「邂逅」Ⅲ
アウンガヘルを撃退した俺達は、しばらく床に寝転がったり座り込んで、戦闘で疲労した身体を休めていた。
しかし、いつまでものんびりしているわけにもいかない。
俺が起き上がると、横になっていた者は起き上がり、座って休んでいた者は少し俺と距離を縮めて、全員で話がしやすいように固まった。
「とりあえず、ピンチは抜けたわけだけど、これからのことを考えないといけないよな」
と俺が口火を切ると、イーリスが
「まずは何を置いてもここを出ることよ」
そう断言する。
「私達全員、女神様に『アルメスを救ってほしい』って言われてここに呼び出されたのよね?」
イーリスの問いかけに、俺達は頷いた。
「女神様に会って『アルメスを救う』って何をするのかとか色々と訊かないといけないし、ここには飲み水も食べ物もないんだもの、出ないと飢え死にするわよ」
イーリスの言うことはその通りで、しかも急を要することだった。
俺達はアルメスを救うという話に頷いたけど、何をしたら『救った』ことになるか分からないし、それに、この建物は、俺達がいるこの空間以外に通じる扉や廊下がない。
ということは、早く外に出ないと、間違いなく飢え死に一直線だ。
さっき戦ったせいで喉が渇いているので、結構切実に。
「わたくしの魔法で飲み水を出すこともできますが、そもそもわたくしが飢えてしまったら魔力も尽きてしまいますものねぇ」
そういえばさっき水をアウンガヘルの足止めに使っていたな。
でも、できればグレイスの魔法は、基本的には生活用途ではなく、戦闘での回復とかに魔力を割いてほしい。
冒険者としては切実にそう思う。
「じゃあ、そのいち、外に出る方法を探す、そのに、女神様を探す! でいいよね!」
ベルが指を立てながら確認し、全員が異議なし。
ではいよいよ外に出る方法探しに入ろう、ということで意見がまとまる。
だが、おお、と拳を振り上げた先にぴかっと金色の光が輝いて、俺達は慌ててその光から距離を取った。
まさかまたアウンガヘルみたいなのが、と警戒態勢に入る。
光は徐々に変形し、やがて人の形になると、一瞬強く輝いて弾け飛んだ。
そこに現れたのは1人の女性……って。
「ファインちゃん!?」
「女神様!?」
「女神様じゃねぇか」
「あら、女神様」
「えっ、女神様、どうしたのー?」
全員の声が見事に揃う。けれど、何か、俺だけ言ってることが違うのは分かった。
目の前に現れた女性は、身体は、その、すごく薄着なんだけど、俺達全員にとって見覚えのある人の顔をしていた。
俺達がアヴァベルの塔で受けるクエストを日々管理する管理人の一人、ファインちゃんだったのだ。
普通の冒険者であれば、多かれ少なかれお世話になっているはず。
「え、この人、ファインちゃんじゃないのか?」
俺が彼女を指差しながら言うと、イーリスに
「失礼でしょ、女神様を指差さない」
と無理やり指の方向転換を強いられる。何か、こきって音がしたけど、気のせいだ。
「だって、ファインちゃん……あれ、みんな、さっき女神様って言ってた? よな?」
混乱して支離滅裂になっている俺に、ベルが
「あのね、このファインちゃんそっくりな方が、ボクらをここに呼んだ、女神様だよ?」
と丁寧に区切りながら教えてくれた。
「えぇー……、女神様って……」
「はははっ、オレもさっきは同じ反応したなぁ」
俺の顔がよほど面白かったのか、マキアは声を上げて笑う。
「あ、あの、盛り上がっているところ恐縮なのですが、私はファインという者ではありません」
女神様は俺達が騒いでいるところに恐る恐るながらも入ってきて、しっかり否定してきた。
しかし、否定する声も、さっきまではすごく落ち着いた感じだったので気付かなかったけれど、ファインちゃんによく似ていた。
「すごいな、声もファインちゃんそっくりだ」
と俺が感心していると、
「ジークさんは、時間と空間の狭間で女神様とお話されなかったのですか?」
不思議そうにグレイスに尋ねられた。
……まずい。不可抗力とは言え、胸しか見ていなかったとか言いたくない。
「いや、話したけど、ほら、みんなもそこに行ったなら分かるだろ、動けなくなるって。それで、俺は……」
「……あぁ、ジークは戦闘中だったって言ってたな、腕振り上げてたから、自分の腕で視界塞いでたってわけか」
下を向いたまま固まっていた、とでも言おうとしていたんだけど、何か察したらしいマキアが助け舟を出してくれる。
俺はかくかくと頷いた。
男同士万歳。
「えぇ、私はこの世界の均衡を保つ女神であり、その、ファインとやらは存じませんので……どうか、話を聞いていただけませんか」
知っている顔を見て、俺はつい気が緩んでいたらしい。
ファインちゃんにそっくりだと騒いで、女神様を困らせているのに全然気づいていなかった。
おろおろとしている女神様に気付いたのはやはり察しの良いマキアで、
「まぁ、とりあえず女神様がファインちゃんそっくりって話は措いて、話を聞こうぜ」
