「邂逅」Ⅱ



 ぱちん、と急に世界に色が戻った。

 比喩じゃなくて本当の意味で。



 そして、コボルトに渾身の一撃を叩き込もうと踏み込んだままだった俺は、コボルトではなく、腰まで届くほど長いピンク色の髪の女性に向かって、斬りかかっていた。



「うわああああああああ!?」



 俺の斬撃の速さと、呆然と俺を見ている彼女の反応を比べたら、彼女が身を躱せるとは思えない。



 ピンク色の髪の彼女は俺の剣を見て顔を引きつらせている。

 駄目だ、このまま真っ直ぐいったら殺してしまう、せめて斜めに振り下ろして彼女に致命傷を与えないように―――!



「ほらよっ」



 全く緊張感を感じさせない男の声が耳元で聞こえた。と思った次の瞬間、俺の剣に下から押し上げる力が掛かる。

 槍だった。絶妙な速さとコントロールで俺の剣と彼女の間に槍が割って入る。

 全力で剣を振り下ろしていた腕は、槍によって生み出された上に戻ろうとする力を咄嗟に受け流せなかった。そのせいで、剣から手が離れてしまう。



 助かったという思いと、簡単に剣を手放してしまうなんてウォリアーとして一生の不覚という悔しさを同時に感じつつ、俺は弾かれた剣の行方を目で追う。

 俺の剣は、この建物の柱の上の方にあるランプと、石製の柱の飾りを勢いよく貫いた。



「あ……っ!」


 

