最終話 決着

「力を得たとはいえ、恐らく埒が明かない闘いになるであろう。全力でいかせてもらう」


 と言った黒龍ゲオルクは空で留まるのを止め大地に降り立つと、直上に黒い雷雲が立ち込めてきた。


「しかと認めるがいい!ブリュニーが持つ創造の力を!」


 稲光が激しく明滅し、呼応するようにゲオルクが天に向かって雄叫びをあげると、一筋の雷がゲオルクを穿った。そのショックのせいだろうか、ゲオルクの巨体がみるみると小さくなっていく。黒い鱗に覆われた皮膚は鳴りを潜め、肌色の人型に、しかし神であるならば誰もが知る姿へ形を変えた。梨愛は驚愕する。


「まさかそんな…!」


 少年のようなあどけなさはあるが端正な顔立ち。隻眼で右目の眼光は刃のごとく鋭く、その圧は膝を折ること容易く、忠誠を捧げることに一切の躊躇いなし。神金属オリハルコン製の黄金の鎧を身に着け、手には“ヴァルキュリア”を麗容とすればそれに威厳を組み合わせた“神王槍グングニル”を持つ彼の名は。


 ――オーディンさま!!――


「どうだヴァルキュリア?ブリュニーの力をもってすれば……貴様らアース神族の頭領あるじオーディンにだってなれるのだよ」


「……驚いた。声までオーディンさまなのね」


「これもブリュニーの為せる業である。さらに!」


 ゲオルクはグングニルを地面に突き刺すと、両腕を広げ、纏通エーテルを発動。白い炎で輝く2匹の蛇を絡ませた。その煌々とする様相をゲオルクは恍惚の表情で見ていた。だから気づかなかった。


 突風がゲオルクの感情をさらっていくように吹き抜けた!


 直後、2匹の蛇が真っ二つに切断され、断末魔の叫びをあげながら消滅した。


「昔、オーディンさまに教わったの。蛇は熱を持たない内に斬れってね」


 と背後から聞こえる梨愛の声にゲオルクはぎょっとして振り返ると、余裕そうに“ヴァルキュリア”を持て余す梨愛がいた。編み上げ靴の底からは白煙がたゆたっていた。


「ヴァ、ヴァルキュリア、貴様……」


「あんたは致命的なミスを2つもおかしている」


「なんだと。オーディンの力を手に入れた余に間違いなどあるはずがなかろう」


「ひとつめは神は絶対じゃないわ。力で神格を決めているわけじゃないもの。強さでいったらオーディンさまはいいとこ7番手あたりかしら、神界アスガルトにはオーディンさまよりも、梨愛よりも強いヒトがいるし。決めつけちゃったわね」


 と言いながら、梨愛は神界アスガルトでも人間界ミッドガルトでも遊んでばかりいるフォルの事を少しだけ妬ましく思った。


「そしてふたつめ。これが命とりだったわね」


「……………」


「確かにあんたはブリュニーの泪を手に入れた。本当に、梨愛も欲しかった。でもねあれって、ニセモノよね?」


「偽物であるはずなかろう!現にオーディンの姿をしている余をどう説明するのだ」


のよ。ヒトを信じているから殺しましたってそんな理屈、死界ヘルヘイムでしか通用しないわよ。それとあんたさっきから、左目がトカゲのままよ?さっさと直したら?」


 バカなといいつつゲオルクは左目をさすると、左目を封じていた眼帯は切られて風に飛ばされており、黒い竜鱗の気に障るごわつきがゲオルクの怒りをふつふつと呼び起こした。ゲオルクの身体を轟々とした青い炎が包み込む。梨愛はこれが最後の戦いになると予想した。


「やはり新世界創造は殲滅に限る。神はひとりでいいのだ。醜くも人間界ミッドガルトにへばりつく神など、路傍の石より役に立たぬわ!」


「あんた、自信持って自分が誰かって言える?」


「この期に及んで何を今さら。そうか貴様、ようやく観念したか。ならば最後にもう一度名乗ろう。余は黒龍ニズヘッグと融合し、さらに、ブリュニーの泪を飲み込むことで神をも上回る力を得た最強の神、ゲオルク・ヴィルヘルム・フォン・ヤッツンバッハである!」