と声を掛け、俺達は女神様が話しやすいように口を閉ざした。
「ありがとうございます、皆様。さて……まずは、仔細を伝えずにこちらにお連れしたことをお詫びさせてください。時間が無かったとは言え、本当に申し訳ございませんでした」
女神、を名乗る彼女が謝罪をしたことに、内心慌てた。
だが、女神様からは何か続きを伝えようとする意志が感じられ、俺は次の女神様の言葉を待つことにした。
「しかし、この世界、アルメスの崩壊を防ぐには、こうするしかありませんでした。どうか、私の声に、召喚に応じてくれた英雄達よ。世界の崩壊を防ぐため、アルメスの堕ちた神々の……魔王達の封印に、お力をお貸しください!」
女神様が声を張る。
「えっ、英雄ですか……!?」
「待って、魔王を封印するって、私達が!?」
グレイスとイーリスが動揺して裏返った声で女神様の言葉を繰り返すのを聞きながら、魔王を封じる英雄という言葉を、俺は初めて聞いたのではないと思い出した。
俺はその言葉を、時間と空間の狭間にいたときに聞いていた。
「そういえば、時間と空間の狭間でもそんなこと、言ってたよな。俺達を魔王を封じる英雄って、本気で言ってるのか」
女神様に詰め寄る俺に対して、女神様は冷静で、真剣だった。
「えぇ、本気です。この世界は、かつてのアルメスの神、今は魔王となった存在によって、崩壊の危機に瀕しています。皆様のお力を借りて魔王を封印し、この世界の光と闇の均衡を取り戻すことができれば、アルメスは崩壊せずに済むのです。どうか、お願いいたします」
「召喚ってことは、やっぱここはオレらの住んでた世界とは違うのか」
マキアの質問に、女神様はあっさりと頷く。
「えぇ、似ているところも多いとは思いますが、ここは皆様が住んでいたのとは全く別の世界です」
「なるほどなぁ……。魔王を封印とか言われても、オレらは普通の冒険者だぜ?」
ぽりぽりと頬を掻くマキアは、確かに強いがあくまでも普通の冒険者の範疇での強さだった。
もちろん、俺もだ。
「わたくし達で、世界の崩壊を起こせるほど強大な存在に立ち向かえるのでしょうか?」
グレイスが俺達全員の不安を口にする。
だが、女神様がそれに答えるよりも早く、ベルが
「そもそも、ボク達の世界にはもっと強い人達はいっぱいいたのに、どうして呼ばれたのはボク達だったのー?」
と別の質問をぶつけた。
女神様はベルを見て、次にグレイス、そして俺達をじっと見る。
「私が英雄達を召喚するときに求めたのは、現在の戦闘力ではありません。戦闘力だけならば、この世界にも強い戦士は何人も見つけられるでしょう」
そりゃそうだ、と俺達はうんうんと頷く。
「私が皆様を召喚した理由は、2つございます。1つは、この世界の者ではないということです。この世界の者達のほとんどは、多かれ少なかれ、魔王の脅威、そして世界崩壊の危機に怯えて暮らしています。いくら私が加護を授けようとも、最初から魔王に怯える心を持っていては魔王封印という厳しい旅に耐えることはできません。仮に耐えたとしても、魔王と対峙することはできないでしょう。そしてもう1つ、私の呼びかけに応えてくれる、他者を見捨てられない心の持ち主であることが重要でした。実は私は、私の力で接触できた世界、つまり皆様が住んでいた世界の全人類に、助けを求めました」
「そ、そんなことしてたの……!?」
ひえ、とイーリスが、らしくない、と短い付き合いの俺でも分かるほどの動揺を見せる。
全人類に、という壮大な話にちょっとびびる俺達に、女神様は当然のように、えぇ、と肯定した。
「大抵の方が、幻聴であると考えたり、聞こえなかったふりをしたり、それから、そもそも声が届かなかったという者もおりました。その中で、明確に、私の助けを求める言葉に『助ける』と返事をくださったのが、皆様なのです。私が何者であるかどうかも考えず、利害を問わず、助けを求められたら助ける、その心が英雄には必要だと、私は考えました。それさえあるならば、元の世界で強かろうと弱かろうと、関係ありません。皆様こそ、私が求めた英雄です」
女神様の声が、どんどん力強くなる。
そんなに縋るような顔をされては、嫌だなんて言えない。
けれど、まだ気になることはあった。
「あのさ、俺達、ちゃんと帰れるのか? 召喚されるだけで、元の世界に戻る方法がなかったら困るんだけど……」
俺が尋ねると、全員が、そういえば読みかけの本を置いて来たとか宿に荷物置きっぱなしとかどこかの食堂の限定20食の定食を食べ損ねたとか、色々とやり残したことを挙げる。
「そ、それは……その……」
俺の質問に、女神様は口ごもった。
「まさか……ない? 俺達、元の世界に帰れないのか?」
俺だって、これでも……パーティを組んで上を目指す、のは今はやれてないけど、塔には愛着はあるし、いつかはまた、と思ってもいたのだ。
生まれ育った村には家族だっている。
それが、別れも告げることができないまま、異世界で一生を過ごすことになるのは、困る。
