をする。もちろん俺達も。

 女神様は俺達が理解できていないのを見てとると、グレイスの目の前にある板の、模様が特にごちゃっと集まっている部分を指差した。



「この部分に、皆さまの今の強さを細かく分析した表があります。筋力や魔力、素早さ、武術の習熟度などです」



 そして女神様は俺達から離れ、掌を上に向けた。

 すると、女神様の掌が金色に光り、その光は雪のような粒になって浮き上がったと思うと俺達の上に落ちてきた。

 光は俺達の頭や肩に落ちて、すうっと吸い込まれるように消えていく。



「今、私の加護によって、皆様もこの世界の文字が読めるようになりました。皆様も、『ステータス・オープン』と唱え、ご自身の強さを確かめてみてください」



 浮かない顔で言う女神様に頷いて、俺達は口々に『ステータス・オープン』と唱える。

 自分の強さが可視化されるなんて元の世界では無かったことで、なるほど俺達の世界とは違うのだという確信と、自分はどれくらい強いのかとちょっと期待する気持ちで、俺は自分の目の前に出てきた板に目を走らせ、て?



名前:ジーク

年齢:18

職業:ウォリアー

職業レベル:1


ステータスタイプ:男性ウォリアー

生命力:5(+95)

筋力:1(+89)

俊敏:1(+82)

持久力:1(+92)

剣の習熟度:1(+79)

 剣のスキル:長剣使い

魔法適性:なし

魔力:0

 適正魔法タイプ:なし

魔法の習熟度:0


装備:白銀の剣、軽量肩当て


状態変化:均衡の女神の加護(継続中)


特記事項:声が大きい



 ……。はい?



「……生命力以外、全部、1? え、レベル1って、始めたばっかりと同じって意味だよな?」



 ステータスの数値を見て予想がついていたものの、違うと言ってほしくて女神様に確認する。

 が、女神様は、



「その通りです……」



 と俺の質問に肯定を返してきたので、俺の顔から血の気が引いた。



「え、筋力、持久力、剣の腕も、え、ええっ?」

「えぇ、全て、初心者と同等です」



 女神様が謝るんだから、悪い方に変わっているんだろうと予想はしていたけれど。

思った以上に、ひどい。

 魔法関係が全然ダメなのは当然として、鍛えてきた剣の腕前も全部1。

 初めて塔に入ってから、こつこつこつこつとモンスターを倒して経験を積んで鍛えたのに……。俺、塔に籠って3年は経つんだけど……。

 俺と同じように、うそでしょ、とか、えぇー、という声が聞こえてきて、みんな同じような状況なのだろう。

 と思っていたら、誰よりも落ち込んでいる人がいた。

 グレイスだ。



「わたくしは、巫女修行を始めてもう10年ですわ……それが初心者と同等に戻ってしまっては、わたくしがお役に立てるか、不安になってまいりました」



 へにょ、と眉を下げているグレイスに、女神様が



「本当に申し訳ありません、全て私の責任なのです」



 とどこか悔しがっているような顔をして言った。



「女神様の責任とは、どういうことでしょう?」

「皆様の本来の力はこの世界に召喚したときに失われてしまったのです。召喚者たる私の力が足りず、『鍛える』『修行する』といった、後天的に身に付けた能力を再現できなかったのです」



 なるほど、と納得しかけたが、あれ?



「女神様」

「はい」

「能力は再現できなかったのに、装備とか服は残ってるのは、どうしてだ?」

「それは、皆様の元々の身体の一部という扱いにしまして……容姿、記憶と装備を完全にこちらの世界に再現しようとしたら、今の私の力では足りず、冒険者でも何でもない、平均的な人間族の男女の強さで召喚するしかありませんでした」



 グレイスと同じくらい眉を下げている女神様に、ベルが



「でも、どうして装備を優先したのー?」



 と不思議そうに尋ねる。

 確かに、物は後でも調達できるのに、何で強さよりも優先されたんだろう。

 そんな俺の疑問は、すぐ解決された。



「強さを完全再現しますと、今度は装備を再現する力が足りなくなりますので……皆様、ここで生まれたままの姿を晒すことに……」



 本当に言いにくそうに教えてくれた女神様は、俺達が装備どころか服もなく出発しなければならない場合の命の危険性とか、羞恥心とかに配慮してくれたんだろう。

俺は、どちらかと言えば装備や服よりも鍛えた能力を残しておいてほしかったと言うべきか、いや、でも、アウンガヘルの襲撃のときは装備がなければ今頃手も足も出ずに死んでいたかもしれず、装備を残してくれてありがとうと言うべきか、少し迷ったが。



「中途半端な力しか使えず、私は駄目な女神です……」



 本格的に落ち込み始めた女神様に、俺達はそんなことない、と本気のトーンで否定した。



「俺は、装備とか服も大事だと思う、感謝してるよ!」



 そう俺が言えば、マキアが



「記憶の方は残ってるし、知識で色々カバーできる部分もあるだろ。ありがとな、女神様」



 と記憶が残っていることを感謝する。

 同じように、知識が技術の大部分を占めるグレイス、ベルも



「召喚術も覚えてるよー、記憶があって嬉しいなー!」

「えぇ、そうですわ、先ほどは魔力が減ってしまったと悲しく思いましたが、よく考えれば幾ら魔力が高くとも、唱えるべき呪文を忘れているのでは話になりません。女神様の選択は間違っておりませんわ」



