第3話 大変な呪い
「し、死ぬって大変じゃないですか」
そんなさらっと可愛い姿で言ってる場合じゃないですよと、美織は思わずカワウソを掴む。
「く、苦しい」
「あ、すみません」
思わずぎゅっと握ってしまっていたと、美織は手を緩める。しかし、呑気なことは言っていられない。何かヒントはないかと、カワウソ史晴の身体を触りまくる。しかし、どこからどう見ても、そしてどう触ってもカワウソでしかなかった。いや、カワウソに触れたのは人生初めてだったけど、想像通りの手触りだった。
「カワウソだ」
「当たり前だろ。これでどこか人間の部分が残ってる方が怖い。頭脳と喋る能力は残っているが、他はカワウソだ」
史晴はいいように揉まれてうんざりした顔をしている。そして、自分でもあの手この手で確認したと、そう溜め息だ。
「そ、そうですよね。もう、この姿になって一年」
「ああ。長かったよ。どんどん人間じゃなくなるんだ。怖かったし。もう、一年も過ぎてしまった」
「――」
そうだ。さらっと死ぬと言う史晴だが、その運命を受け入れるまでにどのくらい時間が掛ったのだろう。眠れない日だって多かったに違いない。いや、今だって限界まで研究しているくらいだ。ほぼ、寝ていないのだろう。
「先輩。研究している場合じゃないですよ。元に戻る方法を探さないと」
「解ってる。しかし、手掛かりは何もないんだぞ。科学的方法でどうにかならないかと、それは探しているが、他はどうしようもない。運命を受け入れて、自分のやりたいことをやるしかない」
「か、科学的方法」
この非科学に科学で対抗しようとしているのか。何とも史晴らしい。しかし、それってどういう方法なのか。
「加藤先生に事情を話し、血液検査や体組成を調べている。が、人間である時は人間、カワウソである時はカワウソであるという、見たまんまの結果が得られた。意外にも健康状態はいい」
「ま、まあ、そうですよね。先輩がこんな変なことになってるなんて、全く気付きませんでしたし。って、加藤先生は知ってるんですか?」
「ああ。事情を話し、変化をするところを見せたら、面白いと乗ってくれた。ま、あの人らしいよな」
「そ、そうですねえ」
二人が所属する研究室の教授、加藤葉月は変わった女性だ。物理学者をやっているという時点でかなりの変わり者だが、しかも女性。これだけでも十分に強烈キャラだ。が、さらに葉月は男勝りで、さらに謎は解明しないと気が収まらないタイプ。こんな超常現象を目の当たりにすれば、そりゃあ解明しようじゃないか乗ってくるだろう。
「医学的に差異は証明できなかった。というより、繋がりを証明できなかった。が、現実に変化している以上、何らかの手掛かりがこの身体にあるはずなんだけどなあ」
後はどうしようと、史晴は頭を掻く。が、カワウソがやるので可愛くて仕方ない。
しかし、手掛かりはどこにもないらしい。これは困ったことだ。
「あとは分子レベルですかね」
「ああ。それは加藤先生と進めている」
「遺伝子検査とか」
「ああ。それもやってる」
「となると、呪いそのものを調べるくらいしか」
「だが、この呪いがなんなのか。まったく解らないんだぞ。あの男の正体も不明で、目的だって解らない。そもそも、俺はどうして呪われたんだ?」
きゅっと、つぶらな目で美織を見つめてくる。何か心当たりはないかと見つめられても、美織にとって史晴は憧れの先輩。完璧な人でイケメンで、そして妥協をしない人。まったく呪われる要素なんて思いつかない。いや、それを妬む人間はいるのでは。ううん。
「駄目です。呪われるとすれば、完璧すぎてムカつかれたとか」
ということで、思ったままをぶつけてみた。すると、ただでさえ丸いカワウソの目がもっと丸くなる。
「完璧?俺が?」
「ええ。まさか、無自覚なんですか?」
「――」
沈黙がもはや答えだ。どうやら史晴には完璧人間である自覚はないらしい。これは駄目だ。一回総てをちゃんと検証すべきだろう。
「先輩。まず、根本的に恨まれる可能性はなかったか。これを検証してみましょう。それと、今日は遅いから寝ませんか?」
「で、でも」
「焦って身体を壊したら、それこそ死んじゃいますよ。しかも人間とカワウソを行き来する状態です。病院だって困ります。先輩、今後もずっと研究を続けたいんだったら、ちゃんと休憩すべきです。私も手伝いますから」
両手に載ったままのカワウソ史晴に向け、美織は真剣に言っていた。先ほどまでの会話でも気になっていたのだが、明らかに史晴は休むことをしていない。それでは駄目だ。解決からも遠のいてしまう。もちろん、焦る気持ちは解るし寝るのが怖いのも解る。
そんな美織の真剣に心配する目に、史晴もようやく折れることにしたようだ。
「そ、そうだな。お前がいるなら、緊急事態が起っても大丈夫か」
「き、緊急事態なんて不吉なことは言わないでください」
しおらしく言う史晴に、発想がネガティブと美織は項垂れる。いや、当然なのだが、そういう発言をする史晴というのが想像できなかっただけに衝撃だ。が、それはこの呪いの問題の大きさを示している。
一年間。途中で加藤が加わって手伝ったとはいえ、一人で葛藤していたのだ。精神的にも辛くなっているに違いない。
「私が先輩を支えます。必ず、カワウソの呪いを解いてみせます。だから、今日は寝ましょう」
「――ああ」
優しくカワウソの頭を撫でると、史晴は安心したように笑い、目を閉じたのだった。
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