 ランプと飾りが、俺の剣で貫かれ、砕け、壊れて落ちてくる。

 女性はただ座っているのではなく腰を抜かしているのだろうか、ランプと飾りが落ちてくるのにその場から動かない。

 魔法で対処しようとしているのか杖を振り上げている。

 だが、魔法と落下速度、どちらが早いか俺には分からない。



 と、頭で考える前に体が動き出していた。

 剣を振り下ろして体力を使い切ったと思っていたけれど、本当に搾りかすのような体力を振り絞って彼女に腕を伸ばす。



 俺は間一髪、ランプが彼女に当たる前に彼女の腕を引くことに成功した。

 そのまま抱きかかえて……なんてできるほどの体力は流石に残ってはいなかったので、腕を引いて抱き締めるようにして、床に転がる。



「……いだっ!」



 俺は尻を強か打ち、勢い余って後頭部まで打ったが、女性を下敷きにすることは免れ、というか俺が彼女の下敷きになる形で、彼女を守ることができた。

 彼女は慌てて起き上がると、俺に向かって手を伸ばした。

 俺も彼女の手を取って起き上がる。



「も、申し訳ありません、お怪我はございませんか?」

「いや、尻と頭をちょっと打っただけだよ、俺は大丈夫だ……そっちは怪我はないか?」

「わたくしも、貴方が庇ってくださったおかげで大丈夫ですわ。助けてくださってありがとうございました」

「そもそも俺の剣のせいだから、礼なんて……怖い思いさせてごめん」



 彼女の、ピンク色の艶やかな髪が、頭を下げる度にキラッて感じに光を弾く。

場違いなんだけど、きれいだな、と一瞬思ってしまった。



 お互いぺこぺこと頭を下げ合っていると、



「おぉい、俺がそいつの剣を止めたんだから、俺の槍の腕も褒めてくれよなぁ」



 さっきの、緊張感を感じさせない声がゆっくりと近づいてきた。

 つばの広い帽子に赤い鳥の羽根を飾った、白、か、銀色にも見える髪の、背の高い男だ。

 細い目は笑みの形に弧を描いているが、その視線には隙が無い。

 雰囲気も何となく緩そうだが、たとえば俺がここで敵意をむき出しにして飛び掛かったらサッと避けてしまいそうな身のこなしをしている。



「あぁ、先ほどはありがとうございました、本当に、目の前に剣が見えたときには、死ぬかと思いましたわ……」



 ピンク色の髪の彼女は、槍を持った男の方を向いてぺこりと頭を下げた。

 男はいえいえと帽子を軽く上げて返事をする。



 ようやく人心地ついて、俺は自分の周りを確認した。



 今更気付いたんだけど、ここは、建物の中らしい。

 白い壁に少し金色がかった色の柱。柱にはランプと、上の方に、よく分からないが動物か何かのオブジェがくっついている。

 天井も白く、床も白いが、床全体に何かの紋様が描かれている。



 ついでに言うと、広い。ものすごく。一体何人が入れるんだろうと想像もつかないし、かけっことか、運動場として使えそうだと思う。

 壁はカーブを描いており、円形の建物であった。



 俺が建物について観察していると、槍を持った男が



「ここにいるのはオレら5人か……」



 と呟いた。

 彼は俺と真逆の方向を見ており、俺も彼の見ている方に視線を向ける。



 位置的にはかなり遠いけれど、赤い髪の女性が大の字で寝ている女性……年齢的には女の子だろうか、を一生懸命起こそうとしているのが見えた。



 大の字で寝ていた彼女は突然「ごはん」と叫ぶとむっくりと起き上がり、



「あれ、ここどこ?」



 とふにゃふにゃとした声で言った。

 角の生えたフード付きのローブを着た、まだ少女にも見える彼女は、多分、俺達の中でも一番若いだろう。

 ぱっちりとした目が印象的だ。



 俺達は、何となくその子の近くに寄ると、自分達の置かれた状況について話し始める。



「お前達も、別の場所からここに飛ばされてきたのか?」



 俺がそう切り出すと、まず燃えるような赤い髪に切れ長の瞳の、きりっとした顔立ちの女性が頷いた。

 彼女が少し動いた、その動きだけで、俺には、その赤い髪の女性が長い間厳しい鍛錬を続けた戦士であることが分かった。



「えぇ、そうよ。私はアヴァベルという塔にいて、良いクエストがないか探していたところだった」

「俺もアヴァベルから来たんだ! 俺はコボルトと戦っていて、そうしたら知らない女の人の声が頭の中に響いてきて……」



 同じ世界から来た者同士だった、という安堵で、俺の口が軽くなる。

 彼女もそうだったらしく、どこか嬉しそうに俺を見た。



「彼女、『世界の均衡を保つ女神』と名乗っていたわね。貴方も、みんなも、あの声に応えたの?」



 問われて、フードの女の子がかくかくと頭を縦に振った。



「そうそう! そしたらいきなり、視界がぐらぐら~って!」



 元気いっぱいに言いながら、彼女は本当に身体を揺らして見せた。

 槍を持った男が後を引き継ぐように軽く肩を竦めて



「んで、次の瞬間に意識が遠のいて、目が覚めたらここにいたってわけだ。いやあ、まいったねぇ」



 とあんまり参っていない感じに笑う。

 さらに輪をかけて困っていない感じなのが、さっき助けたピンク色の髪の女性。



「不思議なこともあるものですね。うふふ。なんだか、わくわくしてきました」



 見た目の印象だけでなく、言うこともおっとりとしていた。

 何となく突っ込みそうだな、と思った俺の予想は当たり、



「わくわくしてる場合じゃないでしょう、危険な状況かもしれないのに……」



 とたしなめたのは赤い髪の戦士だった。



 一通り、互いの状況の擦り合わせが終わる。

 その次に、俺達は自分がどこにいるのか少しでも手掛かりはないかと、床や辺りを見る。

 が、床に描かれている紋様みたいなのを見ても、全く意味が分からない。

 どうしようか、と思っていると、ふと、女神様の言葉を思い出した。



「そういえば、あの女神様、俺を『異世界の冒険者』とか呼んだんだけど……」



 俺の言葉に、全員がちょっと何かを思い出そうと宙を見た。



「あぁ、オレもそんなこと言われたなぁ」



 槍の男が帽子のつばを触りながら頷く。



「私達が『異世界の冒険者』ってことは、私達にとっては、ここ、異世界ってことなのかしらね?」



 そう、俺もまさにそこが気になっていた。アヴァベルではない場所、どころか、違う世界に来てしまったのかもしれない、と。



「そういえば、先ほど目が覚めたときに柱に何か刻んであるのが見えて、文字だろうと思い読もうとしたのですが全く分かりませんでしたわ。建物の特徴は、神殿に似ているのですが」