そう思っていると、女神様は、いえいえいえっ、と焦ったような声を出した。
「今すぐに皆様を元の世界に戻すことは、申し訳ありませんが不可能です……。今、この世界は闇の力が強い状態です。私は、光と闇の均衡が取れているときが最大の力を発揮できますが、裏を返せば均衡が崩れてしまうと本来の力が発揮できません。皆様を召喚するだけで精一杯でした」
「そ、そんな……」
「でも、あの、大丈夫です、魔王を封印し、世界に光と闇の均衡が取り戻された暁には、『均衡の女神』である私の力を最大限使えるようになります。この世界を安定させる神としての力を得られれば、皆様を元の世界に、いいえ、それどころか、皆様の望む場所まで送り届けることも困難ではなくなります。ですから、安心して……とは、言えませんが、手段がない、ということはございません」
「つまり、結局のところ、帰るためにも魔王封印は必要ってわけか」
「そう……なります」
女神様は、俺達を1人ずつ見た後、一瞬だけ泣きそうな顔をすると
「どうか、英雄の皆様、お願いいたします。この世界を救ってください」
そう言って、深々と頭を下げた。
俺は。
俺は、その姿に、心臓に電流が走るような感覚を覚えていた。
彼女は、力を阻害されていると言いながらも、俺達を元の世界からこの世界に連れてこられるほどに強い力の持ち主だ。
まさに神の力で、俺達をこの世界に連れてきた。
その強引さには驚いた。けれど、この世界の人間ではないというだけの、元の世界ではどこにでもいる冒険者だった俺達に、真剣に頼み込み、頭を下げている。
彼女が女神であり、このアルメスを救いたいと願っているという、その一心で。
俺は、俺の『助ける』という言葉に縋った女神様を助けたいと、改めて強く思った。
冒険者として、それ以上に人間として。
「……分かった。俺は、魔王封印のために戦うよ。女神様に、助けるって約束したからな」
俺が女神様にそう告げると、女神様は弾かれたように頭を上げた。
大きく目を見開かれた目は、湖のようだった。
「私も。助けを求める人、いえ、人だろうと女神様だろうと、それを拒むなんてことはできないわ。私も魔王封印に全力を尽くすと誓う」
俺に続いて、イーリスも力強く頷く。
意思の強そうな目に力が入って、きらきらしている。
「オレは……まぁ、ジークとイーリスみたいな立派な冒険者じゃあないが、乗りかかった舟だ、最後まで乗ってやるさ。というわけで、オレも参加。ま、死なない程度に頑張るよ」
マキアは、何ともだらけた感じの返事だが、それでも最後まで付き合うと言ってくれた。
まぁ、さっきから結構緩い感じのマキアが急にここでキリッとするのも変な気分になるので、むしろ安心する。
「わたくしは、申し訳ありませんが、戦う力はほとんどありません。でも、女神様が助けを呼ぶ声は、悲しく、追い詰められていて、痛々しかった……わたくしは、女神様に笑ってほしいと思いますわ。ですから、わたくしも、自分のできることで魔王封印に貢献いたします」
戦う力はないと言いながらも、ぐっと拳を握るグレイスは頼もしく見える。
実際、グレイスにはグレイスにしかできないことがあるのだ。
「うーん、ボクは魔王封印とか、世界崩壊ってあんまりよく分からないんだけどさ、助けるって言っちゃったのもいつも呼ぶ側のボクが呼ばれるなんて面白いなーっていう、勢いなんだけど、でも……ここにいても、この世界の精霊が元気ないの、分かるよ。サモナーとしてはそういうのほっとけないよね!」
ベルは勢いで来てしまったらしい、と思いきや、サモナーとしての矜持をちゃんと持っていて、女神様の声が届いたのも納得できる。
気が付けば、全員が魔王封印のために戦うことを承諾していた。
女神様はホッとした顔をして
「ありがとうございます……」
と絞り出すような声で言うと、もう一度深々と頭を下げる。
「も、もう、そんなに頭下げなくて良いのよ、顔を上げて、女神様」
「そうそう、次に頭を下げるのは、オレらが魔王とやらを封印したときにしようぜ」
イーリスが女神様を直立に戻そうと背中と肩にそろりと手をかけ、マキアがイーリスに賛同しつつ女神様を労わる。
慰められて、女神様はそろそろと頭を上げた。
「俺達、どこまでやれるか分からない、魔王を封印できる自信だってないけど……でも、精一杯、みんなで頑張るよ。だから、よろしくな、女神様」
俺は、そう言って、頭を下げようとする。
でも、いや、俺がお辞儀をしたら女神様がまた頭下げそうだな、と思い直して、失礼かもしれないと思いつつ、右手を差し出した。
女神様はきょとんとした後、そっと俺の手を握り返してくる。
「よろしくお願いいたします」
と、俺、そしてみんなを順番に見ながら言う女神様は、笑顔になっていて。
その笑顔を見られただけで、少なくとも、助けると言って良かったな、と思えたのだった。
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