第15話 メキシコは関係ある
今日はやけに早く戻ったのは、あの伶人と会ったからだろうか。美織の部屋に着くなり人間に戻った史晴は、コーヒーを飲みながら複雑な顔をしていた。
「伶人は、俺の従兄なんだ」
「い、従兄」
「ああ。そして、彼がいたから物理学者を目指した」
「ああ」
今や魔法使いのその人は昔、物理学者だったのか。そして、海外にいる時に津波にさらわれ、一度は姿を消してしまった。しかし、なぜか恨みを抱き史晴の前に現れた。
「その、どうして恨んでるんですか?それに、科学で証明できないことを望んでいるなんて」
「詳しくは解らないが、彼が津波にさらわれて行方不明になった時、同僚の何人かは自殺ではないかと言っていたのを覚えている」
「えっ」
またまた話がややこしくなりそうだ。美織はコーヒーを飲みながら、どこまで話はややこしくなるのかと目眩もしてくる。
「その頃は、いなくなった十年前はまだ俺も高校生で、どういう事情かは知らなかった。でも、たぶん、伶人は研究に行き詰まっていたんだと思う。それは誰にでもあることだし、何らかの方法で乗り越えられるものだ」
「え、ええ」
「だが、中には絶対的な自信を持っていて、それを乗り越えられない人もいる。伶人も、真っ直ぐで自分のやっていることに自信のある人だったから、自殺の可能性はゼロじゃないな、とは思っていた。でも、今日の感じだと、解らないな。少なくとも、伶人は死んでいなかった」
「それは当然です」
ちゃんと会話をしたし、スーツを着た実体がある。それに学だって目撃しているのだ。伶人は間違いなく生きている。しかし、年齢は変わらず、不可思議な能力を手にれているのも間違いなく、まだまだ説明できない部分ばかりだ。
「そして、なぜか俺の死を望んでいるんだよな」
「ええ。大嫌いみたいな感じでしたね」
「そう、だな」
頷きながらも、史晴の顔が暗くなった。あの台詞は史晴にとってもショックだったのだ。それに気付くと、美織はぎゅっと胸を締め付けられる。つまり、敵が伶人だと解っても、未だにこんな呪いを掛けられた理由は解らないのだ。
「伶人が行方不明になったのは十年前、伶人が三十二歳だったかな。そのくらいの話だ。従兄の年齢なんていちいち気にしてないから、はっきりした年齢は覚えていないんだが、その頃の彼は、一番輝いていたように思う」
史晴は必死に色々と思い出そうと、そんな話から始めた。それだけでも、憧れの人だったことが伝わってくる。たぶん、この思いは美織が普段、史晴に向けて感じているものと同じだ。
「物理学者として、ちゃんと研究に邁進していたはずなんだ。どうして、それが科学を否定することになるんだ。しかも、俺を呪い殺そうなんて」
「さあ」
根本的な部分で理解できないものが横たわっている。だから、そこに疑問を向けると答えは見えなくなってしまう。これでは駄目だ。
「先輩、関口伶人さんについて、詳しく調べましょう。その、海外で行方不明になったということですが、どこですか?」
美織は何故と問うのを止めて、まずは伶人の情報を整理していこうと提案した。未だに史晴が混乱し、困惑しているのは解っている。でも、それでは解決からどんどん遠のくだけだ。
「そう、だな。伶人が行方不明になったのは北米のはずだ。学会で訪れていた先で津波に遭ったんだ。あれは、メキシコだったかな」
「それって」
「ああ。今、叔父さんが行っている場所だ。俺も迂闊だった。もともと、旅行の好きな人だから、別に理由なんてないって思ってたが」
まさかのあのアパートの大家である叔父さんの行き先と繋がるとは。ということは、叔父さんは何か情報を得てメキシコに行ったということか。
「そうかもしれない。何とか連絡を取ってみよう」
「お願いします」
先ほどまでとは違い、史晴の目には力が戻っていた。目の前に現れたのは伶人で間違いなく、そして何かがあるのだと、はっきり理解した顔をしている。
「それと、伶人は俺たちと同じく宇宙論を研究していた」
「じゃあ、論文を調べるのは簡単そうですね」
「まあね」
「何か、引っ掛かるんですか?」
「神だよ」
「――」
まさかそこでその話題に戻るのかと一瞬思ったが、確かに宇宙論をやっていたのならば、西洋における神を考える機会は多い。というより、海外の研究者が好んで表現として用いるので、慣れてくるというべきか。
「もし、本当に神がいるのだとして」
「ええ」
「伶人は、何かに触れてしまったのだろうか」
「え?」
「奴は魔法使いという立場になっているのだと仮定して、それって海外だと悪魔に魂を売り渡したってことだろ?」
「ええ、ああ、そうみたい、ですね」
すみません、詳しくないですと、美織は小さくなる。すると史晴も詳しくないよと苦笑した。
「ただ、このトンデモ状況を理解するには、どうしても超自然的な存在を仮定するしかなくなる。多分、それが伶人の言う科学的に証明できないことなんだろうね」
「――そうですね」
でも、それを認めてしまったら、史晴はこのままカワウソになってしまい、そのまま死んでしまうではないか。美織はこの理不尽さを脱出するにはどうしたらいいのか解らず、コップをぎゅっと握りしめていた。
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