 ピンク色の髪の女性がそう言い出して、本格的に、ここが異世界である説が濃厚になってきた。

 ……あれ、何かもっと大切なことを忘れている気がする。



 俺が何を忘れているのか考えていると、女戦士が軽く手を打ち鳴らした。



「とにかく、ここにずっといても仕方ないわね。少しでも情報を得るために出口を探しましょう」



 その呼びかけには全面的に賛成だった。



「そうだな。外に出ればここが本当に異世界なのか分かるだろう」



 出口を探しに行くことに意識が向いていた俺達の間に



「あのぉ、その前に、皆さんの名前をお伺いしてもよろしいでしょうか? 外に出るために協力し合わなくてはならないのに、お名前が分からないと不便ですわ」



 ピンク髪の彼女が小さく手を挙げて入ってくる。

 確かに、ずっとピンク髪の彼女、とか、槍を持った男なんて失礼だな。



「じゃあボクから! ボクはベル、サモナーだよ! 気軽にベルちゃんって呼んでね☆」



 きゃは、と明るくVサインをするサモナー、ベルも、さっきの槍術の人とは別方向で緊迫感がない。

 いや、この訳の分からない状況で明るく振る舞えるのだから、肝が据わっていると言うべきか。



「では次はわたくしが。わたくしはグレイスと申します。アコライトですわ。攻撃魔法はあまり使えませんが、怪我のときにはお役に立てると思います」



 ぺこり、とグレイスが軽く頭を下げる。

 アコライトとは、防御や回復魔法を得意とする、支援特化の職業だ。

 見た目からは全然強そうに見えないし、本人もそう言ってるけれど、治癒魔法が使える人は貴重だ。

 だから色々なパーティから引っ張りだこだったのではないだろうか。



「んじゃ、今度はオレな。オレはマキア。ワンダラーで通してる。槍の腕にはちょっと自信あるぜ。よろしく」



 ワンダラーというのは確か、自分が前衛に立って戦闘するのも後方支援も得意というタイプの冒険者が名乗るものだ。

 さっきの槍術はちょっとどころではなく見事だった。俺の剣を弾き飛ばす奴なんて、ここしばらくいなかったのに。



「私はイーリス。クルセイダーよ。盾を持ってても速さには自信があるわ」



 片手に剣、片手に小型の盾を装備したイーリスは、にっこりと笑って盾を見せてくる。

 盾の見た目は綺麗だがあちこちに傷があり、激しい戦闘にも慣れているのが分かった。



「俺が最後か……。俺はジーク。見ての通り、ウォリアーだ。えーと、さっきグレイスを攻撃しかけて、柱を壊したけど、それは俺の意思じゃなくて、ここに来る直前にコボルトと戦ってて剣を振り下ろそうとしたまま連れてこられたからで、グレイスを狙ったわけじゃないんだ。本当にごめん」



 自己紹介ついでにもう一度グレイスに頭を下げると、



「うふふ、それは先ほど謝っていただきましたし、わたくしも似たような状況でしたから理解できますわ。もうお気になさらず」



 とグレイスは笑って許してくれた。



 コボルトと言えば、と、俺はそっと胸に服の上から手を当てる。

 だが、コボルトに強打された胸部の痛みはなく、本当に治っているようだった。



「さて、自己紹介も終わったし、出口を探さないとな!」



 俺達のいる空間は、天井、壁、床全てが同じ白い石でできた建物の中だ。

 床には文字だか文様のような物が描かれていて、壁の柱にはランプと謎の飾りがある。だが、机や椅子もない、ただものすごく広いということだけが特徴の空間に、一体何の用途で建てられた物なのかと疑問が起こる。



