三人の神父
シチリアのエレギオン人は五人の女神の公開処刑を見せつけられました。この公開処刑の後、二度とエレギオン人の下に女神が現われることはありませんでした。自分たちが女神を守り切れなかった事を深く後悔しながら暮らすことになります。
歳月は流れ、女神の恵みを失ったエレギオン人にある伝説が生まれます。エレギオン人にはオレイカルコスを作る技術があるが、これは処刑された五人の女神が封じている。この封印を女神の恵みは復活し解けば莫大な富が手に入ると。
さらに歳月が経つとエレギオン人ですら聖ルチアと主女神は完全に同一視されます。もちろん四人の天使も同様で、首座から四座までの女神は第一から第四の天使に置き換えられます。伝説は完全に変形し、オレイカルコスの秘密は聖ルチアのみが知り、その聖ルチアは十一世紀のビザンチン軍の侵入の前に四人の天使によりいずことなく連れ去られたと。
ベネデッティ神父は聖ルチア研究をしている時に、この変形した伝説を知ることになります。オレイカルコスの莫大な富に魅かれたベネデッティ神父はどこかに連れ去られた聖ルチアを見つけ出すことを人生の目的にしたとさます。
ベネデッティ神父についての記録も乏しいところがあるのですが、ベネデッティ神父には神を宿す人が見え、宿した神と会話ができるある種の超能力があったとされます。最初は悪魔の能力と考え修道士になり能力の封印に努めましたが、途中で開き直り、この能力が使える選ばれた人間であると考えるようになったとされます。そして、この能力をさらに伸ばすには黒魔術こそ相応しいと傾倒したとされます。
黒魔術で悪魔の力を借りてわかったのか、単なるベネデッティ神父のあてずっぽうの勘なのかは不明ですが、聖ルチアはシラクサより去ってから人に宿っていると考えただけでなく、その行く先は日本であると考えるようになります。ちょうど修道士会で神戸への宣教師派遣の話が出た時にベネデッティ神父は飛びつくことになります。
布教活動自体は地道に行っていましたが、ついにベネデッティ神父は神を宿す女性を見つけました。ところがこの女性は当時に熱狂的な信仰を集めていた新興宗教の教祖であり、その教祖から感じる神の力は神父も感じたことのないほど強大で、ついにその神と対話することは出来ませんでした。
ベネデッティ神父はあれこれ占った末に、あの女性に宿っているのは聖ルチアを連れ去った四人の天使の一人だと確信し、それであれば神戸の地に残りの三人の天使、さらには聖ルチアがいると考えたのでした。そこで一人でも多くの女性を集めるために、聖ルチア女学院の前身である聖ルチア女学校を創設します。
そんな時に二人目の神を宿した女性が聖ルチア女学校に入学してきます。狂喜したベネデッティ神父は、その女性をルチアの天使として特別扱いし、秘儀と称してその女性に宿る神との会話を試みます。ところが宿った神の記憶は封印されており、これを聞きだすことは難しいことがわかります。どうしても聞き出したいベネデッティ神父は小さな教会を一つ作り上げます。その内部は教会とは名ばかりで、ベネデッティ神父の持つ黒魔術の能力が最大限に発揮できるように作られていました。
床にも天井にも魔方陣がびっしりと刻み込まれ、装飾もまた黒魔術のために最大限の能力を発揮できるようにしたものです。ただ、予算的に金銀で飾り立てるのは無理で、ベネデッティ神父は代用として総真鍮作りとしています。
ベネデッティ神父はそのすべての能力を傾けて記憶の封印を破ろうとしましたが、完全には破る事は出来ませんでした。それでも、いくつかの情報をベネデッティ神父は知ることができました。聖ルチアは四人の天使とともに日本に来ており、神として人に宿っていること。さらに記憶は封印されており、この封印を解くには聖ルチアと第一の天使に会う必要があることです。
ベネデッティ神父が見つけたのは天使であり聖ルチアではないところまで判明したものの、それ以上は無理でした。ベネデッティ神父はオレイカルコスの秘密を守るために見つけた天使の記憶を再封印します。ただこの時にベネデッティ神父は気付きます。記憶の封印を破ると神としての能力もまた現れるだけでなく、その能力の再封印はベネデッティ神父の力では到底及ばないものであることをです。
ベネデッティ神父が感じた神の力はあまりにも強大でした。その力の性質は新興宗教の教祖によく似ており、辛うじて記憶の再封印には成功したものの、人の力では近づくとさえ出来ないものであるのを思い知らされたのでした。もしあの神が完全に目覚め甦ったなら、オレイカルコスの秘密を知るどころか、身の破滅にしかならないことを悟ったのでした。
ベネデッティ神父は聖ルチアの探索を部下にも知られないように行ったつもりでしたが、さすがに教会の内部の秘密までは隠しきれませんでした。このベネデッティ神父の秘密を探り当てたのがリッカルド神父です。リッカルド神父はベネテッティ神父を脅迫して聖ルチアの秘密を白状させ、神を見出す法と、神の記憶の封印を破る法を聞きだします。
