第19話 カワウソは可愛い

「それでは、定義づけをしていきます」

「ああ」

「そうだな」

 ホワイトボードの前に立った美織の進行のもと、こうして定義づけを開始することになったのだが、まずは何からやるべきか。

「魔法とは?でしょうか」

「そうだな。今は寿命が縮み、さらに予想外の作用によってカワウソになってしまうもの、というところか」

 美織の問い掛けに、史晴がさらっとそう定義づけをした。なるほど、確かに今解っている魔法はこれだけだ。

「次は寿命が縮むとは?か」

 葉月がにやっと笑って史晴を試すように訊く。先ほどの血液検査の結果でショックを受けていたのを知っているから、自分で言えるのかと楽しんでいるのだ。

「肉体の老化、ですね」

 そして史晴、そんな葉月の意地悪に正面から受けて立った。こんなところで意地を張っている場合かと思わないでもないが、史晴自らが考えることが大事だと考えてのことかもしれない。いや、そういうことにしておこう。美織はホワイトボードに定義を書きながら言い聞かせる。

「ここに条件が付加されるな」

 そんな意地悪込みの葉月だが、ちゃんと定義づけを進めていく。こういうところは教授らしい。

「条件はカワウソになることによって、この変化は緩やかになっているらしいということですね。伶人にとってカワウソの変化は予想外だった。ということは、彼が掛けた魔法および呪いにおいて、観測されるべきは老化のみ。ということは、カワウソにならずに俺は老け込んでいるのが正しい観測状態だったはずってことですね」

「そうだな」

 さらっと史晴は定義づけしたが、ああなるほど、そういうことねと美織は納得出来た。だから伶人は朝、最初にすれ違った時間に史晴を待ち構えるようにあの時間に現れていたわけか。そして、急速に年老いて死んでいく様を楽しむ予定だったと。

「そうだな」

「最低」

「ゲスというべきかドSというべきか。いい性格をしている」

 最低だと憤慨する美織と違い、葉月はにやっと笑って怖い。いや、並んだ単語も怖い。

「ともかく、カワウソは例外的な現象であるってことですね」

 美織が切り替えるように問い直すと、二人はそうだなと頷いた。

「カワウソって、何でしょう?」

 じゃあ、次の定義づけはここになるけどと、美織がホワイトボードにカワウソと記す。すると、途端に史晴の定義づけが止まってしまった。

「それが解らないよな。定義づけによって伶人の行動はシンプルになった。しかし、この例外的事項をどう捉えればいいんだ?というか、俺はこのカワウソ姿こそ呪いだと思っていたのに」

「そう、ですよね。ううん。関口は他の人がやったみたいな言い方をしていましたが」

「ということは、二重に呪われているってことか」

 葉月の放った一言に、史晴は見事にフリーズした。ただでさえ、伶人に呪われているのだって納得出来ていないというのに、他にも呪った奴がいるだと。そんな気分なのだ。

「えっと、つまり、二つの呪いが混ざって、変な化学変化を起こしてるみたいな」

 代わりに美織が訊ねると、そう考えるのが妥当だろうと葉月は頷いた。

「妥当」

「だってな。カワウソに変化する時には激痛を伴うんだろ。そして戻るときはない。この観測結果から、カワウソへの変化も呪いであったと考えるべきじゃないか」

「ああ、まあ」

 同意しちゃうのは史晴に申し訳ない気分になるが、確かにそれが観測結果と合うんだよなあと美織も思う。

「俺って、そんなに憎たらしいですか?」

 微妙な空気が漂う中、史晴は葉月と美織を交互に見る。しかし、二人の答えはシンプルで違うだった。

「普通だろ?むしろ、研究者ならば当然って性格と才能だ」

「憧れていますけど、憎たらしいとは思いませんよ」

 葉月と美織の答えに、史晴は一応はほっとしたようだ。しかし、誰か知らないが、憎たらしいと思っている奴がいるのは事実。

「カワウソを採用した理由ですよね。問題は」

 美織はホワイトボードマーカーのお尻で頬を突っつきつつ、どうしてだろうと悩んだ。今、カワウソはペットとして人気がある。いや、それよりもカワイイと人気がある。そんな動物に変化させてしまうって、どういう気分なのか。

 もし、憎む相手を何か動物に変化させることが出来るとして、そんな可愛い姿を採用するのだろうか。むしろ、コウモリとかワニとか、一般には受けない姿に変えないだろうか。

 美織もコウモリやワニだったら、家に入れるのを躊躇っていたと思う。でも、出てきたのは可愛いカワウソで、思い切りほだされていた。むしろ、憧れの史晴がカワウソなんてとときめいた。

「あの」

 そこまで考えて、いいですかと手を挙げる。

「何か思いついたのか?」

「ええ。その、カワウソに変化させてしまった人は、先輩をペット化して飼うつもりだったんじゃないかなって」

「――」

 美織の意見に、史晴は本日二度目のフリーズ。いや、血液検査の結果を入れると三度目か。ともかく、何だとと固まった。

「なんかそういう願望があったんじゃないでしょうか。甲斐甲斐しく世話をして好きなように撫でくり回して、愛でまくりたい。みたいな」

「――」

 史晴からは何の反応もない。が、葉月は傑作だとばかりに、一瞬の間の後、大爆笑し始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る