第33話 ダークマターが出てきたぞ

 史晴が伶人と清野の論文の解読に取り組んでいる間に、美織にはやることがあった。

「こういう防護服って、想像しているより暑いですね」

「そうだな。よりによって真夏だし」

 防護服に身を包み、この間見つけた放射性物質の取り出し。それが美織に課せられたやることだった。葉月も付き合ってくれるが、二人揃って初めての防護服にやられていた。しかもよりによって八月。

「暑い」

「致し方ない。やるぞ。早くやれば早く脱げる」

「はいっ」

 もはや体育会系のノリで押し切るしかない。そう腹を括った二人は、もぞもぞと動き難い服を相手にしつつ、頑張って植木の間へと分け入った。ガイガーカウンターを取り出し、放射線量の高いところを見つけ出す。

「ここですね」

「ああ。問題はどのくらい掘らなきゃならないか、か」

 スコップを構えて、葉月はやれやれという顔をしている。が、覚悟を決めるのは早かった。

「おりゃっ」

「先生。似合い過ぎです」

 足で踏んずけてざくっとやる姿が手慣れていて、美織は思わず感心してしまう。

「アホ。感心してないで手伝え。その辺の木が邪魔だ」

「いや、引っこ抜けないですから」

 低木とはいえしっかりした木だ。それをあっさり除けろと言われても困る。

「ちっ。まあいいか」

「いいなら言わないでくださいよ」

 美織は呆れつつ、出てきた物質が何であれ入れられる、耐放射線容器を用意しつつ呆れた。まったく、たまに破天荒を発揮するから困ったものだ。

「おっ」

「出ましたか?」

 五分くらい掘り返したところで手応えがあった。葉月と美織は慎重に出来上がった穴を覗き込み、手で土を除けた。すると、金属製の箱が出てくる。金メッキの施されているらしい小さな箱に、二人は思わず首を傾げた。

「計測」

「はい」

 すぐにガイガーカウンターで計測してみると、高い放射線量を記録する。これで間違いない。

「でも、何でしょう。これ」

「もはやダークマターだと言われても驚かないけどな」

「まさか」

 と笑い飛ばせたら良かったが、今やそれは冗談では済まされない。二人して思わずじっとその箱を見る。

「いざとなったら加速器を導入してやる。それよりも回収だ」

「は、はい」

「が、手袋をしていても直接触れるのは危険かもしれん。あれで挟もう」

「了解です」

 いざという時のために持って来ていた巨大レンチでそれを挟み、慎重に持ち上げた。それを一度地面に置き、用意しておいた容器へと入れる。

「除染しないと駄目ってことですよね」

「そうだな。この辺りだったら野晒しにしておいても問題ないだろうけどな。放置するのも気持ち悪いか」

「野晒しって」

 確かに雨水で流れてくれた方が楽なんだろうけど、そこは物理学者としてちゃんと処理しましょうということになる。というか、野晒しになんかしていたら、すでに報告を受けている庶務課から苦情が来る。

「そうだった。ま、どのみち徳井を巻き込んでいるからな。あいつからも注意される」

「まったく」

 そう言いつつ、協力者がもう一人増えたんだったと美織はほっとしてしまう。というより、放射性物質が出た段階で理論家である葉月や美織の手には負えなくなっていたのだ。ここは実験家の協力なくしては成り立たない。

「ということは、あの陣内さんにもばれてるわけだ」

 聞き取り調査で会った学を思い出し、美織はげっそりとしてしまう。こうやって秘密は秘密でなくなっていくんだろうなと、そんなことまで思ってしまった。





「ほう。本当に出たのか」

「出るに決まってんだろ?」

「へえ。占部がこんな面白いことに巻き込まれていたなんてねえ」

「――」

 放射線を扱える実験室にて。目を輝かせる徳井と学を前に、葉月は当然だと大声で主張し、その様子に美織は呆れるという図が展開されていた。予想通りというか、想定の範囲内というべきか、二人には史晴が奇妙な呪いを掛けられていることまでばれてしまっている。そして、好奇心をくすぐられまくっていた。

「それで恨まれているかどうかって訊いてきたわけか。うん。しかしまあ、放射性物質とは本格的な嫌がらせだな」

「もはや嫌がらせレベルではなく、相手は仕留める気なんですよ」

 ワクワクしている学に、美織は冷静なツッコミを入れておいた。これは史晴の寿命に関わる問題だ。もっと冷静にかつしっかりやって貰わないと困る。

「おっと。そうだった。しかし、この放射性物質は何なのか、だな。マジでダークマターとか宇宙線レベルだとしたら、この部屋でも扱うのは危険だぜ」

 そして、冷静になった学は実験家としてまともな意見を述べた。たしかにそれくらい出るとなると、本当に加速器のあるような場所にお世話にならなければならない。

「まあ、大丈夫だろう。今まで何の影響もなかったし、ここでも、多少危険だなというレベルしか検出してないよ」

 そう言って徳井は、容器に設置されている検出器の数値を読み取って言った。

「これ、先輩だけに反応するんでしょうか?」

「ああ。占部にだけってことね。その可能性はあるなあ。じゃあ、あいつを巻き込んで実験しないと」

「その前に論文の解明が先なんですけど」

「面倒だな。じゃあ、一応は物質の特定か」

 史晴は今、論文から離れないですよという指摘に、学は一気に検証できないなあと残念そうだ。いや、いきなり史晴を立ち会わせて、それこそブラックホールが出現でもしたらどうしてくれる気だ。

「あ、それ、めっちゃ可能性として高そうだよね。科学者としては全面否定したくなるけど」

「で、ですね」

 そんな会話のせいで、四人は思わず容器から距離を取ってしまうのだった。

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