第31話 禁断の証明の論文
「ううん。どう調べても呪いって本質が解らないものなのよね」
夜。カワウソに変化して寝てしまった史晴を横目に、美織はどうしたものかと悩んでいた。というより、ショックを受けた史晴の顔が何度も過って集中できない。
「憧れていた」
そんな人に、自分より実力が上だからと呪われる。死ねと笑顔で言われる。そんなの、ショック以外に何物でもない。それは解っている。
「何だろう」
果たして、あの言葉は伶人の本心なのだろうか。そう思うのは、ただのご都合主義だろうか。でも、伶人はまるで別人のようになっているみたいだし。いや、そもそも物理学者が魔法使いになるっていうアクロバットが起こっていることだし。ううん。本気の願いじゃなければいい。美織は、そう願うことしかできない。
「あれ」
そんなことを思いつつパソコンで調べていたのだが、伶人に関する情報で不思議なものを見つけた。
「何、これ?」
それは論文の一つなのだが、SF小説すれすれというか、色物論文というべきか。ともかく、あり得ない話が書かれている。
それはブラックホールの向こう側という論点で書かれているのだが、どうにも奇妙な文章だ。もちろん、ブラックホールが他の異次元に繋がっているだとか、出口はホワイトホールなのだとか、そういうものを数学的に議論している論文は他にもたくさんある。しかし、これは途轍もない違和感を伴うものだった。
「ひょっとして」
物理学はどこかで神を仮定している。それはどうしても、そういう考えに引っ張られるからだ。超然的な何か。そういうものを、解明しようとすればするほど感じる瞬間がある。
では今、魔法使いが実在するとすれば、神は実在するのだろうか。
「まさか」
この論文が、神の怒りを買った。そんな馬鹿な。しかし、実際に史晴は老化を示し、そしてカワウソに変化する。頭ごなしには否定できない。
「背いてしまったの。この証明で」
ごくっと、自分が唾を飲み込む音が、やけに大きく響いていた。
「凄い論文が出てきたものだな」
「これを、あの伶人が」
「なんですよ」
そして翌日。葉月の研究室にて、人間に戻った史晴と葉月に見つけた論文を見せ、美織は困りましたと正直に告げる。
自分で何とか呪いを解明しようと思ったのだが、思わぬ論文に戸惑うことしか出来なかった。ここはやはり、二人の知恵を拝借するしかない。
「ブラックホールの中に異次元を想定し、そこに神のような超全的な存在を仮定するか。ううん。例え話だと当時は思われ、数学的には間違っていないから論文として成立したってところだな」
葉月はどう思うと史晴を見る。
「ええ、そうだと思います。しかし、これ」
「ああ。相当な数学知識が必要だ。それこそ、お前を上回るくらいの。ま、急に開花する奴はいるが」
果たしてこれは本当に伶人が書いたのか。そう謎になるほど複雑な証明の数々だ。が、それをあっさり理解している史晴も葉月も凄い。
「つまりこれ、禁断の証明だったってことですか」
「だろうな。ま、ざっと見ただけで何が禁断だったのかまでは解らないが、これの何かが魔法使いになるきっかけを与えたはずだ。発表されたのも、行方不明になる一年前だ」
「――」
そう。この問題の論文は伶人がメキシコで行方不明になる一年前に発表されている。ということは、この論文を学会で詳しく説明する予定だったのかもしれない。
「しかし、それは何故かキャンセルになった。そして、関口は行方不明になり魔法使いになったってか」
ううむと、葉月は首を捻る。が、論文が出てきたことで史晴の目の色が変わった。それまでどこか他人事のような態度だったというのに、食い入るように論文を見ている。
ああまた、科学的な部分だからと美織は呆れるが、今回はそれだけではなかった。
「ここに証明してはならない何かがあるのか。ちゃんと検証します」
そう宣言したのだ。それはこれを検証することで超全的なものも受け入れる。そんな決意が滲んでいた。
「それは構わないが、注意しろよ。たぶん誰も、ちゃんと検証したことがないから二次被害が」
そこまで言って、葉月は弾かれたように机の横の書類の山を崩した。
「ああ、駄目ですよ」
ただでさえ散らかり放題の研究室がさらにカオスになる。美織は崩れた書類を拾いつつ思わず注意してしまった。
「そんなものは放っておけ。それよりこれだ」
「えっ」
出てきたのは、ちゃんと装丁された論文だ。どうやら卒業論文らしい。一体誰のと史晴と一緒に覗き込むと、それはあの清野布悠のものだった。
「ブラックホールの数学的解の一つについて。これってまさか」
「ああ」
しかもそれはブラックホールについて、さらには伶人の論文を検証したものであるらしい。
「ついに繋がったな」
「ええ。そして、この数学的な証明の何かをすると、魔法使いになってしまうか死んでしまうかってことですね」
美織は手出しできないじゃないかと、ごくっと唾を飲み込む。今度は何だかとても苦く感じた。緊張がピークなのだ。
「それでも、見ないわけにはいかない。俺はすでに、呪われているんだから」
史晴は決意した顔で二つの論文を見比べていた。
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