 だが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。



「見たところ分かりやすい出口はないな……」

「隠し扉、とかあったりしてな?」



 マキアの冗談めいた返事に、イーリスが生真面目に



「全員で壁を叩きまくってみる? 扉は叩いたときの音が壁と違うじゃない?」



 と提案してくる。



「えぇー、めんどくさいなぁー」



 ベルが難色を示すが、すぐにグレイスに宥められていた。



「まぁまぁ、何でも試してみましょう」



 とりあえず壁叩きか、と全員で散ろうとした、そのとき。

 俺の耳に、ぴし、と氷でも割るような音が届いた。

 さっきの俺の剣技で柱だけじゃなく建物全体が壊れそうになっているのか、と思って辺りを見回してみるけれど、天井、壁、床は大丈夫そうだ。

 けれど、その間にもぴしぴしと音がして、気が付けば全員が原因を探そうときょろきょろしていた。



「何だ、この音、どこからしてるんだ……?」



 俺の戸惑いに応えたのは、ベルの



「あっ、あれ!」



 という声だった。

ベルが天井の方を指差している。

 俺達がその方向を見ると、天井が、いや、天井近くの空間が、ぴしぴしと、茹で卵の殻でも剥くかのように剥がれていって。

 やがて、黒い大きな穴が空いた。



 その穴から、ぬぅ、とごつごつとした鱗に覆われた頭、長い首、穴のふちを掴む鋭い三本爪の手。

 ずるずると穴から『それ』はこちら側に迫ってくる。



 巨大な体は穴を広げながら無理やり押し通り、ずず、ずず、と地響きのような音を立てながら、こちら側に降りてきた。

 ぶる、と身を震わせるように、六枚の羽根を広げた『それ』は、俺達の世界にいる、あるドラゴンによく似ていた。



「アウンガヘル……!」



 そう声を上げたのは誰だったか。

 俺達は一斉にアウンガヘルから距離を取った。

 アウンガヘルは、その長い首をゆるうりと振った。何だか、俺達を値踏みしているように見える。

 そして、牙だらけの口を開くと、低く響く声で話し始めた。




「ほう、女神が異世界から何か呼び出したと思って様子を見に来たが、こんな小童どもだったか」

「喋れるの……!?」

「喋ることの何がおかしい。無知な小童め」



 俺達の世界のアウンガヘルは喋ることはなかったし俺達の言葉を理解もしなかったんだから、俺達から見たらおかしい。

 だけど、こいつはイーリスの言葉に反応して普通に言葉を返してきた。



「さて……何人が生き残るか」



 アウンガヘルはそう言うと、軽く首を反らす。それが、炎を吐き出す前兆だと俺達の世界の知識で気付いて、全員が咄嗟に散り散りに駆け出した。

 一瞬後、背中がじわりと熱くなる。



 しかし炎の直撃を避けられた俺達は、誰が言い出すでもなく、このアウンガヘルと戦わないと命がないことを理解していた。

 だって、逃げ出したくても出口はアウンガヘルが入って来た天井近くの、どこに通じているかも分からない穴しかないのだ。



「逃げられないんだから、戦うしかないな……!」



 俺は剣を構えると、今度はアウンガヘルに向かっていった。

 アウンガヘルとは以前に戦ったことがある。炎を吐き出すタイミングはよく見ていれば避けられるし、爪やしっぽの攻撃も当たればしばらくは起き上がれないほどの大ダメージを受けるけど動きが大きいからガードなり避けるなりできるはず。



 そう思って剣を思いっきり振った、が。

 アウンガヘルはその巨体に見合わないスピードで俺の剣を避ける。そして、振りかぶるといった予備動作無しに俺を巨大な尾で弾き飛ばした。



 手も足も出ないのは俺だけじゃなかった。

 イーリスは自分で言っていたように俺以上のスピードでアウンガヘルに迫ったが、羽根の風圧、足踏み、頭を反らさず吐き出された炎の攻撃に、盾の防御も虚しく間合いを空けることを余儀なくされる。



