第6話 カワウソにカレーは難しい

「呪われる原因か」

 昼過ぎ。久々に人間に戻って時間が出来たので銀行に行ってきたという史晴は、学食で美織と葉月に挟まれて昼食を食べながら、器用に首を捻った。それは昨日と変わらず、何の心当たりもないことを示している。

「お前の場合は物言いがきついからな。それで恨まれた可能性はあるぞ」

 もぐもぐとナポリタンを咀嚼しながら、葉月がそんな指摘をする。

「先生には言われたくないんですけど」

 すると、史晴からしっかり言い返された。が、それは一睨みで黙らせてしまう。今は自分の話じゃないということか。

 そんな史晴はカレーライスを食べていた。これは人間姿じゃないと難しい食べ物だからというのが選択理由。美織はサンドイッチだった。

「でもまあ、そういう些細なことがきっかけって可能性はありますよ。人間、恨むと怖いですからね」

 美織が気を取りなすように言うと、そういうものなのかと史晴は納得出来ないようだ。

「そうそう。嬉しい出来事よりも恨みの方が記憶に残っていたりするからな。私も、かつて学会でされた仕打ちは忘れていない。いつか奴に復讐してやる」

「――」

 でもって葉月。同意してくれるのはいいのだが、恐ろしいことをさらっと吐かないでもらいたい。現に呪われている史晴は、顔を真っ青にしていた。

「なんでお前が青くなるんだよ。それに私はカワウソにしてしまうなんて、そんなメルヘンな方法は採らない」

「で、でしょうね」

「学会での恨みは学会で晴らすのが妥当だろう。人の理論を虚仮にしやがって。いつかあいつの理論を粉砕してやる」

「――」

 だから、いちいち怖いですと美織は肩を竦める。が、このくらいの気の強さがないと学者なんてやってられないのも事実だが。

「つまりは、こんな感じで俺も恨みを買っていると」

 で、史晴。ようやく自分がどこかで勝手に恨まれている可能性があることを実感出来たらしい。いやはや、いいのか。他の例がこれで。

「ま、まあ、どこかで恨みを買っている可能性があるってことですよ。そもそも先輩、どうしてカワウソになる呪いを掛けられたんだと思います?」

「――たまたま通りかかったから」

「な、なぜ通り魔扱い」

「そうだな。不自然だな。だからまあ、恨まれたんだろうとは思っている」

 思ってはいるけど、実感はゼロのまま。それが史晴の正直な気持ちというわけらしい。なるほど、確かにそうだろう。だからこそ、心当たりがないままなわけだし。

「殺したいほど恨んでいるんだろうな。しかも、苦しめて殺したいほど。でも、俺は、誰がそんなことをしたのか、解らない」

 史晴はカレーをスプーンで掬いつつ溜め息だ。そう、恨みとしてはえげつないくらいのもののはずだ。それに心当たりがないというのは、非常に不自然ではある。

「すれ違った男に見覚えはないんだったな」

「はい」

「ということは、呪いを掛けたのはそいつだとしても、恨んでいる奴に依頼されてやったのかもしれないな」

「あっ」

 葉月の指摘に、そうかと美織と史晴は驚いた。てっきりそのイケメン魔法使いの仕業かと思っていたが、依頼されたとなればもう少し追いやすい。

「しかし、誰に」

「そ、そうか。その男の人じゃないとしても、か。女の子かもしれないってだけですもんね」

 頭を抱える史晴に、可能性が広がっただけで何も絞り込めていないと気付く。

「女子ね。たしかに呪いの種類としては女子っぽいよな。カワウソだし」

「いや、どうでしょう。女子の方が、こういうのってえげつなかったりしませんか。丑の刻参りとか」

「ああ、藁人形か。ううん」

「――どっちにしろ怖い」

 真剣に呪いについて議論する二人に、呪いを掛けられている史晴がドン引きだった。ともかく、呪いとはえげつないものだとは解る。それを見て取って、葉月と美織はこほんっとわざとらしい咳払い。脱線していた。

「ヒントは呪いを掛けられた時期だろうな。一年前だ。その前に何かがあったのは間違いない」

「ううん。となると、私が研究室に入ったばかりですね」

 一年前の四月、美織はようやく卒業研究をするために葉月の研究室に所属した。そこから怒濤のような日々と大学院受験があり、ともかく大変だったことを思い出す。そう考えると、美織は呪われた状況を知りようがない。そして今、七月。大学院修士一年目は、なぜか呪いとともにあった。

「もしあの男が依頼されただとすれば、恨みは一年以上前ってことになるか」

「――」

 史晴の指摘に、さらに前では私は無理と美織は暗くなる。せっかく、憧れの史晴の手伝いが出来るというのに、原因解明には役立てそうもなかった。

「ま、長期的な視点が必要ってことだな。もし犯人が女子ならば、この椎名に頼めばいいんだ」

「え?」

 しかし、落ち込む美織に、葉月はそんなことを言ってくる。一体何故。

「だって、女子トークが出来るのはお前しかいないだろ。理系のそれも物理をやっているわりには女らしいし、今時の女子たちについて行っているだろうからな」

 そんな葉月の指摘は、嬉しいような悲しいような。ともかく、捜査段階では役立てそうだ。それに美織はちょっと元気を取り戻していた。

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