「やっぱり全然わかってないわね。力を失くして初めてわかった、梨愛、ひとりじゃ生きられないんだって」


「だから追い求めるのだ、認めさせるのだ。力を!偉業を!」


「じゃあその力、全力でぶつけて来なさいよ。勝った方が真理よ!」


「無論だ!天地崩壊ラグナロク!」


貫徹リアライズするスピア!」


 ゲオルクの放った青い炎の波動砲を、梨愛は彗星の力を“ヴァルキュリア"に付与し投擲で向かい撃つ。両者、纏通エーテルを放出し合い、それが尽きた方が敗者という存亡をかけるには相応しい勝負となった。


 初めは互角であった。


 ならばとゲオルクはラズ・ベリィを重ね打ちしてくるようになると、梨愛は多大な消耗を余儀なくされ、状況は極めて劣勢になる。しかも追い打ちをかけるかのように、ゲオルクはブリュニーの泪を駆使して纏通エーテルの回復をしながら戦っていたことがわかった。


「敵が何でもありってのは物語までの話だってば。持ってよ、梨愛の纏通エーテル……!」


 しかし梨愛の願望も虚しく、その時はすぐに訪れた。力を使い果たした梨愛は前のめりで倒れてしまう。意識が朦朧とする梨愛に、全てを焼き尽くす天地崩壊ラグナロクが襲いかかる。万事休すである!


「アンタにしては頑張ったほうじゃないの梨愛。凍結アイシクルする接吻キッス


「久方ぶりだなリア、助太刀いたすぞ!ライトニング鉄鎚ハンマー!」


 氷と雷の波状攻撃が天地崩壊ラグナロクを食い止めた。聞き覚えのある懐かしい戦友の声。地に伏した梨愛の視界は足元しか見えなかったが、涙が零れ落ちて滲んで見えなくなった。


「遅いよ、フォル姉……トール!」


「あ~あサバゲー抜けてきちゃった。おわびにスタバのレモネードフラペチーノ、10日間はおごりなさいよね」


「不躾だぞフォル。お前さんほどリアを心配する者はおらぬだろうに。リアこやつな、あたしが助けるんだって騒いでおったのだぞ」


「ば、ばか、余計なこと言うんじゃないわよトール!いいから梨愛、そんなとこで寝っ転がってないでさっさと起き上がりなさい」


「フォル姉はいつも梨愛に厳しいな。御手洗さんみたいだ……大好き」


「彼らだけではありませんよ原木さん」


「み、御手洗さん!?どこ、どこ」


「まずは回復をしましょう。ウルズの泉の祝福を」


 じんわりと温かい柔らかな光に照らされ、梨愛の纏通エーテルはたちまちに回復し元通りとなった。


「御手洗さん!どうしてここに?」


「世界中に散らばる彼らを見つけ出し、そしてここへ導くのが私の役目でした。さあ彼らをご覧なさい」


 梨愛は周りを見渡した。


 氷を操るくせに火獣サラマンダーの体毛で編んだ赤くて派手なドレスを好むフォルと神界アスガルトでも人間界ミッドガルトでも農業を営むいかつい強面のトールがゲオルクの攻撃を懸命に食い止めている。ふたりとも500年前の姿であった。


 そこへ無数に放たれた光の矢が加勢する。


「フォルやトールにいいカッコはさせないよ」「ボクらもいる!」


「ヴィル、ヴェル……来てくれたのね。それに、エイール、ヘイムダル、ローキー、イズーヌ、サガ、デュール……みんな、ありがとう」


 頭を垂れる梨愛に神々はそれぞれ思い思いの言葉を口にする。確かにそれは梨愛への感謝の言葉であった。梨愛は改めて頭を下げる。


「みんなの力をどうか貸して下さい」


「わかりきってること言わないで」「そうだそうだ」「じゃなきゃ俺たちに明日を生きる資格なんてない」「あいつを倒して人間界ミッドガルトを救うんだ」「リア!」


「みんな……大好きだよ」


「原木さん、頼みましたよ。さあこれを」


 御手洗は希望を託すように“ヴァルキュリア”を手渡す。梨愛はその意味を噛みしめながら受け取り、槍先をゲオルクに定めた。


「梨愛は今を生きたい。未来を生きたい。人間として、原木梨愛として、いつか、ヴァルキュリアとして!ゲオルク!それを邪魔する権利はあんたには無い!あんたはわたしたちが倒します!」


