第30話 憧れの人は誰ですか?
さて、学食での検証会を終え、美織と葉月は大学内の放射線量の測定へと出かけた。ガイガーカウンターを片手に、異常な放射線がないかを調べる。
「魔法の一部が放射線だとすれば、ずいぶんと古典的な感じになるな」
葉月は言いながら、測定値をメモしていく。たしかに何かの怪しい力の根源が放射線だったというのは、放射線が発見された当初にはよくあったことだ。かのアルセーヌ・ルパンが出てくるシリーズでも、そんなことが話題になっている話があったのを美織は記憶していた。
「ほう。意外と読書家なんだな」
「意外ってどういう意味ですか。まあ、周囲からはどうして文系じゃなくて理系の、しかも物理学に進んだんだって思われているんですけどね」
「そうなのか?」
「ええ。でも、本が好きだったからこそ、アインシュタインに、そしてガモフに、さらにはファインマンに出会っちゃったんですよ。そして、魅力的だったんです」
美織は憧れって恐ろしいと溜め息を吐く。そう、あれこれ本を読んでいた美織にとって、物理学者はまさに魔法使いのようだったのだ。数式だけで世界の成り立ちを明らかにする人々。私もこれならばなれると、なぜか根拠なく決意してしまった高校生の自分が恥ずかしい。ついでにファインマンは、写真で見て格好良かった。これもいけない。さらには映画まであって、もう、妄想は止まらなくなっていたのを覚えている。
「ははっ。きっかけがまさか物理学者の自伝や物語とはな」
「わ、笑わないでくださいよ」
「いや。打算で物理学をやっている奴らより、お前の方がよっぽど健全だよ。頑張って学者になるんだぞ」
「はあ」
意外にも褒められる結果になったが、現実の物理学者はとても大変だ。しかもなぜか、本物の魔法と対決する羽目に陥っているなんて。
「あっ」
そんなことを考えていると、ガイガーカウンターの音が激しくなった。放射線を検出した証拠だ。地面に向けてみると、より激しくなる。そこは丁度、美織たちの研究室がある建物の裏手の、さらには植木の間だった。
「ここに何かあります」
「よし」
素手で触るのは危険だ。放射性物質が何かも解らないし、被爆すると皮膚病や癌の元になりかねない。
「作業着が必要だな。あと、人が近づかないように立て看板もいる」
「そうですね」
美織は頭の中でそれらをメモし、研究室に戻って手配することにした。立て看板は庶務課に言って用意してもらい、早急に設置することとなった。
「にしても」
本当に放射線が絡んでいるなんて。それが美織には驚きだった。やはり、伶人は単に魔法使いになったというだけではなさそう。
「でも、どうして」
負けたからって、こんな方法を選ばなくてもよかったはずだ。どうして伶人は史晴を許せないのだろう。それが、最も疑問だった。
「病院ってのは、なんであんなに無駄に疲れるんだろうな」
「さあ。でも確かに、疲れるために行っている気がする時がありますね」
夜。病院の検査が大変だったと愚痴を零す史晴に、お疲れ様ですと美織はコーヒーを差し出した。
なんだかんだで同居は続き、史晴もすっかり寛ぐようになっていた。それは嬉しいのだが、夜中になるのが怖くなる。
「どうした?」
「い、いえ」
人間姿の史晴は、そわそわする美織を怪訝そうに見てくる。でも、やっぱり本人に本物のカワウソになっている時間がありますと伝えるのは躊躇われた。
「それで、大学から放射性物質が出たって」
「ええ、そうなんです。やっぱり関口は全部が魔法という状態にはしていないみたいですね」
「なるほど。それは助かる」
助かりませんよと、躊躇いなく科学に縋る史晴に美織はがっくしだ。だから、魔法の部分もあるんだって。
「先輩は、どうして物理学者になったんですか?」
しかし、魔法の部分は美織が引き受けようと決意していたので、話題は昼間の物理学者になった理由を採用した。だって、史晴がどうして数学でなく物理の、しかも宇宙論を選んだのか知らない。
「そうだな。面白そうだと思ったから」
「い、意外と普通ですね」
「そうだな。他に、数学にさほど興味はなかったけど、活かせる場所がいいなって思ったな。で、伶人がやっている物理学に興味を持ったんだ」
「へえ」
身近に手本がいたら、そりゃあ目指してみようかなってなるか。史晴と伶人の年齢差を考えると、純粋に憧れを持ちそうだ。
「そう。俺は伶人に憧れていた。いつも数学を教えてもらって、憧れの人だったのに、どうして」
「――」
そこで俯いてしまった史晴に、美織はこれが一番心に重くのし掛かっているのだと気付いた。
「先輩は、関口さんがこんなことをするはずがないって、今でも信じたいんですね」
だから、魔法を否定したい。自分に死ねと思っているなんて考えたくない。科学的な根拠のある何かだと信じたい。そう思っているのだと気付く。
「そうだな。信じていた。伶人の家で、再会するまで。どれだけ冷たい言葉を投げかけられても、本心じゃないって、思っていたのに」
楽しそうに笑う伶人を見て、本気だと気付いてしまったのだと、史晴はコーヒーを飲んで項垂れた。恨まれている、呪われているという自覚が、きっと呪いを進めている。美織はそう思うと苦しかった。
「打ち勝ちましょう。どんな方法でも、関口に勝って、先輩が憧れていたってことを伝えましょうよ」
そうすればきっと、違う関係になって、今回のことは水に流せるようになる。美織は祈るように言い聞かせていた。
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