リッカルド神父は、いわゆる『やり手』で、神を宿る人を見る能力はなかったものの、これを見つけ出す方法、さらに聞き出す方法を体系化させます。それだけでなく神戸の教会の聖職者全員を一蓮托生の一味に仕立て上げ修道会として組織化します。戦争中の中断はあったものの、戦後になっても再び来日し、聖ルチア探索を続けます。
そしてついに神を宿す女性を見つけます。しかし記憶を破る能力はベネテッティ神父より劣るため、ベネテッティ神父が聞きだしたもの以下しか聞きだせませんでした。さらに記憶の再封印も不十分なものになり、最後の秘儀を行った後のリカッルド神父は間もなくこの世を去ることになります。
カリスマ的支配を行っていたリッカルド神父が急死した後は新たな後継者はなく、聖ルチア教会はヴァチカンから派遣の司祭を神父として迎えます。派遣された神父は黒魔術の教会に驚愕したものの、これをヴァチカンに報告して表沙汰にするのは躊躇われ、忌まわしき場所として封印しました。何代か神父は交代していますが、聖ルチア教会は普通の教会に近づきます。
そんな時に赴任したのがマンチーニ神父です。マンチーニ神父は単純な好奇心から、長い間封印されていた黒魔術の教会に入って見ました。そこで見出したのは、ベネテッティ神父とリッカルド神父が残した聖ルチア研究です。これに異常な興味を示したマンチーニ神父は教会の修復と、残された記録から聖ルチアの秘密の研究に没頭します。
マンチーニ神父はリッカルド神父の急逝後、途絶していた天使のエレクチオを復活させます。残された記録からの手探りの聖ルチア探索でしたが、ついに三人目の神を宿す女性を見つけました。マンチーニ神父はベネデッティ・リッカルド神父の記録と照らし合わせて、この女性が聖ルチアか四人目の天使であると推測しました。
マンチーニ神父も記憶の封印を解こうと試みましたが、結果は中途半端きわまるものになり、ただ神の力の封印のみを解いただけのものになります。なんとか聖ルチア女学院在学中に記憶の封印を解こうとしましたが、二回目も失敗、三回目を行う前に聖ルチア女学院が倒産してしまう末路を迎えます。
マンチーニ神父は廃校が既定路線になった段階で、ベネテッティ神父やリッカルド神父が黒魔術を使っていたことをヴァチカンに告発します。その功績もあったのか、帰国後に最終的に枢機卿まで出世となります。
このマンチーニ枢機卿ですが、聖ルチア研究を始めた早い時期にベネデッティ神父がエレギオンの一族であり、黒魔術の教会を作る時に、その秘密を守るためにエレギオンの一族をわざわざ呼び寄せて、その内装を作らせたことを知ります。枢機卿は結果的に黒魔術への協力を行ったことになるエレギオンの一族を脅迫します。
「そちたちの父や祖父は黒魔術に加担している。これが明るみに出たらどうなるかよく考えなさい」
今の時代に異端審問で殺されたりはないにしろ、黒魔術師が作った商品であることを公表されると商売にならなくなります。マンチーニ神父の脅迫に屈したエレギオンの金銀細工師は、その作品を安価にマンチーニ神父の息のかかった会社に納入し、その会社は王侯貴族、大富豪にに独占的に限定的に売りさばき利益を得ることになります。ここは、エレギオンの作品が欲しければ、マンチーニ神父を通さないと手に入らない状態にしたともいえます。
それだけの利益で満足していれば良かったのですが、そして最後に残された聖ルチアが封印しているオレイカルコスを手に入れるために、日本からコトリ部長を呼び寄せあの事態に追い込まれてしまったぐらいでしょうか。ここまで聞いた時に思い出したことが、
「コトリ部長、オリハルコンの正体を知ってたのですか」
「そんなもの見ればわかるじゃない。カエサルの時代には貴重だったかもしれないけど、今じゃどこにでもある真鍮よ。ベネデッティ神父も、リッカルド神父も、マンチーニ枢機卿も追い求めつづけたのが真鍮だって知ったらガックリするだろうな」
「じゃあ、コトリ部長が身に付けられていたアクセサリーも、もしかしたら」
「そうよ、ぜ~んぶ真鍮製。オリハルコンで作られてるって言えば有難味があるかもしれないけど、ベネデッティ神父も予算なかったんだろうねぇ。かなり無理して天使の教会作ったから、おカネの面でリッカルド神父に頭が上がらなかったそうよ」
もう一つ聞きたいことが、
「どうしてヴァチカンに通報して枢機卿のトドメを刺されなかったのですか」
「ヴァチカンに訴え出るってかなりメンドクサイのよ。コトリはクリスチャンでもないしね。ああいうところってスーパー保守的だから、枢機卿の行為を明るみに出すより、もみ消そうとするし、下手すりゃコトリたちも巻き込まれてウンザリさせられるのよ」
「それはそうですが」
「ただね、枢機卿はやり過ぎてるの。日本ならともかく、シチリアであの教会作っちゃったでしょ。エレギオンだってチャンスと思ったのよ」
「どういうことですか?」
「もうすぐ、わかるわ。次はローマに御招待かな」
コトリ部長は何かを知り、何かを待っているようでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます