ヴァチカン
翌日はシラクサで観光三昧。コトリ部長とシノブ部長は、
「お土産」
「ワイン」
「イタ飯」
で大騒ぎ状態です。夕方になりホテルに帰ってみると、ミサキたちを待っていた人物がいます。会ってみると教皇庁の職員だと名乗り、
「無理を言って申し訳ありませんが、ローマまで同行してくれませんか」
コトリ部長は、
「もうローマは訪問しましたから困ります」
そうすると、
「これは教皇からの非公式ですが要請です」
「教皇といわれましても、わたしたちは仏教徒であって関係ありません」
そこからかなりの押し問答があり、コトリ部長は仕方なく折れる形でローマ行を同意しました。
「コトリ部長、どうしてあれだけ渋られたのですか」
「だって、せっかくのローマだから、旅の思い出に最高級ホテルがイイじゃないの」
おい、それだけかよと思いましたが、翌朝には教皇庁が調達したタクシーが迎えに来てカターニア・フォンターナロッサ空港に向かい、そこからローマのフィウミチーノ空港に一時間二十分ほどのフライトです。さすがにローマ行の便は豊富にありました。そこからは教皇庁の差し回しのクルマが迎えに来ていて案内されたのが、ザ・セント・レジス・ローマ。着いてビックリした、ビックリした。腰が抜けそうなぐらい超豪華なホテルです。
夕食は個室に案内され現れた人物は司教枢機卿。枢機卿の中でも最上位に位置し、次期教皇は枢機卿の中でも司教枢機卿から選ばれることが多いそうです。いわば、次期教皇候補みたいな人物です。
「サルバトール・ヴェンツェンチオーニです」
こう名乗られたのでイタリア人のようです。司教枢機卿はまずマンチーニ枢機卿について語られました。ヴァチカンはマンチーニ枢機卿が怪しげな教会をシチリアに作ろうとしている情報を知り、マンチーニ枢機卿の下にスパイを送り込んでいたようです。
スパイといっても積極的な諜報活動をしてた訳じゃなく、マンチーニ枢機卿の随員として付いて回っていただけのようですが、あの現場にも当然いたことになります。ミサキたちが立ち去った後もマンチーニ枢機卿は茫然自失状態のままだったようで、その間に教会内部がチェックされたようです。
「あのようなおぞましいものが、選りによって枢機卿の手によって作られたのは悲しむべき事実だ」
マンチーニ枢機卿は現在ヴァチカンの教皇庁の中に厳重に監視されて軟禁中だそうです。
「あのような事態に巻き込んでしまったことを、教皇庁を代表して謝罪したい」
そこで聞かれたのはマンチーニ枢機卿が神戸でもあのような行為をしていたかです。コトリ部長は神戸の天使の教会について語りました。
「やはりそうか」
ここからは司教枢機卿からのお願いと言う形で、マンチーニ枢機卿は教皇庁内部で厳重に処分するから、黒魔術の教会の存在については秘密にして欲しいとされました。コトリ部長は、
「私もこれ以上の厄介ごとに巻き込まれるのはゴメンですから、決して口外しないことをお約束します」
司教枢機卿の顔にホッとした表情が浮かびました。教皇庁の対応はコトリ部長の予想通りのものになっています。
「ところで、良ければ聞かせてもらいたいことがある」
「これ以上なにをお尋ねですか、ヴェンツェンチオーニ枢機卿」
「貴女は何者なのですか」
「日本のクレイエールという会社の社員ですが」
「それは存じておるが、あの現場を見たものは、信じられないものを見たと言っておる」
「ヴェンツェンチオーニ枢機卿はそれをお信じになられるのですか」
ヴェンツェンチオーニ枢機卿は少し考えて、
「やはり何があったか知りたいのだ。マンチーニはヴァチカンに軟禁されてからも半狂乱状態で、ひたすらルチアの天使に怖れ慄いておる」
「それは自ら行った黒魔術のためでは」
「いや、悪魔とルチアの天使は断じて別だ」
「では、ルチアの天使が悪魔を追い払ったのではないでしょうか」
