第27話 私、問題の本質が解りました

 やっぱりというか当然というべきか。伶人の部屋からの消失トリックは解けなかった。いや、体感しているのだから解っていることだろうに、あの部屋から、出入り口も窓も利用せずに抜け出すのは不可能なのだ。何より、煙の動きが総てを物語っている。どこか天井の一部が開いたということさえない。

「映像記録がある以上な。というより、関口は椎名が動画を撮っていることに気付いたから、煙をばらまいたってところだろうな」

 あれこれとシミュレーションに付き合った葉月は、とことん科学を否定したいらしいなと溜め息だ。伶人はわざと煙を使って、どこにも逃げていない、いや、物理現象的には逃げていないことを示してみせたのだ。多分、あの状況で忽然と消えることだって可能だったろうに、あえて、検証可能性を残し、そして不可能という結論が出るようにしている。

「くそっ。どうすればいいんだ」

 こんなことさえ科学で証明できないとなると、カワウソおよび老化の呪いを解くヒントさえ見つけられないということではないか。史晴は頭を掻き毟って悔しがる。それはその通りで、こうして魔法としか考えられませんという結論しか得られないとなると、解く方法も魔法しかなくなる。そして、その魔法を得るということは、科学者を捨てることと同義だ。美織はそこまで考えて悔しくなる。しかし、あっさりと負けを認めるなんて出来ない。というか腹が立つ。

「魔法って、実在すると仮定して、それでもなお科学で対抗することって出来ないんでしょうか?」

 だから、思わずそう言っていた。すると、葉月と史晴はきょとんとした顔をする。いや、何を言っているんだと見返してしまう。

「いや。相反する対立事項として考えるから手段がゼロになるんですよね。じゃあ、魔法は認めるしかないじゃないですか。というか、先輩がカワウソになっている時点で解ってることなんだし。躍起になって総てを否定しようとすると、それこそ関口の思う壺ですよね。たぶん、こういう映像を残させたのだってわざとだろうし。というより、あの時、ここまで来るんだったらヒントをやるって言い方をするくらいです。諦めさせない程度に残しつつ魔法なんですよ」

「そ、そうだけど」

 頭では理解している。でも、感情がそれを認めたくないと激しく訴えている。それがずっと史晴を苛むものなのだ。だから、幾度となく魔法だ呪いだと認めることでやる気を無くしていた。

「ううん。やってて思ったんですよね。関口は明らかに先輩がこれを解けば全部否定できるんじゃないかって期待させているだけって。そして、また絶望に叩き落としたいんだって」

 口にしては駄目だと思っていたけれども、史晴が躍起になればなるほど、言わなきゃ駄目だと思ったのだ。だから、こうして一から説明するように美織は言葉を重ねている。

 そう、史晴のやり方はいつも間違っている。それは数学の知識が完璧で天才で、そして物理学を何よりも信じているからこそだ。でも、今、伶人が史晴に負けて悔しいから魔法使いになったと知っている以上、それに縋り続けるのは遠回りでしかない。

「ただ、それだと勝負にならないのは事実です。さすがにそこまで卑怯ならば、初めから顔を晒して先輩に会い、そして恨み言を述べて殺しているはずです。何か不思議なことをやって見せて、殺すだけでいい。でも、そうしなかった何かがあるはず」

「――」

 美織の言い分を、史晴だけでなく葉月も真剣な面持ちで耳を傾けた。今、美織が言っていることは伶人の本質を突いている。そう感じたのだ。

「つまり、前回は定義づけをしましたけど、今度は分類が必要なんだと思います。そもそも、関口は毎日のように大学の付近を彷徨いているようですし、何かをやっているはずなんですよね」

「何か。つまりそれが、科学的な部分ってことか」

「ええ。それに老化に関してだと思います」

「――素直に考えるならば薬物。物理学的に考えるならば放射線か」

「それです」

 放射線。このかつては理解できず、発見当時はただ素晴らしいものだったもの。これにヒントがあるのではないか。

「なるほど。老化、さらにそこから細胞変質で癌化させれば殺せるってことだな。しかし、では魔法の部分は何か?」

「それこそ、関口に関する記憶であり、放射線を隠す何かじゃないでしょうか」

「ううん。どうだろうな。まだ、足りない感じはする」

 史晴はそれこそ、もっと手っ取り早い方法があるのではないかと思う。ついでに、魔法が絡む余地はない気がしてしまう。

「まあまあ。何事も検証だな。その放射線を作り出すことそのものが魔法という可能性もある。ともかく、放射線量の測定だ。それと、占部は再検査だな。癌に関する検査と、甲状腺のヨウ素量の検査。いいな」

「はい」

 こうして、一歩進みは一歩戻り、でも違う道を選び取ってと進んでいる。しかし、まだ何も解決していないのは事実で、さらに事態が悪化しているのを美織は知っている。

「放射線がヒントであって」

 そう願うことしか出来なかった。





「でも、この呪いはどう考えればいいんでしょう」

 そして夜、いつものようにカワウソになった史晴に、美織はそう訊ねてしまう。

「そう。伶人の呪いよりもこっちが絶望的だ。確実に呪いでしかないからな」

「ううん」

 そう、伶人に関しては放射線かもと可能性を検証が出来るが、カワウソは検証不能なのだ。しかも伶人が犯人ではない。

「もう一人。そして同じく負けたと思っている人。やはり、清野さんでしょうか?」

「さあな。というか死人に口なし。確認さえ不可能だ」

「ええ」

 そう。それが最も厄介だ。最有力候補だけれども、すでに亡くなっている。これを突破する方法は何もない。

「でも、清野さんについても丁寧に調べるべきだと思います」

「――そうだな。伶人に関しても色々と出てきたんだ。調べよう」

 こうして、カワウソに関しては清野が関与していると仮定して動くことに決まるのだった。

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