 梨愛は纏通エーテルを弓状に形成すると、神々が一斉に“ヴァルキュリア”へ纏通エーテルを送り込んだ。矢代わりとなった槍は長さを変え、ぎちぎちとえげつない音を立てて、強く引き絞られる。


「まだなの!こっちはもう限界なんですけど!」


「待ってフォル姉、みんな、もっと力を!」


 あと少しで矢を放てる段階まできたところで皆の纏通エーテルを送り込む力が弱まってきた。長い間、封印されていたせいで枯渇するまでの時間が極めて短かったのである。


「ふはははは!とうとう命運が尽きたな!まとめて冥界送りにしてくれよう」


 ゲオルクの前に青紫色した火球が108個。天地崩壊ラグナロクの周りをゆったりとしたスピードで周回すると、回を重ねる度に加速する。電流が迸る。稲妻が踊り狂う!


「滅せよアース神族!ラズ・ベリィ!」


「こっちも放つのよ梨愛!」


「でもフォル姉、まだフルパワーじゃ」


「今やるの!やれ!愚痴ならユグドラシィールの葉っぱの中で聞くから!」


「ああいつも勝手だなフォル姉は!もうどうにでもなんなさいよ……原祖神ブリュニーズ希望アロー!」


 ヤケクソ気味に放った原祖神ブリュニーズ希望アローであったが、梨愛が思っているほど不完全ではなかった。フォルやトールらの技を跳ね除け、天地崩壊ラグナロクを一気に押し返す様は希望の名に相応しかった。しかし108ものラズ・ベリィが上乗せされた天地崩壊ラグナロクにはあっさりと覆され、あっという間に劣勢に立たされる。


「不完全な不完全による不完全がための生き恥、それがアース神族!ブリュニーの泪よ、余の体力を万全にせい。それでもって貴様らを仕舞いとする。映えあるゲオルク歴の最初の1ページは、貴様らアース神族の惨めな敗北だ!」

 

 そうしてゲオルクがこの日、56回目の纏通エーテル回復を図った時だった。腹の中のブリュニーの泪に亀裂が入り、粉々に砕け散ったのである。


 力の恩恵を失ったゲオルクは黒龍の姿に戻ってしまった。


「行けえ原祖神ブリュニーズ希望アロー!!」


「そ、そんなバカなことが余は新世界の神……うわあああああああ」


 矢は炎を裂き、黒龍の腹を貫いた。そしてそのまま死界ヘルヘイムまで飛ばされてしまった。


 梨愛たちアース神族の勝利である。


 ライプツィヒは散々に破壊されたが、有事が去ったあとの青空はなんだか清々しい。戦闘でぼろぼろになった体を互いに気遣う様子は人間も神も全く同様であった。


「やはり帰られますか神界アスガルトに」という御手洗の問いに、梨愛は「うーん」とひとしきり考えたあと、首を左右に振った。


「この力、お返しします。だってヴァルハラの和約を守ったわけじゃないもの。だったら梨愛、自分の力で取り戻したいな」


 梨愛がそう言うと、他の神々も次々と同意。


人間界ミッドガルトの暮らしも悪くない」

「サバゲーまだまだしていたいしね」

「こちとら会社が順調さ。まだまだ帰りたくはない」

「公平な裁き、意外と難しいものです」

「株!コスプレ!酒!」

「冗談じゃないわ、来月、ファッションショーなのに帰れるわけないでしょ!」

「アース神族だってまだまだ働けるぞ!」

「オーディン様なんぞ勝手に生き返るわい!」


「あ、でも一年に一回くらいは神界アスガルトに戻ってもいいですよね?」


「ええもちろんです。神界アスガルトの再興復興に関してはお手伝いをさせていただきます」


 と御手洗が承諾すると、梨愛は笑顔と軽やなステップを刻んで、遠くの空にかかる虹へ指をさす。


「御手洗さん、一緒に渡りましょうね。あの虹の橋ビフレストを!」


 梨愛が見る夢の続きはきっと、笑顔と幸せに包まれた神界アスガルトでの暮らしになることであろう。

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