第12話 カワウソが住むのは?

 神を想定して考えなければいけないかもしれない。そんな事態に、美織はううんと腕を組んで悩むしかない。

 やっている学問からすれば、そういう想定は妥当なのだ。しかし、学問と呪いは別物だと思う。いや、別物でなければ困る。

「ああ、もう。私の頭が悪いのかなあ」

 あまりに突飛なことばかりで、ううんと美織は自分の席で唸ってしまった。というか、清野が死んだことを史晴は知らないのだ。そして、情報をくれた裕和もまた、死んだことは知らない。

「どうしてだろうっていうのは愚問か。いくら同じ研究室だったとはいえ、卒業してもう六年は経ってるんだもんね」

 大学院に進学し、こうやって研究室に残っていたのだったら、当然二人も知っていただろう。しかし、今や関係のない人となっていた清野のその後を知らないからといって、二人が薄情なわけじゃない。

 それに葉月は指導していたから知っていたわけで、そして、あえてみんなに知らせる必要はないと判断していただけだ。これも、今は研究室には関係ないからという判断だろう。

 つまり、記憶に残っていない人なのだ。この研究室にとっては過去の人。かつていたけど、それで終わりの人だった。それは、珍しくはない。美織の同級生たちだって就職した人は何人もいる。そういう多くの人たちと同じなのだ。

「恨むのかなあ」

 この場に残れなかったことを、清野は恨んでいたのだろうか。それが解らないうえに確認する術がない。これも困る要因だ。

「どうした?」

 うんうん唸っていたら、自分の研究が一段落したらしい史晴が声を掛けてきた。そこで、手早く清野のことを伝える。

「死んだ?」

「ええ。一昨年の台風で」

「そう、か」

 史晴は僅かに眉を寄せ、災害では仕方ないなと首を振った。

「それも増水された川に流されたとか」

「何?」

 しかし、それが川に流されたのだと知って、驚いた顔になる。

「あの」

「い、いや」

 しかし、場所が研究室だからか、何でもないと手を振って言うことを止めた。が、それはそれで美織が気持ち悪い。すると、史晴は仕方ないなと顔を近づけてきた。そのさりげない行動にドキッとしてしまう。

「お前、気付かないのか。カワウソがどこに住んでいると思う?」

 が、囁かれたの愛の言葉ではなく、当然のようにカワウソに関して。そして、あっと、美織も気付く。

「まさか。カワウソが採用されたのは」

 川に住んでいる動物だからってことか。いや、そんな安直な。

「一つの繋がりってだけだ。それにまだ、清野が関わってると決まったわけじゃないしな」

「そうですね」

 死んでいたという衝撃情報に引っ張られてしまうが、まだ犯人だと決まったわけじゃない。もう少し情報を集めなければ。

「そうだ。それに陣内を学食に呼び出したんだ。行こう」

 そして史晴は、お前を呼びに来たんだったと、そう学食に誘ったのだった。





「うわっ、珍しい。お前が女の子を連れてくるなんて、天変地異の前触れか?」

「――」

「――」

 この間、裕和も似たような反応をしていたなと、史晴も美織も固まってしまう。とはいえ、この陣内学の反応の方が酷いのだが。

「ちょっと協力してもらっているだけだ。実は嫌がらせを受けていてな。その原因を探っている」

 史晴はラーメンを奢ってやるからと学に提案する。するといいだろうと学も頷いた。二人の関係はどうやら裕和の関係とは違うらしい。男子ってこういうところが面倒よねと、美織はそんなやり取りを見て思った。

「にしても嫌がらせねえ。どんな?」

 味噌ラーメンが三人の前に並んだところで、学はそう訊いてくる。すると、何とか説明しろと史晴は美織を見てきた。おい、そのための要員か。

「本当に地味なんですけど、嫌なやつです。カレーせんべえ入りの手紙が郵便ポストに入っていたとか、靴に画鋲を仕込まれたとか。ともかく、先輩のことを恨んでいるのか妬んでいるのか。そういう人の仕業だと思うんですけど」

 ええい、ままよ。そう思ってでっち上げた嫌がらせはどう考えても小学生レベルの嫌がらせだった。しかし、それが意外とリアルさを生み出したようで、学は同情してくれた。

「それは嫌だな。俺も落ちてた画鋲を知らずに踏んだ経験があるんだが、悶絶するね」

「ああ」

 史晴は平然とした顔で同意している。いや、色々とツッコめ。

「画鋲ってなかなか踏まないような」

「ああ。俺の場合は部屋のカレンダーを止めてた画鋲が取れててね。風で煽られて外れてやがったのよ。それに気付かずってやつぐさっと。家の中だったからさ、まさか画鋲が落ちてるなんて思わずに」

「なるほど」

 と、奇妙な体験談を聞き出すことになったが、美織はうまく同情しやすい話題を振れたというわけだ。

「それで、地味な嫌がらせやらこれから壮大な嫌がらせをしそうな奴って知らないか?」

 史晴はずうずうとラーメンを啜りながら、自分のことなのに他人事のように訊いた。本当に解決する気はあるのだろうか。もはや自分が味噌ラーメンを食べたかったとしか思えない。まあ、カワウソには難しい料理の一つだけれども。

「壮大な嫌がらせってなんだよ?お前の机でも爆破する気か?」

「ま、そういうのでいい」

「いや、よくねえからな。ううん。でも、お前を恨んでいる奴だろう。どうだろうな。少なくとも俺は、お前なんて恨むだけ無駄だって思うけどねえ。暖簾に腕押しっていうか。よほど気になって仕方ない嫌がらせじゃないとなあ。って、それが画鋲とカレーせんべえか。まあ、地味に嫌だけど。ううん」

 学はそう唸ると、ちょっと先にラーメンを食わせてと、食べることに集中するのだった。

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