第17話 カワウソとじゃこ天
史晴の記憶は当てにならない。というか、当時の状況を全く知らないに等しいということが発覚し、さてどうしたものかと美織は首を捻った。
「これ、美味いな」
「お、お口に合ってよかったです」
しかも、目の前の史晴はじゃこ天に夢中で真剣に考えてくれていない。ひょっとして、カワウソになると現状をあまり考えられなくなるのか。いや、そうじゃない。カワウソになる度に考える気力を奪われ、そして関口伶人に関する記憶を失っているのではないか。ネットでしか調べないのも、実際は僅かな気力しか残っていないからなのでは。
「っつ」
唐突に思いついたことは、あまりにリアリティを持っていて美織は背筋が寒くなった。つまり、史晴が真剣に呪いを取り合わないのって、呪いのせいなんじゃ。
「どうした?」
しかし、史晴は寿命が残り少ないからこそ研究に専念しているわけで、ううん。でも、伶人の記憶が消されているのは納得できそう。
「その、先輩に取って関口さんってどんな人でしたか?」
「どんな」
「ええ。小さい頃とか、遊んでもらったんですよね?」
従兄弟同士ならば何か遊んだ記憶があるはず。十四歳ほど離れているようだが、何かはあるだろう。
「そうだな。小さい頃は肩車してもらってセミを取ったり。ゲームでクリアできなかったところを代わりにやってもらったり」
「あ、あるんですね」
「ああ。って、何が?」
きゅっと、可愛いカワウソの顔で史晴は見つめ返してくる。ああ、駄目だ。美織もまた、この見た目のせいで上手く思考がまとまらない。しかし美織は何の呪いも掛けられていない。根性だ。精神統一だ。
「その、関口さんの記憶、消えてるって可能性はないかなって」
「あ、ああ。そういうことか」
史晴はじゃこ天をむしゃむしゃと齧りながら考える。その姿は本当にカワウソでしかない。可愛い。ああ駄目だ、癒されそうになる。
「確かに叔父さんが伝えなかっただけにしては、伶人に関する、つまり、行方不明に関する記憶は少ないな。それに、どんな物理学者だったのか。解らないな。不思議だ。あいつが物理学者だったことは覚えているのに」
もどかしさを感じるなと、史晴は美織の意見に賛成してくれた。つまり、伶人が魔法を使って記憶に制限を掛けている可能性がある。
「うむ。って、奴が魔法使いなのは確定なのか?」
「確定でしょう。嫌ならば呪術師でも可ですけど」
「いや、魔法使いでいい」
呪術師って余計に考え難いと、史晴は溜め息を吐く。確かに呪術師の方がイメージが少ないかも。美織もじゃこ天を摘まみつつ考えてみるが、そもそも伶人の格好が西洋の魔法使いがしっくりくる服装だ。
「そう言えば、昔からあんなお洒落な人だったんですか?」
「いや。服に拘るタイプではなかったと思うが」
「ううん。でも、帽子にしてもあのスーツにしても、お洒落でしたよね」
「そうだな。誰か、協力者がいるのかもしれない」
「――」
協力者がいると考えるのは妥当だろう。だって、元は物理学者なのだ。そんな人が超常的な能力を身につけている。ということは、誰かに伝授されたと考えるべきだろう。
「あの人の言い方からして、科学では解明できないってことでしょうか?」
美織はそんな伶人が放った言葉を思い出し、どうなのだろうと史晴に訊く。科学で証明できないことに絶望しろ。この言葉をそのまま解釈すると、そうなるのではないか。
「ああ。しかし、それは表面的なことかもしれないぞ」
「え?」
「科学的に証明する方法はどこかにある。しかし、すぐに見つけることは出来ない。そう考えることもできる」
「ううん」
どうなんだろう。美織は解らない。それって伶人から売られたケンカを買うだけにならないか。しかし、何か対策を立てなければならないのも事実だ。
「そう言えば、伶人はカワウソになったのは予想外だと言っていた。ということは、奴の魔法は本来、俺の寿命を奪うだけのものだったってことか」
史晴の言葉に、美織ははっとなる。そうだ。そうだった。目の前の事象に囚われ過ぎているのは美織の方だ。これは予想外の何かが作用した結果だということを、完全に忘れていた。
「つまり、科学的に証明できることと出来ないこと。この見極めが大切なんだわ」
「ああ、そうだな」
美織の呟きに、史晴もそう思うと同意してくれる。ただ、その線引きは非常に難しいのだ。しかし、死にゆく運命を定めたのが伶人で、カワウソは他の要素。ここは分断して問題ないわけか。
「先輩。血液検査、もう一度やってもらいましょう。それも、人間の時に」
「え?」
「もし寿命に絡む問題が関口の仕業なのだとしたら、そして、関口が言うようにカワウソになった姿は誰かが助けたいと思っているが故なのだとすれば、人間の時の健康状態には変化があるかもしれません。そして、カワウソの状態が長くなっているのも、人間としての先輩の健康状態が悪くなっているからかもしれないですよ」
「な、なるほど」
それは気づかなかったなと、史晴は目から鱗が落ちた気分になる。そういう発想を、今までしたことがなかった。
「ともかく、明日、人間に戻り次第病院です」
「解った」
こうして、ちょっとは先に進んだろうか。美織はまだまだ不安があるものの、取り敢えずは血液検査を出来るよう、葉月にメールを打つのだった。
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