11話 ヴァルキュリア

 梨愛の生命纏換エナジーコンバートが終わり、虹色の魂が体の中へ沈み込むと、蒼白であった御手洗の顔に徐々に赤みがかってきた。すると急に悶えだし、咳き込みながら御手洗が起き上がる。


「どこですかここは!まったく、死ぬかと思いました!」


「一回死んでますよ、御手洗さん」


「って原木さん!ご無事でしたか。あ、あいつはどうなりましたか?原木さんが追い払ってくれたんですか?というか今タイトルっぽく私が死んだと言いましたね原木さん」


 不意に、梨愛が御手洗に抱きついた。


「おわっ!ちょ、ちょ、原木さん?」


「よかった。よかったよ〜御手洗さーん」


 梨愛は大粒の涙と大量の鼻水を流しながら言った。戸惑っていた御手洗は、ふっと漏らすと、ありがとうございますと言って梨愛の頭を撫でた。それと。


「おめでとうございます。原木さん」


 なんのことかピンとこない梨愛は御手洗からゆっくり離れると、御手洗の嫌味な笑顔を作っているのをきょとんとした顔で見つめた。


「おめでとうってなにがですか?」


「あなたはエインフェリャルの選定ではなく、自らの生命を分け与えるという譲渡を選択しました。あなたは立派なアース神族です」


「え?梨愛はもともとアース神族ですけど」


「ふふ、まだわかりませんかね?ではこうしたらどうでしょう」


 御手洗は指をパチンと鳴らした。


 梨愛の体が強烈な光に包まれる。

 その白い光の中、梨愛は御手洗とビフレストを渡っている光景を見た。神界アスガルトはすぐそこまで来ている。


「500年の時より目覚めなさい、ヴァルキュリアよ」


 御手洗にそう言われ、梨愛はゆっくりと目を開けた。梨愛は自分では実感がなかった。

 御手洗誘導のもと、鏡面にたどり着いた梨愛は自身の姿に感動する。


「わぁ〜!500年前の梨愛じゃん。ブルーサンダーの羽で拵えた青いドレスに、白レースのウェディンググローブ!肩には白いバラのコサージュ!なんといってもオーディンさまに頂いた頭の羽根飾りね!銀色の髪にめっちゃよく合う!やっぱり梨愛ちゃんといったらこれよ~これこれ!」