ここでヴェンツェンチオーニ枢機卿は少しためらいを見せた後に思い切るように。
「貴女はルチアの天使なのか。あの魔法陣を駆使した黒魔術を、そうは簡単に破れるとは思えないのだ」
「私はクリスチャンではありません。仏教徒です。ルチアの天使などと申されてもなんのことやらです」
「では仏教の生仏なのか」
「いやですわ、ヴェンツェンチオーニ枢機卿。カソリックが主以外の神なり仏をお認めになられたら問題かと存じます」
やりこめられた形になったヴェンツェンチオーニ枢機卿でしたが、
「この場だけの話にしてもらいたいが、カソリックでは主以外の神は認めていないが、天使や聖人の存在は認め、その信仰も許されておる。カソリックはあくまでも一神教だが、多神教的要素も含んでおるのだ。聖書にも天使の存在は明記されており、有名なところではヨハネの黙示録にもある」
「かくて天に戦争おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戦ひしが、ですね」
「そうだ、天使は存在する。ガラバンダルの聖母の話は知っているかね」
「はい、一九六一年のことですね」
「コンチータ・ゴンザレスは非公式だが教皇パウロ六世に面会し教皇から、
『コンチータ、私はあなたを祝福します。また、私と共に、全教会があなたを祝福します』
こういう祝福を受けておる」
「ヴェンツェンチオーニ枢機卿。でもそれは天使と聖母マリアが降臨されたお話で、肉体を持ち、日常生活を送る天使などお認めになられるのですか」
じっと考え込むヴェンツェンチオーニ枢機卿でしたが、
「会うまでは信じられなかった。マンチーニの精神の錯乱状態からの幻覚に過ぎないと思っていた。でも、私には、はっきりと二人の天使が見える」
「そんな事をお認めになられて良いのですか」
「仏教では生身の菩薩と言う存在が認められていると聞く。天使もそうであっても良いと私は考えおる。いや、キリスト教、仏教などの枠を超えての超常者が存在し、いわゆる神の能力を発揮するものがいるのではないかとも考えておる」
「異端の発言になりますよ」
「だからこの場だけの話と前置きしておる。もう一度聞く、貴女はルチアの天使なのか」
コトリ部長はいつもの微笑みに凄味が増しています。ふと気がつくとシノブ部長も輝いています。コトリ部長は、
「ヴェンツェンチオーニ枢機卿は天使を見つけてどうするおつもりですか」
「天使は人間の進むべきすべてで、それを守るように神から命じられておるとなっている。貴女が本当の天使であるなら、その恵みを受けたい」
コトリ部長とシノブ部長は席を立ち、
「ヴェンツェンチオーニ枢機卿に恵みがあらんことを」
ヴェンツェンチオーニ枢機卿は椅子から下り、床に跪ずき、
「ありがたき幸せ」
ヴェンツェンチオーニ枢機卿は再び席に戻り、
「ところでだ、今回の貴女方の功績は大きい。こういう事情であるから表立ってなにもしてあげられることはないが、何か出来ることがあるのなら言って欲しい」
「それでは一つだけ。マンチーニ枢機卿はエレギオンを脅迫した際に。エレギオンの商標権を奪っております。これが戻される際に、クレイエールにも使用できるように御配慮頂きたく存じます」
「世俗のことに教皇庁は原則的に関与しないが、エレギオンも今回の件では貴女方に感謝しておる。この件は私が責任をもってそうさせる」
「ありがとうございます」
最後にヴェンツェンチオーニ枢機卿は、
「わが生涯で、こんな日が来るとは思わなかった。教皇聖下も面会を望まれておるのだが」
「教皇聖下への謁見は遠慮させて頂きます。それと、ここでの話は口外為されませんように」
「もちろんだ」
そうやってヴェンツェンチオーニ枢機卿は帰っていかれました。
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