第13話 魔法使いは朝方に現れる!?
「ああ、美味かった。じゃあ、450円分の働きをしないとね」
味噌ラーメンをスープまで平らげ、学は考えてみようと仕切り直した。それにしても、わざわざ値段を言わなくてもいいのでは。美織はまだ麺を啜りつつ、この人ってよく解らないなと思った。
そもそも、見た目も活発そうで物理学者には珍しいタイプだ。どちらかというと生物学とか地学とか、フィールドワークをしていそうな雰囲気がある。
「頼むぞ。酒井からは清野という同級生が絡んでいるのではという話だったが、残念ながら一昨年に亡くなっていることが判明した」
「へえ。人間、何があるか解らないね。人生百年時代なんて言うけど、よく考えたらずいぶんと無責任な予測だ。今、八十代の人々はそうかもしれないが、はて、俺たちはどうだろうね。災害の規模も年々と大きくなり、大地震のリスクは迫っている。さらには環境破壊も続き、果たして俺たちが八十になる頃、日本は存在しているんだろうか」
史晴の言葉を受けて、つらつらとそんなことを言う学に、それは今はどうでもいいとツッコミを入れた。お、史晴もツッコミを入れることがあるんだ。美織にとっては新たな発見だ。
「まあ、その清野さんも台風のせいだったらしいけど」
「へえ。怖いよな、ここ最近の台風とか大雨とか。俺の実家も浸水したんだよね」
「それは大変だったな。って、だから災害の話はいいんだ」
「へいへい。で、地味な嫌がらせをする奴か。となると、研究者仲間を疑うのが一番じゃないか。それこそ、酒井とか」
「毎日十時間近くも一緒にいるのに、いつ嫌がらせを発動するんだ?」
「ああ、そうだな。あいつが腹を立てたのだとすれば、速攻で膝かっくんくらいやってくるだろうし」
「――それはそれで遠慮願いたいな」
はあっと、史晴は大きく溜め息を吐き出す。しかしこれ、やっぱりカワウソになるって部分を話さないとどうにもならないのでは。そんな感じだ。が、言葉で説明したところで理解される内容ではないし、あまり多くの人に知られるのもどうなのかと悩む。
それに、これは寿命に関わる問題だ。さっきの話じゃないが、いつ死ぬかも解らない。そんな恐ろしい呪いの存在を多くの人に知らせていいのか。それさえ解らない。
「ストーカー行為とかはないわけ?」
美織が深刻な顔をしている間に、学は他はないのかと訊いてきた。
「ストーカーは」
そこではたと、あの魔法使いを思い出した。この謎の人物を目撃していないか。学に確認するチャンスだ。
「怪しい人っていうか、謎の人がいて」
「なになに?」
美織がそう言うと、学が身体を乗り出して食いつく。やっぱりこの人、よく解らない。
「中折れ帽を被っていて三つ揃いのスーツを着ている人なんですけど」
「え?それってお爺さん?」
「いえ、先輩たちと同い年か少し上くらいです」
「ううん」
いたかなと、学は腕を組む。しかし、すぐに思い当たることがあったらしい。
「その人、よく朝方にいる人じゃないか?出勤途中なんだろうって思ってたんだけど」
学の言葉に、そうだと今度は史晴が身体を乗り出す。学はマジで、あの人がストーカーなのと驚いた。
「いや、ストーカーなのかどうか。まだ確定的ではないが」
「へえ。だったらよく朝の六時か七時くらいに校門の近くにいるぜ。とはいえ、いつもそこから駅方向に歩いて行くから、通勤途中って可能性は高いんだけどね。ああ、ついでに史晴が来ないか、それを見張ってるわけか。で、チャンスがあれば何かしてやろうと。何者だろうね。ゲイのストーカーか?」
「それはそれで困る話だ」
史晴は顔を顰めたが、頻繁に目撃されていることが引っ掛かったようだ。そして、史晴は呪いのせいで朝方、まったく身動きが取れなかった。出会っていなくても不思議ではない。
「確認しますか?」
「そうだな。君がいれば確認できる」
史晴と美織がそう言って頷きあうので、何々と学は交ぜて欲しそうにする。が、ここから先は遠慮してもらわなければ。それに、そいつが魔法使いだった場合、学には戦力として残っておいてもらわないと。美織は何故か、そう考えていた、これは、体力ありそうだなと思ってしまったせいだろう。
「参考になった。これをやるから、また何か思い出したら教えてくれ」
史晴はそう言って、なぜか懐からタケノコ型のチョコ菓子の箱を取り出して学に渡すのだった。
「陣内さんってタケノコ派なんですか?」
翌朝。少し早めから見張っておこうと、美織は朝の五時半から大学の門の前にいた。そして、美織が肩から掛けているカバンの中には、カワウソ姿の史晴が潜んでいる。
「いや、キノコ派だった気がする」
「そうですか」
「俺がタケノコ派なんだ」
「今度、買っておきます」
「ああ」
そんなお菓子の話題で時間を潰しつつ、中折れ帽の男を待つ。スマホを構え、美織はそいつの姿を撮影するつもりだ。
今日のところは姿の確認。そして写真を撮ることが目的だった。彼が本当に魔法使いなのか。それとも人間でありながら、そういう妙な技が使えるのか。それを、写真を撮ることで追跡の手掛かりにしようとしている。
「そろそろ六時か?」
「ええ」
史晴の確認に、美織は頷いた。そして視線を道路へと向けた時、ついに中折れ帽の男の姿を目撃したのだった。
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