「いかがですかご自身の勇姿は」


「かわいい!」


「…だけですか」


「うん。かわいいは梨愛ちゃん!これ流行語大賞いけるんじゃないかしら」


「…そうですか」


「ふふふ。御手洗さん、まだ梨愛のことわかってないですよ。梨愛はかわいいだけじゃないんです」


 こうやってね。と言って梨愛は纏通エーテルを発動。身長をやや上回る白銀製の槍を具現化させた。


「梨愛は戦闘の神さまです。戦ったら強いんですよ?あ、でも」


「どうされましたか」


「この槍、名前がないんです。リアっていう名前つけたいんですけど、かわいいは強いってイメージないですし」


「では“ヴァルキュリア’’というのはどうでしょう。あなたの強さをその槍に戴冠するのがふさわしい」


「ヴァルキュリアね〜。ちょっと本当の名前忘れてたけど、まあ強そうならオッケー」


「まったく。あなたはなにも変わらないのですね」


「ん?梨愛は梨愛ですよ。それじゃあお仕事に行ってきます」


「ちゃんと就業時間内に帰ってくるのですよ?会社は直帰を認めていません」


「はーい。あ、でももし残業したらその分お金いただきますからね」


「ええ仕方がありません。なにしろ世界の存亡が関わってますから」


 梨愛はウインクと投げキッスを返答代わりとすると、槍で壁を突き破り、大空の彼方へと消えていった。


「あれほどお客様の物は大事にするよう言ったのに……。いえ今言うべきことではないですね。ご武運を、私は先に行っております」




 〜ドイツ連邦共和国ザクセン州ライプツィヒ〜


 重苦しい曇り空の白昼堂々、ゲオルクは破壊と殺戮を繰り返していた。

 ラズ・ベリィは建物を焼失と瓦礫の連鎖に追い込み、人間の命をゴミのように燃やし尽くし、ライプツィヒの人々の文化と人権を根絶やしにした。


「神々の住まう地、神界アスガルトは存在するという余の主張をコケにした人間どもの成れの果て。神の力に屈せよ、ふははははこれぞ神罰…実に愉快!」


 その時、複数のスカッドミサイルがゲオルクを直撃。さらに爆煙で視界不良のところに、隊列を組む戦闘機トーネードIDSが一斉射撃を実施。これで終わりでなく、戦闘機退避後、360度包囲した戦車から特別実装のトマホークミサイルがゲオルクを襲う。

 ドイツ軍司令部は全弾命中というこの作戦成功に拳を作りあるいは互いに握手を交わしたが、ぬか喜びであった。


「どんなに文明が発達しようとも、この世に神を殺せる人間はいないのだよ諸君」


 煙の中から無傷で現れたゲオルクは上空に向かってラズ・ベリィを放つとそれを握りつぶす動作を見せた。するとラズ・ベリィが分散され、流星群のようにゲオルクの周囲に降り注ぎ、陸上部隊は壊滅に追いやられた。


 司令部が核使用の是非を論争している間、ゲオルクは郊外へ移動を開始。陸空の攻撃にも目もくれず、ひたすらにある場所を目指す。

 ライプツィヒの中心部よりだいぶ離れた建物である。老朽化が激しく、倒壊してもおかしないその建物にも名くらいはつけられていた。


【歴史家ゲオルク・ヴィルヘルム・フォン・ヤッツンバッハ記念館】と。


 ゲオルクは久方ぶりに見る記念館にショックを受けた。老朽化からしているからではない。その建物で中心部から逃げのびた市民が、窓越しのゲオルクを怯えた目で見ているからである。


「今度は余を恐れるか。歴史とは改竄の積み重ねであるかもしれない。もしそこに加えて欲しいものがあるのだとすればただひとつ。栄誉ある称賛だ。歴史家にとってこれほど誉れは事はない。それだけだったのだ…仕舞いにしよう」


 ゲオルクは大顎を開けた。

 大気は震え、強風が吹き荒れ、水面は激しく揺れ、各所より竜巻と落雷が発生する。ますます人々は怯え、抱き合い、神に祈りを捧げる者が増えた。


「人間よ、歴史よ、聞け!余は新しい世界の神、ゲオルク・ヴィルヘルム・フォン・ヤッツンバッハである。これは新しい神の誕生とゲオルク歴の幕開けの祝砲である。くらえ、ネオ・ラズ・ベリィ!」


貫徹リアライズするスピア!」


 吐き出された超特大の火球を、音速を超えるスピードで飛んできた“ヴァルキュリア”が貫き風穴を開けた。少しして形状が歪みだし大きな音をたてて破裂した。


「ちょっと。梨愛の仕事が増えてるんですけど?ヘルのばばぁ呼んでもらえるかしら、部下の責任とってもらわなきゃ。部下の失態は上司の責任なんだからね」


 ゲオルクの竜眼がぎろりと睨むその先に、纏通エーテルの翼をはためかせ腰に手を当てつつ、御手洗受け売りの言葉を言い放つ梨愛がいた。


「ヴァルキュリア…その姿、まさか貴様、覚醒したのか」


「えへ。500年前の梨愛ちゃんです。よろしく!」


「信じられぬ。余は4世紀越しの真実にたどり着いたのだ。あの手記からよくぞここまで!歴史がついに余を認めたのだ!」


「は?別に誰に認められなくてもいいじゃない。あんたはあんた、梨愛は梨愛なんだから。これだから童貞黒トカゲはダメね」


「ならば貴様を殺し、死体を晒してこの穢れた世界の住人どもに証明してやる」


「ったく梨愛のまわりにはろくな男がいないわね。いいわ、どっちか滅するまでやりましょ。死ぬなら戦いの中でだっけ?梨愛、そういうフレーズは好きかも。だって、自由勝手、気のままに戦えるから!」

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