第16話 関口伶人の謎を追え

「まさか知り合いが魔法使いだったのか」

「ええ」

 伶人にあった日の昼。美織は早速、葉月に報告していた。すると、葉月も困ったもんだなと顎を擦る。

「で、そいつも物理学者だったと」

「ええ。もし生きていれば今年で四十二だと」

「ううん。となると、私と年齢が近いな。五つ下か。しかし、関口伶人。聞いたことがあったかなあ」

 葉月は目立つ学者じゃなかったのかなと、一層顎を擦る。その姿はどこかおっさん臭い。

「先輩の話によると、宇宙論をやっていてたとのことです。そして、メキシコで開かれた学会で行方不明になったと」

「ふむふむ。ちょっと待って」

 十年前にメキシコねと、葉月はパソコンを使って何かを調べ始めた。そして、この中にいるのかと、ある写真を呼び出して美織に示す。

「あっ、これ」

「そう。十年前の学会で撮った集合写真だ。とはいえ、全員が写っているわけじゃないんだけど。それに天文学との合同学会だったから、かなりの人数がいるし」

「ううん」

 美織は失礼してマウスを借りると、一人一人の顔を拡大していく。しかし、美織が見たのは口元だけ。果たしてそれだけで解るのだろうか。いや、史晴と従兄弟関係にあるんだから、どこか似たところがあるはず。

「あっ」

 そんなことを考えながら見ていたら、口元に既視感のある人がいた。年も三十代くらいだ。そして、目元がどことなく史晴に似ている。顔はなかなかのイケメンで、史晴とは違うタイプのいい男だった。

「多分、この人です」

「どれどれ」

 葉月も覗き込んで顔を確認した。そういて、ああ、思い出したと指を鳴らす。だから行動がいちいちおっさん臭いのは如何なものか。仮にも女性だぞ。

「たしかすばる展望台を用いて何か探しているって話をしていたな。そうそう。当時からブームになり始めていた系外惑星。それの研究をしていたはずだ」

「えっ」

 じゃあ、どちらかと言えば天文学寄りの人だったのか。何だか意外。史晴は宇宙論だと思い込んでいただけなのか。

「まあ、宇宙物理学として大きくやっていたのかもしれないな。宇宙関係は観測の変化なんかもあって、あれこれと学問形態が変わりやすいからな。宇宙論一本でやっていなかったとしても不思議じゃないよ」

「そうですね」

 葉月の説明に、美織もそうかと納得した。そしてだからこそ、天文学と合同の学会に出席していたと。

「ま、そいつは占部ほど数学が得意じゃなかったのかもしれないし。今や宇宙論なんて数学なのか物理なのか解らないところまで来てるからな。物理学者なのに数学のフィールズ賞取ったり」

「ああ、そうですね。ペーロンズとか」

「そうそう。ま、それはいいとして、関口伶人。こいつがこの学会の後に行方不明になったんだな」

「ええ。遠洋であった津波にさらわれたそうですが」

「ああ。徐々に思い出して来たぞ。確かその前の週あたりにリュウグウノツカイが沿岸を泳いでたって話題になっていた時期だ」

「じゃあ」

「ま、地震とリュウグウノツカイとの関連性は未だに見出されていないが、地下の変動を感じて浮上してくるのだろうと考えられるよな。地震かあ。ま、こっちは重要じゃないな。そもそも、そんなに大きな津波じゃなかったはずだぞ。その記憶はないし」

「まあ、足をさらわれたって言い方でしたから」

「ふむ。一メートルか二メートルくらいだったってことだな。そのぐらいの津波でも油断していると一気に海にさらわれれるらしいし」

「ええ」

 だから、自殺説も浮上したのかと、徐々に情報が揃ってくるにつれ、伶人の行方不明が不自然だったことが解ってくる。

「海外だと日本ほど津波で騒がないからなあ。記憶にないのかも。津波警報とかないし」

「ええ」

 葉月は記憶にないのは騒がれなかったからだと推測しているようだが、果たして、本当に津波だったのだろうか。そもそも、その情報はどこから来たのだろうか。思えば、史晴はすでに行方不明だが死亡していると捉えていた。これにも違和感がある。

「まだ、何かありそうだわ」

「ほう。椎名の名推理、期待しているぞ」

「いや、期待されても」

 困るんですけどと、美織は苦笑する。しかし、伶人に関してはまだまだ謎が多いと言わざるを得ない。

「どうしてかしら」

 美織は葉月の前を辞しながら、よく解らないなと首を捻っていた。





「ふうむ。そうなのか」

「そうなのかって」

 その夜。カワウソに変化し終え、再び呪いについて考えようとなった段階であれこれ確認すると、史晴はううむと首を、いや、胴体を捻っていた。カワウソは相変わらずプリティで困る。

「叔父さんが確認しに行って、こういうことらしいと説明されただけだから」

「そ、そんなどうでもよかった感じなんですか」

「ううん。俺も受験とか大学入学に合わせて引っ越しとか色々忙しかったからなあ」

「そ、そうか」

 史晴の記憶が曖昧な原因は意外と現実的だった。違和感もくそもなく、大学受験から大学入学と、ドタバタしていた時期だったからこそ記憶が曖昧なのか。

「ああ。叔父さんもあまり負担を掛けたくないって思ったのか、まあ、伶人の時に受験の大変さは解っているわけだし、両親も大変になることも知っているわけで、無駄な情報は省いたんだろうな」

「そ、そうか」

 人生の中でそれなりのウエイトを占める大学受験。それに重なったとあれば、多くは遠慮するかもしれない。

「ということは、津波は嘘かもしれないってことですよね」

「まあな。しかし、宇宙ではなく海にヒントがあるとでも」

「うっ、そうですねえ」

 まだまだすっきり解決にほど遠いかと、魔法使いの正体が解ってもどうしようもないと痛感させられるのだった。

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