第21話 新幹線と駅弁

「なぜ、俺もなんだ?」

「当たり前じゃないですか?私じゃ解らないことの方が多いです」

 三日後。あれこれと作戦を練った後、美織と史晴の姿は新幹線の中だった。ちゃんと伶人の出身大学がK大学であることを確認し、葉月経由で当時を知る先生を紹介してもらってからの行動だ。

 そして帰りに史晴の出身地に寄って情報がないか探す。そこで一泊して翌朝、史晴が人型に戻ったところで帰るという計画だった。

「日帰りじゃないのが予想外ですけど」

「あのな。無理だろ?関西だけならばまだしも名古屋経由だぞ」

「そ、そうですよね」

 移動距離を舐めていると指摘され、美織は小さくなるしかない。だって、新幹線って結構遅くまで走ってるしと、強引に日帰りも可能なはずだ。

「それに、俺も同行することになったからな。となると、新幹線で唐突にカワウソに変化するなんて事態は避けなければならない」

「そうですね」

 それは確かにと美織は頷く。それに、恋人同士としてではないものの、こうして史晴と一泊二日の旅行が出来るのだ。これって凄くラッキーなのでは。

 気分を切り替え、美織は先ほど購入した駅弁を広げ始める。朝はドタバタと出てきたのでしっかり食べられなかったのだ。

「旅の醍醐味ですよね」

「そうか?駅弁って無駄に高い気がする」

「ええっ。だから新幹線とか、旅行した時だけ食べるんじゃないですか?他に楽しむ時なんてないですよ」

「――確かにな」

「はい。先輩の分」

 こうして二人で黙々と駅弁を食べる。が、その間に伶人が書いていた論文をチェックすることを忘れない。ちゃんと旅の目的は果たさなければ。

「関口さんってブラックホールをメインにしていたみたいですね」

「そうだな。誰だよ、系外惑星って言ったのは」

「加藤先生です」

「ったく」

 史晴は鮭を囓りながら舌打ちした。器用なことだ。しかし、誰も関口伶人に関して正確に覚えていないというのが気がかりポイントではある。

「そう言われれば、そうだな。まさかあいつ、自分に関わっている人たちの記憶まで改ざんしているのか」

「うわっ。それだった会いに行く先生も何か忘れているんでしょうか?」

「さあ。そこまでは不明だが」

 そこでふと、史晴は気付いたように止まる。ひょっとして自分が近くにいるせいか。そう考えてのことのようだ。

「ああ。つまり、先輩に近づくと記憶が歪むみたいな」

「そうだ。惑星間の重力みたいに、ずれが生じるのかもしれない」

「ううん。じゃあ、知っている先生には私だけで会いましょうか?」

「いや。確証はない。それに奴がわざわざ全員の記憶を操作しているのかも不明だからな。なんせ、叔父さんはメキシコに行っているわけだし」

「そうか。親族である叔父さんは覚えているんだ」

「ああ」

 何かとややこしいと、美織は山菜おこわを食べながら唸ってしまう。どうしてこう、あらゆることが複雑なのか。

「そうだな。そもそも、俺と伶人の間に何があったのかも忘れてしまっているし、さらには間に絡んできている第三者が誰なのかも不明だし」

「そうだ。まだまだ解らないことばっかりなんだ」

 全然進展してないなあと、美織は溜め息を吐く。

「いや。お前が絡むようになってから、あれこれと発覚しているんだ。どうやら、お前という存在は伶人にとって読み切れないものらしいな。頼りにしているよ」

「えっ、はい」

 まさかの不意打ちの感謝に、美織は顔が真っ赤になってしまった。そしてそれを誤魔化すように、弁当を掻き込むことに集中した。






「うわあ、大きいですね」

「そうだな。さすがは西の名門大学」

 昼過ぎ。無事にK大学へと到着した二人は、よくテレビに映っている時計塔を見つめて感心していた。自分たちの通う大学も大きいが、こちらも負けず劣らずの大きさだ。

「紹介してもらった橋本大樹先生がいるのは、あちらの北部キャンパスらしいです」

「行こうか」

「はい」

 一通り有名な場所を見物し、目的地である橋本のいる研究室を目指した。理系は時計塔のある本部キャンパスではなく北側に固められているので、そちらへと移動。さらにその真ん中辺りの校舎へと移動し、ようやく研究室へと辿り着く。

「失礼します」

「ほい、どうぞ」

 そんな声がして研究室の中に通された。いたのは細身の眼鏡の男性。年齢は葉月と同じくらいか。この人こそ、橋本大樹だ。そして部屋の中は葉月と同じくらいに汚く散らかっている。やはり、部屋を片付ける時間というのは研究者には存在しないらしい。

「話は聞いているよ。関口について聞きたいんだって。あいつ、まだ見つかってないんだよな」

「ええ、はい」

 実は先日会いましたというとややこしくなるので、美織と史晴は頷くに止めた。

「そんで、君が従弟の占部君か」

「はい」

「加藤から聞いているよ。同じ研究者の道を進んだから、行方不明になった関口について、詳しく知りたくなったってな」

「お願いします」

 その嘘に関しては三人で考えたので、史晴は頷くのみだ。そうやって言っておけば素直に話してもらえるだろうと予測してのことだ。

「関口の論文は読んだか?」

「ええ。ブラックホールについてですよね」

 橋本の確認に美織は頷いた。すると、そうなんだよと橋本はにっこりと笑う。

「今、あいつが研究室にいたら最も輝いていただろうなと思うよ。ようやく、望遠鏡でブラックホールの姿を捉えたのに」

「そうですね」

 そんなところからスタートし、ようやく本題へと移るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る