 と励ました。ベルは、ちょっと棒読み気味だったけど。

 最後にイーリスが



「強さはこれから鍛えれば何とでもなるわよ。大丈夫」



 と女神様に向かって拳を握って見せると、女神様はようやく頷いて、落ち着きを取り戻したようだった。



 しかし、俺達の力が初心者と同じ程度だとすると、また別の疑問が湧いてくる。



「俺達、よくアウンガヘルを追い返せたよな?」



 アウンガヘル自身が撤退を決めたとは言え、その前に全員で協力して一撃を喰らわせたことに変わりはない。

 あんな大迫力で攻撃してきたアウンガヘルが、俺達と同程度の力とは思えないし。

 そう考えていると、女神様が



「それは、この神殿に私の力が満ちているからです」



 と教えてくれた。



「この神殿は悪しき者から力を奪い、皆様を守るように力を与えております」

「ええと、つまり、ここにいる限りは俺達の力は元の世界と変わらない?」

「はい。しかし、外に出れば神殿の守護の効果は消え、皆様は本当に、初心者と同等になります」

「なるほど……あ、もしかして、ステータスの横にある、95とか加算されてたやつが女神様の加護になるのか?」

「えぇ、そうです。これは、神殿の外に出たら消えます」



 この変な数字はそういう意味だったのか、と納得する。あと、悪しき者から力を奪うって言ってるから、実はアウンガヘルもちょっとは弱体化していたのかもしれない。

最後に女神様にステータスの消し方を教えてもらい、指を横に振ってステータスを見えなくする。

と、ベルが



「あー、ヤなことに気付いちゃった、かも」



 そう嘆く声がした。



「ヤなことって?」



 俺が尋ねると、ベルは、俺達一人一人を見る。



「あのさぁ、みんなの武器って、初心者でも扱えるやつなの?」



 ベルに言われて、俺はハッとした。

 俺の愛用している剣は、初心者向けの軽い剣から、モンスターを倒すという実績を積み、剣の訓練を毎日欠かさず繰り返して少しずつ変えていった末の、重さも長さも初心者向けとは言えない物だった。

 これを、塔に足を踏み入れた頃と同等の強さに戻ってしまった俺が使いこなせるかと言うと……全く自信がない。

 多分、筋力の部分と、剣の習熟度が足りないと思う。



 片手剣と盾を使いこなすイーリスも



「盾って案外重いのよね……筋力が足りないかも」



 と不安そうな顔をするし、グレイスも杖をぶんぶんと振って考え込んでいる。

 はあ、と溜息を吐いたのはマキアだった。



「まず、魔王封印の前の、魔王封印の方法を探す旅の前の、今の身の丈に合った装備や保存食や薬なんかを買い込むための移動が必要だな……」



 さんせーい、と言ったのは誰だったか。俺ももちろん、賛成。



「ねぇ女神様、この近くに町ってないのー?」



 ベルに尋ねられた女神様は、ええと、と少し考えた末に



「まだ魔王に取り込まれていない地域の町が、そう遠くない場所にあります。その町に一番近い森に出るように、扉の位置を調整いたします」



 女神様は両手を顔の前で組む祈りの姿勢を取った。

 ややあって、神殿の真っ白な壁に長方形の切れ目が現れる。

 扉だ。まごうことなき扉だ。

 おお、と歓声を上げている俺達の前で、扉はずずずずずと横にスライドしていった。

 


「さあ、皆様、ここから外へ」



 女神様に促されて、俺達は外に出る。

 さく、と草を踏む音がして、久しぶりに土の上に立った気がする。



 俺達が外に出ると、その瞬間に真っ白な神殿は陽炎のように消えて、何もない森の中になった。

 森だけだとあまり俺達の世界とは変わらない感じなんだな、と感想を抱く。



 一番最初に扉を出た、つまり先頭にいた俺が



「よし、町に向かって出発!」



 と声をかけると、



「ええ」

「ほーい」

「まいりましょう」

「おおー!」

「はい」


 うん、5人分の返事があった、全員いる、とそのまま出発しようとした俺は、



「いや、待ってくれ」



 と後ろを振り向いた。

 5人はおかしい。召喚されたのは、俺を含めて5人なのだ。

 ということは、俺に返事した5人目は、という俺の考えは当たっていた。

 俺達の一番後ろに、女神様がいる。



「め、女神様、神殿から出て大丈夫なのか!?」



 俺が尋ねると、ええ、と頷く。

 グレイスが



「あらあら、一緒にいらっしゃるのですか?」



 どこか嬉しそうにそう尋ねると、



「えぇ、皆様の旅のお手伝いをいたします。今時、英雄に任せきりでぼんやり待っている女神など流行りませんから」



 と、さっきまで謝罪の嵐だったのはどこへやら、やる気に満ちた返事が返って来た。



「えっと、女神様としての仕事はどうするの……?」



 イーリスの疑問には、深く頷いて



「問題はありません、神殿には私の代わりに、私と共に生まれた忠実なる側近が残っておりますから。私には、皆様をここにお呼びした責任があります。できる限りお助けしたいのです」



 と何も問題ないと伝える。



「意外と行動派なんだな……」

「いえいえ、それほどでもございません」



 女神様は、俺達が何と言おうとついてくる気らしい。

 よく考えたら、俺達はこの世界についてほとんど知らないから、女神様が直接色々と教えてくれるならありがたいかも。



 というわけで、異世界の冒険者5人と女神様というメンバーで、町を目指すこととなった。

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