 マキアは速さはイーリスほどじゃない。けれど冷静にアウンガヘルの攻撃を避け、槍の間合いに見事に入り込んだ。

 しかし、槍をアウンガヘルに突き立てようとして、



「かってぇなオイ!?」



と驚いた声を上げて撤退。



 グレイスは自分で攻撃魔法が得意ではないと言っていた通り、軽いダメージを受けたイーリスに回復魔法をかけるしかできない。

 ベルはさっきからエレメント、つまり精霊を何度も召喚しているが、アウンガヘルよりだいぶ小さいエレメントは呆気なく吹き飛ばされている。



 もう一度、と俺は駆け出すが、ほぼ同時に駆け出していたイーリスと接触事故を起こしかけた。



「わっ、ちょっと、周り見て動いてっ、私の腕が斬れたらどうするの!?」

「わ、悪い!」



 味方同士でごちゃごちゃしていてはアウンガヘルに肉薄することすらできず、俺は謝りながら、イーリスは少し怒りながらただ前進しただけでまた下がる。



 と、またアウンガヘルの頭が大きく反らされた。

 普通ならこのタイミングが攻撃の機会だ。だが、俺達は炎が吐き出されるよりも早く攻撃するには間合いを取りすぎている。

 あるいはアウンガヘルもそれに気づいて、このタイミングでの火炎攻撃なのか。

 俺達の間合いには入れないが、アウンガヘルの火炎攻撃は十分射程内だ。



「皆様、伏せてくださいまし! ……シャインレーザー!」



 グレイスの柔らかな声が聞こえて、咄嗟に体が動く。

 伏せた体の上を光の線が走っていった。

 それはアウンガヘルの顔に当たる。

 大きなダメージは入らなかったようだが、グレイスのシャインレーザーに目が眩んでアウンガヘルの火炎攻撃はまったくでたらめな方向に飛んで行った。

 


「こっちだ! 全員集合!」

 

 マキアに呼ばれ、全員が一か所に集まる。

 まだアウンガヘルは照明弾で目が眩んだままなのだろう、頭を何度も振っている。

 対策を講じられるとしたら今しかなかった。

 マキアがすっと息を吸って


「手短に言うぞ。お互い色んな事情があるだろうしここはどこだとか色々気になるだろうが、それは命あっての話だ。っつうわけで、臨時パーティといかないか」



 と早口で言い出す。

 


 俺も含めた残り4人の、頭を縦に振る動きが揃った。



 自己紹介をしておいて良かった。

 俺達は互いの得物を見て、名乗ったときに一緒に自己申告した職業やさっきの動きから、自然と陣形を作っていた。

 俺とイーリスが一番前、マキアが俺の斜め後ろ、グレイスとベルが少し離れて後ろに並ぶ。

 隣りに並んだイーリスが、俺を見て頷く。合図を、と促されたと気づいて、俺は剣を構えた。



「行くぞ!」



 俺の合図で俺とイーリスが飛び出す。後ろを付かず離れずマキアがついてくる気配がする。

 アウンガヘルは俺達に羽根の風圧で攻撃をしようとする。

 それよりも早く、水の弾が左側の三枚の羽根にぶつかり、丸い核に四枚の羽根が付いた風車のようなエレメントが右側の三枚の羽根に突進していった。



「あんまり攻撃魔法は使えないんじゃないのー?」

「これは本来は飲み水を出す魔法で攻撃魔法ではありませんわ、噴射させるのが精一杯です!」



 ベルの少し呑気な声と、水の勢いを保つために意識を集中して余裕のないグレイスの声が聞こえた。

 二人のフォローで隙ができ、俺とイーリスはそれぞれアウンガヘルに斬りかかる。

 しかし、さしてダメージを与えられたように見えない。


 二撃目を狙うけれど、アウンガヘルもいつまでも隙は見せてくれない。

 逆に短いが爪の鋭い腕が迫ってくる。



「まずい……っ、爪が当たる……!」



 逃げるか、いや俺の横にいるイーリスにぶつかるかイーリスが爪を受けてしまう、ここは俺が受け止めるしか―――!



「お兄さんと交代しようぜ、ジーク」



 爪を剣で受ける決意をした俺の脇腹すれすれを槍が通っていった。

 相変わらず声は緊張感に欠けるが、俺が自分の身をもって味わった正確な槍はきっちり爪の軌道を変えさせる。

 その隙に、俺とイーリスはアウンガヘルの間合いから外れる。



 マキアは何度かアウンガヘルに槍を突き立てて注意を引いていたが、俺達が剣を構え直すのに充分な時間を稼いだと見てさっと引いていく。

 それと入れ替わるようにアウンガヘルに突撃する俺とイーリス、俺達を守るように現れるエレメントや防壁魔法。

 少しでもダメージがあると、温かい光と共に痛みが消える。



 これが、本当のパーティってやつなのだろうか、と一瞬、そんな考えが浮かぶ。

 


