第18話 まさかの老化!?

「ううん」

「どうですか?」

 翌日。血液検査の結果を先に見た葉月が唸るので、美織と史晴は息を飲んでいた。

「そうだな。健康とは言い難いかも」

「えっ」

「前回より悪くなっているのは事実ってことだ」

 しかし、葉月はどこか奥歯に物が挟まったような言い方をする。それがもどかしくなって、美織は検査結果をひったくっていた。

「ん?」

「どれどれ」

 そして、二人して覗き込んだはいいが、これは確かに、葉月の反応が正しいらしいと解る。というのも、全体的に数値は悪くなっているが、決定的に何かが悪くなっているというわけではなかった。

「どういうことでしょう?」

 仕方なく、美織は葉月に意見を求めてしまう。だってこれ、単純に体調を崩していると考えるべきなのか。

「いや。風邪や何か特定のウイルスに罹っているのならば、特徴的にどこかが下がっているってのがあるはずだ。しかしこれは、検査結果を見た医者に言わせると」

「言わせると」

 そこでごくっと、美織と史晴は息を飲む。

「老化に近いとさ」

「老化?!」

 あまりに予想外の単語に、美織は思わず絶叫してしまう。そして、横にいた史晴は呆然としていた。

「そう。老化。どう思う?」

 そして葉月、こちらに意見を求めてくる。どう思うと言われても困るんですけどと、美織は腕を組んだ。

「つまり、カワウソに変化することが、身体に負担となって現れているということですか?」

 しかし、先に史晴が一つの可能性に気づいて提案した。それに、葉月は可能性として高いなと頷く。

「それってつまり、変化する度に確実に寿命が縮んでいるってことですか?」

 美織は、そこから得られる結論に気づいて青ざめる。当然、横にいる史晴の顔も真っ青だった。

「そうだろうな。まさか血液検査の結果に差が出るとは思わなかった」

「――」

 葉月も一度の検査で充分だと思うほど、見た目には大きな変化がなかった。だからこそ、じわじわと何かが史晴を冒していることに気づけなかったのだ。

 あまりに予想外の、しかし起こっていて当然のことに、葉月の研究室はしんと静かになってしまった。

「このままでは死ぬことは、解っていたことです」

 しかし、その沈黙を破ったのは史晴だ。目に見える形で変化が起こっていることにはショックだったが、最初から、このままでは死ぬのは見えていたことだ。

「でもこれ、タイムリミットが解るってことですか?」

 美織も何とかしないとと、ともかく結果から読み取れることはないかと葉月に訊ねた。

「そうだな。体内年齢ってのがあるだろ?あれを出してくれている」

 葉月は伝え難いから悩んでいたんだけどなと、もう一枚、紙を取り出して史晴に渡した。そこには、数値から弾き出した身体の年齢、つまり自分の身体が今、どのくらいの年齢に相当するかが弾き出されていた結果が書かれていた。

 その結果は、五十歳。実年齢が二十八だから、プラス二十二歳だ。倍近く年を取っていることになる。

「精密検査をしたわけじゃないから、その数字もオーバーなものだと思っていいとのことだ。しかし、見過ごしていい数字でもない」

「――はい」

 葉月の言葉に、史晴は頷くも顔色は悪い。どこかでまだ、真剣に取り合っていなかった部分があったのだろう。いや、伶人が自分を殺そうとしているなんて、信じられなかったのだろう。しかし、数字は如実に史晴の身体が蝕まれていることを示している。

「ともかく、関口伶人に関してデータを集めることだな。それと、ヒントはカワウソになるのが予想外だったということか」

 葉月が暗くなっている場合じゃないぞと、その場を切り替えるように言う。

「そ、そうですね。ともかく、まだ、時間はあります」

「ああ。でも、科学では対抗できないものに、俺たちが対抗できますか?」

 しかし、史晴からは予想外に弱気な言葉が吐き出された。いや、今まで何とか保っていた緊張感が、数字として悪化していることが示されて切れてしまったらしい。

「先輩。あんな魔法使いになっちゃった奴の言葉に惑わされちゃ駄目です」

「そうだ。椎名の言うとおりだぞ。魔法というものに手を出したということは、奴は科学を放棄したということだ。そんな奴に、お前はあっさり負けを認め、殺されてもいいのか?」

 美織の励ましを、葉月は脅しも付け加えて史晴に投げかける。このままでいいのか。このまま負けていいのか。それに、史晴はなかなか答えられない。

「俺は」

「お前が知りたいことは、関口に負けるようなちっぽけなことか?」

 言い訳を封じるように投げかけられた言葉に、史晴ははっとした顔になった。そして、そうかと頷く。

「神を想定して証明することは、証明の放棄ですね」

「ああ、そのとおり」

 解っているじゃないかと、葉月はにやっと笑う。それに美織も少しほっとした。

「そうですよ。そもそも魔法って何なのか?これを考えるべきじゃないですか?」

「そうだな」

 美織の提案に、史晴は頷いた。

「総てに定義を与えましょう。それが、科学的な対抗方法ですよね」

「ああ」

「手伝います」

 こうして、今まで起こった現象に対する定義づけを始めることになったのだった。

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