第5話 女子たちの結託

「えっと。あれこれ調べてはいるんですよね」

 ともかくと、美織は質問する。すると、葉月は机の上に載っている書類の山の一角から、これだと紙を取り出して美織に渡す。

「血液検査や精密検査の結果ですね」

「ああ。医者と獣医師を言いくるめて、検査してもらったんだ。結果、人間である占部とカワウソである占部は健康体だった」

「え、ええ。昨日聞きました」

 健康である事は知っている。そうじゃなくてと、美織はこめかみを指で押えていた。

「そう。何か違いがあれば解るんだが、どうやらあの変化は完璧に違うものになるらしい。それは証明されたわけだよ」

「完璧に違うもの。つまり、先輩は完全なカワウソになっているってことですね」

「そのとおり。そこで疑問なのは単なる変化ではないという事実だ」

「――」

 何だか難しいなと、美織は必死に考える。単なる変化ではない。完全に変わっている。つまり、人間としての構成要素が残っていないということか。

「そうだ。記憶だけが引き継がれている状態ってことだな。尤も、今後もカワウソである時間が長くなる場合、奴が人間としての記憶を保持し続けられるか。これは疑問だ」

 葉月の指摘に、美織も顔を強張らせて頷いた。

「先輩も言っていました。完全なカワウソになってしまうかもしれないって。それってつまり、人間だった頃の記憶が消えちゃうと」

「ああ。そして、カワウソ姿の奴はカワウソとしてもそれ相応の年を取っている。これは検査で解ったことだけどな。つまり」

「死んでしまう」

「ああ」

 そこで、あの史晴の発言に繋がるのかと、溜め息が漏れてしまった。死ぬというのは何も直感的なことだけではなく、データとしても示されているのか。

「カワウソの寿命は十二年から十五年くらいらしい。大きさからしても犬や猫と変わらないからな。まあ、妥当な数字だ。そして、検査した獣医師に言わせると、占部のカワウソ姿は七歳くらいにはなっているそうだ」

「――」

 それってもう半分以上過ぎているということか。美織はあまりのことに、検査データの紙をぎゅっと握りしめていた。

「そう。現実的に考えても占部に残されている時間は少ない。だから、問題解決に戦力が増えるのは喜ばしい」

 そんな美織を落ち着けるように、葉月はそっと美織の手に手を重ねて言う。その温かさに、美織は少し落ち着いた。

「解りました。でも、先輩はこの問題を棚上げしているっていうか、諦めてしまっているいうか」

「そう。それが一番の問題だ。さすがに私に秘密を明かした時はまだやる気があったんだがな。ここ二か月で諦めモード全開だ。その代わり、今やっている研究をなんとか完成させようとしている」

「そんな」

 確かに昨日も、遅くまで研究していてタイムリミットを迎えたと言っていた。つまり今、史晴は呪いに関して何もやっていない。それは、昨日の夜の態度からも薄々気づいてはいた。

「ま、お前を引き入れたんだ。完全に諦めたわけじゃないだろう」

「私の場合、たまたま知っちゃたんですけど」

「そう言うな。ともかく事情を総て話したんだ。解決してほしいと、どっかで願っているんだろうよ。だって、それは当然だろ?呪いが解ければ、奴は研究を続けられるんだ」

「あっ」

 それはそうだ。今、呪いが解けないから寿命が極端に短くなっているだけ。これさえ解決できれば、今まで通りに研究者として生きていける。

「ただ、この呪いの手掛かりがなくてな」

「かっこいいお兄さんに掛けられたんですよね」

「そうなのか?」

 葉月がきょとんとするので、昨日聞き出した魔法使いの特徴を教えた。すると、葉月は聞いていないぞと憤慨する。

「そ、そうなんですか」

「ああ。ただ男に呪いを掛けられたらしいとしか言わなかった。よし、そういう男の目撃情報がないか、探してみよう」

「はい」

「それと、呪われる理由だな」

「ええ。先輩の感じからして、無意識に誰かに恨まれているって感じですよね」

「まあな」

 それは同意できると、葉月は顎を擦った。おかげでノーヒントだと、これも困った要素である。

「となると、同じ物理学者の誰かとか」

「それは妥当なように思えるが、あまりにあり得ない」

「ですよね」

 もし物理学者が恨んでいるのならば、もっと他の方法を用いそうだ。それこそ別の時空に飛ばすとか、SFのような手段を使うに違いない。が、史晴に掛けられたのはカワウソに変わってしまう呪いだ。

「なんで、カワウソなんでしょう」

「さあ。流行っているからじゃないか。おかげで輸入が禁止されたくらいだし」

「――う、売り飛ばす気ですか?」

「かもしれん」

 より最悪な事態を想像してしまい、美織はひょええと肩を竦める。確かに今後、高価になるのが見込まれる。そんなカワウソにしてしまって、自分は利益を持ってとんずら。完全にカワウソになった史晴は誰かのペットとして生涯を終えてしまう。

「だ、駄目よ。そんなの絶対に駄目」

「その意気だ。頑張って呪いを解くぞ」

「おー」

 こうして、なぜか史晴以外がやる気満々なのだった。

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