レオノーラAM105

それは、彼女と同じメイトギアであった。機種名は確かレオノーラAM105。際立った性能は持たないが、その愛くるしい外見と見る者を和ませる柔らかい仕草で根強い人気を誇っていたメイトギアである。要人警護仕様のような戦闘力を付与されたモデルがない、純粋な民生用だった。


「まあまあ、いらっしゃいませ。久しぶりのお客様ですね。どうぞおあがりください」


そう微笑みながら自分を迎え入れる様子に、彼女はすぐに理解した。


『こいつ、壊れてやがる…』


そう、このレオノーラAM105は<壊れて>いた。リヴィアターネに起こっていたことは、当然ながらニュースとしてあらゆるメディアが発信し、それが故にパニックも生じていたのだ。にも拘らずそれを知らないなどあり得ない。ネットワークを通じ、自動的にニュースは受信されるのだから。


それが、あの事件が起こる前からそうだったのか、それとも起こってからそうなったのかは分からない。だがこのレオノーラAM105は決して帰ることのない主人を待ち続け、この屋敷を守り続けているのである。


「あら、そろそろお茶の時間、ご主人様がお帰りになるかもしれないから、ちょっと用意しますね」


明るく穏やかな笑顔で立ち上がり、レオノーラAM105はポットで湯を沸かし始めた。水は地下水を汲み上げているらしく、電気はアミダ・リアクターによる自家発電だった。


「ご主人様ったら『ちょっと出かけてくる』って言ったきり戻らないんですよ。でもそれはいつものことですし、待ってたら帰ってきてくれますから。だからご主人様がいつ帰ってきてもいいように、私はちゃんと用意してるんです」


嬉しそうにそう語るレオノーラAM105の背後で、エレクシアYM10がハンドガンを構えていた。帰ることのない主人を待ち続けるこの哀れな<壊れたロボット>に安らぎを与えるために……




それからしばらくして、あの屋敷の窓には、やはり主人の帰りを待ち続けるレオノーラAM105の姿があった。エレクシアYM10は、結局、引き金を引かなかったのだ。


別にこのロボットを放置したところで自分の任務には何の支障もない。それに、物理メンテナンスも受けられない今の状態では、早ければ数年、遅くとも数十年で機能障害を起こして勝手に停止するだろう。わざわざ自分が手を下すまでもない。


彼女は、そう判断したのであった。


やはり、彼女は変わっていた。ここに来たばかりの頃の彼女なら、弾丸をさっさと消費してしまおうと、薬莢の中の弾丸をすべて打ち尽くし、レオノーラAM105を目茶目茶に破壊していたものと思われる。だが、かつての殺し屋としての彼女の姿はもうどこにもなかった。


ただ淡々と、自らの任務を果たす純然たるロボットしての彼女がそこにいたのだった。


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