 重いダメージを与えられている感じはしないが、それでも俺は焦っていなかった。

 即席のパーティだけど、思った以上に連携が取れている。

 これならいつか決定的な隙ができると確信していた。



 その瞬間は、思ったよりも早く訪れた。



「ベルちゃんのー、最強エレメント、くらぇぇえー!」



 何とも力の抜ける声が後ろから聞こえたと思うと、アウンガヘルの足元からずばっとエレメントが飛び出してくる。

 流石にそこから出てくるとは予想外だったのだろう、アウンガヘルの動きが一瞬遅れた。

 ベルの召喚したエレメントは風を受けているかのようにくるくると回りながらアウンガヘルの腕に飛び掛かった。

 咄嗟にそれを避けようとしたアウンガヘルの身体が斜めに傾き、隙ができた。

 


 俺とイーリスはさっと目配せした。

 それだけでやるべきことが通じ合ったのが分かった。



 イーリスが全速力で飛び出す。

 ベルの召喚したエレメントを食い千切るようにして消滅させたアウンガヘルは、自分に飛び掛かってくるイーリスを迎撃しようと火炎攻撃を放つモーションに入る。

 しかし。



「ふふん、かかったわね」



 にやっと笑ったイーリスが、アウンガヘルの火炎攻撃の発動直前にキュルッと靴を鳴らして急停止した。

 そして、バランスを崩すことなく、素早く向きを180度変えて急撤退する。

 停止から撤退まで流れるような動きで、まるで紐で引っ張られているかのようにアウンガヘルから離れていく。



 イーリスがいた場所を高温の炎が舐めていったが、その頃には彼女は安全圏に移動していた。



 そして、俺は、イーリスの動きに隠れてアウンガヘルの足の後ろ、完全な死角に入り込んでいた。

 アウンガヘルがそれに気づいたときには、とっくに準備完了。



「……なに? もう1匹の小童はどこに……」

「ここだ!」



 随分久しぶりにアウンガヘルの声を聴いた気がする、と思いながら、俺は剣を構える。



「レイダーファーング!」



 必殺の剣技をアウンガヘルの足の付け根を狙って放った。

 渾身の速さで剣を上下に振るい、強力な斬撃を生み出す。



 俺の剣は、今度こそアウンガヘルの鱗を貫き、肉に食い込んだ。



「ぐぅ……っ!」



 アウンガヘルは、苦痛を声に乗せ、足を震わせている。

 何度か頭を振って俺達を見た後、



「なるほど……異世界の英雄の力、少々侮っていたようだ。面白い」



 と言った。



 アウンガヘルは、軽く頭を反らし、火炎を吐く体勢を取ったので、俺達は大慌てで距離を取った。

 だが、アウンガヘルは自分の足元に火炎を吐き出す。

 燃え上がる炎はアウンガヘルの巨体を覆い、まさか自滅、と思ったが。

 炎の奥に、俺は別の光を見た。それは、アウンガヘルの眼光だった。



「貴様達の顔、しかと覚えたぞ。この借りは死んだ方がマシだと思うほどの礼として返してやろう」



 まるで炎が喋っているかのように、声が響いた。

 く、く、く、と笑い声が聞こえ、炎が飛び散るように消えた後には、少し床が焦げたような痕跡以外何も残っていなかった。

 アウンガヘルの姿が完全に消えてからも、俺達はしばらくそれぞれの得物を構えたままだったが、次の何かが起きる気配はない。



「……勝った、のか」



 俺がそう言うと、



「勝ったのかしら……?」



 とイーリスが信じられないという声で確認する。

 うーん、とマキアが鼻を掻く。



「勝ったって言えんのかねぇ、あれ。目溢しされたって感じだったけどなぁ」



 俺にもそう見えた、んだけど。



「生き延びたんだから勝ちだよー!」



 確かにベルの考え方も一理ある。

 その後も第二撃が来ることはなく、俺達は危機を脱したと気を緩めた。

 へにゃ、と腰が抜ける。

 それは俺だけじゃなくて、全員が。



「安心したら力が抜けた……」



 色々と考えなくてはいけないことはあるが、少し休憩するくらい良いだろう。

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