第23話 呪いの暴走

 新幹線に乗って名古屋への移動はあっという間だった。その間、史晴は何か考えているようで一言も喋らなかったが、これは仕方ないだろう。

「伶人が変わってしまった理由が、俺の呪いを解くヒントになるんだろうか」

 そして、名古屋から史晴の実家のある場所へ地下鉄で移動中、そうぽつりと呟いた。

「他にヒントはないですよ。それに、カワウソの呪いだって解かないと」

「そうだった。まだ別に敵がいるんだもんな。せめて、魔法を知る伶人が味方になってくれれば」

「ええ」

 そう言いつつ、二人は史晴の実家までやって来た。とはいえ、両親はともに海外にいるので、家は空き家。定期的に帰ってきているそうだが、今日はいないとのことだった。おかげで宿代が浮く。しかし、名古屋に近い立地の立派な一軒家を放置できるとは、史晴の一族はなかなかのリッチだ。

「リッチって。まあ、両親ともに仕事人間であるのは間違いないが」

「へえ」

 史晴について詳しく知らない美織は、そうなんだと目を輝かせる。憧れの先輩の個人情報を知れるなんて、これぞ役得だ。

「昔から、大して相手にされずに両親って何だろうって思ってたけどな。おかげで本を読む時間が山のようにあって、現在こうして研究者になれたんだから、文句ばかりは言えないけど」

「な、なるほど」

 しかし、お金持ちならではの悩みを聞くことになり、ちょっと複雑だ。そうか、仕事人間ってことは仕事優先の人なわけで、子どもが小さくても関係なしに働いていたのだろう。

 家の中はちゃんと掃除が行き届いていて、史晴の一人暮らしの家とは比べ物にならないほどちゃんとしていた。

「清掃業者を呼んでいるんだろう」

「ああ、そうでしょうねえ」

 電気を点けて台所を物色しながら、史晴は何でもないように言うが、この空き家を掃除してもらうだけでもかなりの金額になりそうと、美織はきょろきょろとしてしまう。

「缶詰とかカップ麺はあるな。飲み物もコーヒーとか紅茶はあるし、ジュースも缶の、明らかにお中元で貰ったやつならあるな」

「それは助かります」

 買い物をして来なかったので、というか、史晴の実家があまり想像できていなかったので何も買っていない。

 家は二階建てで広く、ここでカワウソに変わろうが何しようが問題ない。一先ず、伶人との記憶になるものを探しながら、今日はここで過ごすのがベストだろう。

「そうだな」

 史晴もようやくほっとしたようだ。さすがにカワウソに変化するようになってから遠出したことはなく、非常に緊張して疲れていた。

 が、その緊張を解いた瞬間、変化が起った。

「えっ」

 バキッと派手な音がしてブレーカーが落ちた。美織が驚いて史晴の方を見ると、黄色に光る目があった。

「あっ」

 カワウソへの変化。そんなまさかと思うのは史晴も同じだ。驚きつつも苦悶の表情を浮かべる史晴は、為す術もなくその場に頽れる。

「ぐあっ」

「先輩」

 悲鳴が漏れると、カワウソに変化するだけで大丈夫だと解っていても心配になる。しかも、今日は特に苦しそうだ。首筋を掻き毟り、頭を振り乱す。

「ああっ」

 牙がぐあっと口から覗いたと思った瞬間、史晴が消えた。いや、変化したのだ。電気が戻り、服の間からいつものようにカワウソが顔を覗かせる。

「せ、先輩」

 しかし、いつもと違うことがあった。出てきたカワウソは美織を見返すものの返事をしない。

「先輩」

 捕まえて揺すってみるが、きゅっきゅっとカワウソらしい鳴き声しかしなかった。そんな、まさか間に合わなかったのか。呆然としてしまう。

 ようやく、ようやく伶人という大きなヒントを見つけた。彼に何があったかを突き止めることが、史晴を救うことになるはずだったのに。

「ううっ」

 思わず泣いてしまっても、いつものように慰める声はしなかった。ただカワウソは美織の膝に乗ったまま寝てしまう。

「先輩っ」

 このまま、ここでお別れなんですか。美織はあまりのことに、しばらく呆然としてしまっていた。






「おいっ」

「えっ?」

 どれくらいの時間が経ったのか。美織は怒ったような声にびっくりして目を開けた。いつの間にか、美織は眠ってしまっていたらしい。

「せ、先輩」

 いや、それよりも、目の前には人間の史晴がいた。あのまま、カワウソになってしまったのではないか。それとも疲れて夢を見ただけか。美織は混乱してしまう。

「あの、先輩、カワウソに」

「その時の記憶がないんだよ。気付いたら、お前にがっちりホールドされていたし」

「えっと」

 それって人間姿に戻ってから気付いたことですかと、美織は確認することができなかった。だって、もうカワウソになってしまったんだと思って、一緒にソファに座って、そこから寝てしまったらしい。ということは、美織はそのまま人間に戻った真っ裸の史晴をも抱き締めたまま寝ていたということか。

 見ると窓の外は明るく、日差しが差し込んでいる。今いるリビングも、そんな夏の日差しに照らされていた。

「どうした?」

「あの・・・・・・先輩はお疲れだったようで、カワウソに変化した途端、寝ちゃったみたいで」

「そうなのか?」

 疑わしそうな目の史晴だが、美織は真実を告げられなかった。それに、昨日の変化の苦しみは今までの比ではなかった。確実に、呪いの効力が強まっている。

「――どうやら、呪いが暴走しつつあるようだな」

「っつ」

 それで史晴には気付かれてしまったものの、どういうことがあったかまでは解らないようだ。史晴は身体が痛むもんなあとぼやいているだけだ。

「早くしないとカワウソになってしまう前に老化が進みそうだ」

「え、ええ」

 そう頷くのがやっとだった。しかし、美織は今まで以上に危機感を募らせていたのだった。

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