第7話 聞き取り調査をしましょう
結局、史晴には全く心当たりがないらしい。打つ手なしだ。しかし、このまま手をこまねいている訳にはいかない。
「原因を探さないと駄目ですよね。やっぱり」
本人は無自覚のまま、それも今ひとつ何も思いつかないまま。これでは先に進まない。カワウソになって売り飛ばされてしまう。
美織は何か手掛かりはないかと探すことにした。女子力を活かせると葉月に太鼓判をもらったことだし、何か出来るはずだ。そこで、何か知っているだろう人に話を聞くのはどうか。まずは史晴をよく知る人を紹介してもらおう。そう思って史晴に提案すると
「そうだな。学部生の頃から仲がいいのは、同じ研究室の酒井かな。他でいうと、隣の研究室の陣内かな」
と、カレーを食べ終えて満足な史晴は教えてくれた。同じ研究室の酒井は美織も知っている。眼鏡を掛けていていかにも理系男子という人物だ。フルネームは酒井裕和。こちらはすぐに話が聞けるだろう。問題は接点のない陣内か。しかし、話を聞かないことには呪われるきっかけさえ掴めない。
「あれこれ話を聞いてみましょう」
「そうだな。若い女に声を掛けられて喜ばない男はいない。椎名、いいところに目を付けたな」
葉月はそう褒めてくれるが、なんか微妙に嬉しくない。史晴はどう思うのだろうと視線を向けたが、ノーリアクションだった。ちょっとは嫉妬して欲しかったなという気持ちは、ぐっと抑え込む。
「隣の研究室っていうと、先生は?」
「徳井教授だな」
その答えに、ああ、あの先生かと美織はかつて量子力学の講義をしていた徳井卓哉の顔を思い浮かべた。それほど喋ったことはないが、話し掛けにくいタイプではなかったはずだ。何とかなりそう。
「じゃあ、二人に話を聞いてみます。本人は気付かなくても、客観的に見ている人は何か気付いているかもしれないですから」
「ああ、頼む」
史晴に頼むと言われ、一気にテンションの上がる美織だった。
「え?学部生時代の占部のことを教えて欲しい。いいけど?」
で、研究室にて早速裕和を捕まえると、怪訝な顔をして美織と史晴を見比べた。そう、なぜか史晴も聞き取りに同行すると言い始め、現在、研究室では間抜けな空気が漂っている。本人が自分のことを教えて欲しいって、どう考えても間抜けだ。しかも記憶喪失でもないのに。
「どうしても思い出せないことがあるんだ。協力してくれ」
そして史晴、こうなることは予測済みだったようで、そう言ってぺこっと頭を下げた。ううむ、何だか新鮮。それは裕和も一緒だったようで苦笑している。
「いいぜ。お前に頼りにされるのは悪くない」
「そうか」
にやっと笑う裕和に、史晴はほっとしたようだ。突っ込まれて理由を聞かれたらどうしようと緊張していたらしい。
「で、何を忘れているんだ?まさか忘れている内容も忘れているとか」
「そのとおりだ」
「マジか」
冗談のつもりで言ったことに、さらっとそのとおりと頷かれ、裕和は難しいことを言うなと天井を睨む。
「その、占部先輩って完璧すぎるじゃないですか。そのことを恨んでいた人とか、いませんでしたか?」
何か助け船を出さないと。そう思った美織が訊くと、まあ何人かはいたなと頷いた。
「やっぱり」
「本当にいるのか」
納得する美織と違い、納得出来ないと史晴は不平を漏らす。それに、裕和は思いきり苦笑した。
「なるほど。この調子じゃあ色々と忘れていそうだな」
「ということは、恨まれるようなことが多数?」
「ま、恨みってのがどの程度かは解らんけど、占部の才能を羨む奴は一杯いたね。ついでに、そのイケメンである顔とか、すらっと長い脚とか」
「それは――モテたいってやつですね」
「そうそう」
にししっと笑う裕和は楽しそうだが、史晴は非常に理解できないという顔をしている。そういえば、こんなに完璧な外見を持っていながら、史晴が女の子を連れて歩いているところを見たことがなかった。
「それは俺も。だから椎名と一緒にいるってのにビックリだよ。何?付き合ってるの?結婚するんだったら結婚式には呼んでくれよ。親友代表でスピーチするから」
「ち、違いますっ」
気の早い、というか、恋人になれるかどうか以前にカワウソになることを回避しなければならないのにと、美織は真っ赤な顔をする。
「そんな馬鹿な関係ではない。俺たちは共に戦う仲だ」
でもって史晴、何だかずれたことを言ってくれる。それに、裕和は呆れたようだ。
「いつでも相談してくれよ。こいつのずれた感覚に慣れるのには時間が掛るんだ。ま、それがモテない原因だよな。いくら顔が良くても疲れちまうんだろう。誰だったかな。昔、頑張って仲良くしようとした女の子がいたんだよ。その子も、最後には疲れ果てていたような」
「そ、それ、誰か思い出せますか?」
有力情報と食いつく美織に、そんなことを知ってどうするんだという顔の裕和だ。明らかに最初のやり取りを忘れている。
「あのですね。占部先輩、昔誰かに恨みを買ったらしくて地味な嫌がらせを受けてるんです。それを特定したいんですよ」
ということで、カワウソに変わる部分は伏せてそう説明した。すると、なるほど、それで自分のことを知りたいって話かと裕和は納得してくれた。
「それだったら、清野って子だよ。でも、どうだったかな。大学院には進学してないから、今は普通に働いてるんじゃないの。恨んで地味な嫌がらせをする暇はないと思うけど」
と、一つ情報が出て来たのだった。
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