第32話 これってサイエンス・ファンタジー!?
秘密を知って一ヶ月が経った。ようやく見つけたヒントは論文。そして、科学は無縁ではないという事実だ。しかし、まだまだ解決にはほど遠い。
ひょっとして変化してすぐに本物のカワウソになっているのかと、そう疑う素振りがあったので生魚を差し出したら拒否されて、二人でハンバーグを食べたところで、ようやく作戦会議だ。
「論文を検証して、それで先輩の身にも何か起るって可能性はないんですか?」
ティッシュで口の汚れを拭いてあげつつ、美織は確認する。
「すでにカワウソだからな。次に何が起っても驚かないよ。というか、解かなきゃどのみち死ぬんだ。論文がヒントである以上、この数式を読み解き、何が原因となったのか探らなければいけない。椎名、さっきも言ったがな。ここから先はマジで危険だ。止めるならば今だぞ」
「止めません」
大学からの帰り道、史晴は自分に関わるのはここまでにすべきだと、ずっと主張していた。世話しなくていいと何度も言ってきた。しかし、ここまで多くの秘密を知ってしまって、降りるなんて選択が出来るはずがない。
「お前はなあ。死ぬことになるかもしれないんだぞ」
「でも、無理です。気になって研究なんて出来ません」
「――ヤバいって判断した部分は見るんじゃないぞ」
「解ってます」
研究に集中できないというのが効いたのか、溜め息とともに史晴が折れた。が、カワウソ姿なのでキュートでしかない。美織はにこにこと汚れた手も拭いて上げ、カワウソ史晴の前に論文を広げた。
「カワウソ姿じゃペンが持てないのが難点だな」
「そうですね。パソコンに取り込みますか?あっ、関口さんの方はパソコンに元データが残ってます」
「そうだな。じゃあ、こっちの紙ベースはお前が見てくれ。すでにざっとは見ているんだろ?それで何もなかったんだから、見るだけならば問題ないはずだ。清野の論文に関しては、明日、先生にデータを貰おう」
「了解です」
つまり計算過程を追い掛けるとか、式の意味を考えるとかはやっちゃ駄目ということだ。それはそれで不満だが、こんな高度な数学を一発で理解しろと言われても無理なので、ブラックホールの説明についてゆっくり読むことにした。
「かなり独特な数学ですよね」
しかし、気になった部分は質問せずにはいられない。パソコンを器用に前足で操る史晴に確認した。
「そうだな。まるでペンローズの論文を読んでいるかのようだな。いや、大元は彼の理論なんだろうけど」
「ペンローズって、物理学者なのに数学のノーベル賞と言われているフィールズ賞を取った」
「そう。つまりはすんなりとは理解できない。伶人がこれに取り組んだのは純粋な興味として、気になるのは清野だな。俺への当てつけだろうか」
「あ!その可能性は高いと思いますよ。だって、相当に高度な数学を理解していないと、そもそも関口さんの論文を読み解くことさえ出来ないんですもん。研究者としての道は諦めたけれども、このくらいは出来るのよっていう意地だったのかも」
「ったく。そんな無駄な意地を張らずに進学すれば良かったんだ。数学の才能があるからって研究者として成功するわけじゃない」
「で、ですね」
呪われているかもしれないのに、そんなにバッサリ。思わず呆れ返った美織だが、何とも複雑な話になってきた。というより、呪いそのものが複雑なのも、この二人の人物が史晴に抱く感情が複雑だったからではないか。
「ひょっとして」
伶人が論文を読み解いてほしかった相手は史晴だったのではないか。それが史晴に負けたと思った清野が取り組んだことで、さらに話がややこしく。ううん、だから、結局はややこしくしかならないのだ。
二人の感情が史晴に向いているからこそ、いや、史晴に勝ちたい、認めさせたいと思っているからこそ、この複雑な呪いは成立しているはずだ。では、清野は恨んでいるのだろうか。
「まだまだ謎よね」
「ん?」
「いえ」
思わず呟いた独り言に史晴が反応し、何でもないですと慌てる。こうやって一緒にいて、楽しいし面白い人なのに。そんな史晴は、無意識のうちに二人の人生を狂わせてしまった。それが、何だか悲しい。
では、どうして呪いなんてというと、論文にしかヒントがないのだ。真剣に読み始めると、その難しさに目眩がしてくるほどで、でも一見しただけで色物のトンデモ論文だと解る不可思議なものだ。そう、表面的に追い掛けていると、これはあり得ないと思ってしまう内容だった。
しかし、数学の部分をある程度理解しているらしい史晴に言わせるとペンローズのようだという。
ペンローズといえば四次元に関する理論が有名だ。つまりは時空に関する理論で有名。この時空には当然のようにブラックホールが含まれている。そして、ブラックホールを考える上で欠かせないものの一つに「ペンローズ図」と呼ばれるものまである。つまり、ブラックホールを語る上で必要不可欠な人物なのだ。が、その数学は難解かつ高度。素人は絶対に太刀打ちできないし、物理学者だって理解できない人が多い。そんな代物なのだ。
「急に難しくならないでよ。というか、ガチに物理学に関係あるなんて」
ファンタジーがいきなり現実と噛み合ってしまった瞬間だ。いや、SFだってサイエンス・フィクションじゃなく、サイエンス・ファンタジーと言われることもあるし。って、思考が捻れた。
しかし、カワウソ姿のままでも生き生きと論文を読む史晴を見ていると、これが解決の糸口というのは助かったかも。そうも思うのだった。
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