第28話 夜中のカワウソは本物に!?

 ふと違和感を覚えて、美織は目を覚ました。スマホで時間を確認すると、まだ夜中の三時だ。眠ってから一時間しか経っていない。

「あれ?先輩?」

 そして、違和感の正体に気付いた。美織の枕元、人間に戻るまではそこで丸まって眠っているはずのカワウソ史晴の姿がない。

「先輩?」

 ベッドの下に落ちているのかと見るも、カワウソの姿はない。一体どこにと思っていると、風呂場からじゃぽんっという音がした。

「お風呂?戻れたのかしら」

 戻ったらお風呂に入るのはいつものことなので、そうなのかなと首を捻った。しかし、カワウソになってまだ三時間ほどしか過ぎていないのが気になる。

「か、確認するだけよ。覗きじゃないわ」

 自分に言い聞かせ、美織は立ち上がった。相変わらず、風呂場からはじゃぽんとかどぽんとか、人間が入っているにしては奇妙な音が響いている。何より、お風呂場から電気の明かりが漏れていないことに気付いた。

「――」

 それで、美織の足は一度止まってしまう。そして、名古屋でのことが蘇った。完全にカワウソになってしまった史晴。その姿を見ているだけに怖い。でも、確かめないわけにはいかない。

「っつ」

 ごくっと唾を飲み込み、風呂場へと一気に進んだ。そして勢いのままに電気を点ける。

「!」

 そして、想像していたとおりの光景を目撃することになった。カワウソそのものになった史晴が、まだ温かいお湯の中をすいすいと泳いでいた。たまに飛び跳ねて、その身体が自由に動くかを確かめているかのようだ。そして、飛び跳ねる度にどぽんっと音がする。

「ど、どうしよう」

 おろおろとする美織がいても、カワウソは平然と湯船をすいすいと泳いでいる。さすがは水辺の生物。泳ぐのが楽しそうだ。って、それに感心している場合ではない。

「えいっ」

 カワウソがすいすいと泳いでいるところを、美織は気合い一発で捕まえた。きゅっきゅっと鳴くが、構わずに引き上げる。そしてバスタオルで繰るんだ。

「そんなに暴れてたら、人間に戻った時にぐったりしちゃいますよ」

 今の史晴には無駄な注意と解っていても、そう注意せずにはいられない。このままではカワウソに行動時間を奪われ、史晴として活動出来なくなる。そう直感していた。だから、カワウソが嫌がっても風呂場から連れ出す。ばたばたと暴れていたが、タオルに包まれている安心感からか、やがて大人しくなった。

「はあ」

 しかし、部屋の電気を点け、ベッドに戻ったところで美織は悲しくなった。また、史晴がカワウソになってしまったところを見てしまった。それは確実に呪いが進行し、いつかは人間に戻れなくなることを示している。

「ううっ」

 我慢しなきゃと思っても、どうしても涙が溢れてきた。あまりに理不尽で、あまりにやるせない。だからどうしても、涙が止められない。タオルからカワウソが這い出してきて、部屋の中をぱたぱたと走り回るのを、力なく見守る。その姿は愛らしい。でも、美織はカワウソの姿であっても生意気な、理路整然と喋ってくる史晴でなければ嫌だった。

「駄目だ。先輩よりも調べる時間を作らないと」

 このままでは本当にカワウソになり、数年のうちに死んでしまう。いや、人間の姿で老化が進んでいるのだとすれば、カワウソとしても残された時間が少なくなっているかもしれない。

 何とか調べなきゃと決意すると、美織はノートパソコンを開いていた。そうだ、一緒に寝ている場合じゃないし、一人でカワウソになってしまったことを嘆いている場合ではない。やれることをやらなきゃ。

 幸い、ノートパソコンは史晴も使っているため、閲覧履歴を辿る事が出来る。これで史晴が立ち上げている掲示板のチェックが可能だ。

「ん?」

 しばらくカワウソには自由に遊んでもらっておいて美織はパソコンに集中していたのだが、カワウソが冷蔵庫をよじ登っているのに気付く。

「あ、こらっ」

 美織はもう史晴としてではなくカワウソとして扱い、注意する。その自分の慣れに軽い恐怖を覚えつつ、冷蔵庫からカワウソを引き剥がした。しかし、カワウソはこれに用事があるんだとばかりにバタつく。

「ひょっとして――お腹が空いたのかな」

 時間を確認するともう朝の五時だった。そしてカワウソはずっと暴れていた。ということはご飯が欲しいのか。

「ううん」

 この場合、カワウソとしてのご飯がいいのよね。美織は名古屋から戻ってからこそっと買っておいた生魚を冷蔵庫から取り出した。小さな鯵がいくつかパックに入っているそれを手にすると、カワウソは目を輝かせた、気がする。

「先輩だったら怒るのに。バカ」

 理不尽にカワウソを叱りつつ、生魚をカワウソに差し出す。すると躊躇いなく齧り付いた。その姿は野生そのままで、可愛いというより迫力がある。変化する時にも思ったが、カワウソは牙が鋭いのだ。

「お腹を壊さないか。それだけが心配だわ。一応、お刺身でも食べられるやつだけど」

 美織は今はカワウソだけど戻れるはずだからと悩んだ。が、その間にカワウソは三匹も鯵を食べてしまい、まあ、刺身用だからと美織は納得しておく。

「でも、どうしよう」

 この事実を本人に告げていいのか。次の問題はこれだった。ただでさえ、科学的に解けない問題に対し極度にやる気を失うことが発覚しているのだ。本物のカワウソになっている時間が存在するなんて言ったら、せっかく魔法と科学を分離して検証しようとしているのに、やらないと言い出すかもしれない。

「――取り敢えず、加藤先生に相談だな」

 ああもうと、美織はぐったり疲れてしまった。

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