10話 いのちある限り


 ――理由なんてわからない、わからないけど守りたい。梨愛が守らなきゃ――


 ラズ・ベリィから身を挺して御手洗を守ろうとする梨愛であったが、逆に、そんなことはさせまいと御手洗は梨愛の前に出た。梨愛も負けじと前に出ようとするが御手洗は全て制止する。


「御手洗さんダメ!後ろに下がって!」


「部下に何かあったらそれは上司の責任です。あなたこそ下がりなさい!」


「イヤよ!人間のくせになにこんな時にかっこつけてんのよ!」


「ええ私は人間です。だからあなたを守らなければならないんですよ…神さま」


「え?」


 虚をつかれ動きが鈍った梨愛を御手洗は強い力で突き飛ばした。


「さようなら。また一緒に働きましょう原木さん」


 白い歯が嫌味な笑顔。それが御手洗の最期だった。火球が御手洗を直撃し、爆発を起こした。


 爆発の衝撃が去り、残されていたのは御手洗の倒れていた姿。梨愛は脱兎のごとく駆け寄るが既に絶命していた。


 そうして現れたのは御手洗の魂。


 死者の魂は美しい。

 特に善行に勤しんだ者ほど柔らかな透明感の強い輝きを放つ。しかしその輝きは決して主張はせず、純木で純粋ながら人を惹きつける輝きを持つ魂。

 それ故に人が死ぬ場面に幾度も携わってきたにも関わらず、梨愛はほろりと涙を流す。


「かなしいってさみしいが溢れ出てくるものなのね」


 そうしてもうひとつ、亡骸から結晶体が浮かんで現れた。それはどんな宝石よりもまばゆい光を放ち、見るもの全てを輝きの虜にしてしまう魅力をもっていた。そして何より、膨大で懐かしい波動を放つ纏通エーテルが結晶体に凝縮していた。


 初めて感情のピークを経験する梨愛ですら抗うことすら許されず、無意識と言ってもいいほど、結晶体へとじりじりと手を伸ばす。確信があった。それは喉から手が出るほど欲しかった物、それは復活と望郷の代物であり、梨愛達アース神族が500年間追い求めていたブリュニーの泪そのものであった。


 梨愛は勝ち誇ったような表情になった。


 乱れ狂い始める息遣いに、胸が張り裂けそうな動悸。遠慮がちに震える手に歓喜が伝わる。時は満ちた。今こそ掴め。光の中で、離さないように強く握れ、抱きしめるように強く願え。主のオーディン復活を皮切りに、神界アスガルトへと帰るのだ梨愛。


「触るでない!それは余のものだ!」


 黒龍ゲオルクも歓喜に打ちひしがれる者のひとりだった。あとほんの僅かで掴めそうな梨愛へ、ラズ・ベリィを最大出力で放つ。それに気づいた梨愛は急いで御手洗のもとへ。火球は梨愛のすぐそばの地面で大爆発を起こし、爆風によって梨愛と御手洗の遺体は共にふっ飛ばされた。


「さて、これで邪魔者はいなくなった」


 ゲオルクは周囲を見渡すとそう言った。そして土煙が充満する地へ、2点の漏れ出す光を頼りに翼をはためかせながら降り立つと、御手洗の魂とブリュニーの泪があらわになった。ゲオルクは迷わずブリュニーの泪を手に取る。それだけで、今まで感じたことのない力が体内に流入し、自身の持つ纏通エーテルが加速度的に増幅する。


「ふはははは!ニズヘッグと融合したときとは比べ物にならないほどの力の豊穣である。これがブリュニーの泪、これが、神々の!実に心地が良い。ど〜れ、試してみるとするか」


 ゲオルクは大顎をあけてブリュニーの泪を飲み込む。すると体内を躍動する纏通エーテルの凄まじさに、先刻の悪魔姿の御手洗と同等の存在になったことを知る。喜びが止まらない、狙うはかつての故郷、人間界アスガルトだ。


「首を洗って待っていろ。ライプツィヒの咎人どもめ」


 と言って、体を溶かすようにして纏通空間グラズヘイムを去っていった。


 一方、梨愛は。


「いてててて、ああもうあの童貞黒トカゲったら容赦ないわね。もう少し防御纏通ガードエーテルが遅れてたら御手洗さんごとバラバラだったわよ」


 といって身を起こすと、きれいな顔をした御手洗の顔が現れた。それを見て、梨愛は心底ホッとする。


「でもなあブリュニーの泪持っていかれちゃったし、梨愛どうすればいいんだろ」


 途方に暮れる梨愛をあざ笑うかのように、術者不在となった纏通空間グラズヘイムが崩壊する。天井もステンドグラスも玉座も音を立てて崩れていく様に、梨愛は、あのときのままだと呟いた。


 現実世界に戻ってきた。


 共用トイレの床面に寝かされたままではかわいそうなので、どこでも寝られるようにと眠りユリという神界アスガルトに咲く花びらを用意した。水を含むと膨らむ性質があり、大きくした後、御手洗を寝かせた。魂がふんわりとついてきた。


「御手洗さんったら未練がましいのね」と梨愛はくすり。御手洗の魂は色褪せない。だからである。


「変ね。これだけ選定せずに放っといたら普通、浄化されるのにな。だいたい御手洗さんはエインフェリャルって顔じゃないわ、ゴーレムだし」と一時の覚悟もどこへやら、悪態をつきながら違和感を口にした。それどころか、さらに魂の輝きが増し出し、透明感に溢れていたものが今度は虹色を帯びてきた。


「きれい、ビフレストみたい…なおさらじゃないの、梨愛にそんな資格ない」


 瞳を潤わせそう言った梨愛はいつも見る夢の事を思い出した。虹の橋ビフレストは人間界ミッドガルト神界アスガルトをつなぐ橋。陽気に渡りながらも最後は墜落してしまう夢。人間の骸ごと落ちた夢。


「なんかあれって御手洗さんみたいだな。道半ばで死んじゃって。ビフレスト、御手洗さんも渡りたかったのかなぁ」とぼんやりと魂を見つめながらいう梨愛。と言っている内にあることを思いついた。


「そっか。だったら一緒に渡ればいいんだ」


 梨愛はとびきりの笑顔になった。


「梨愛、ひとりで渡ろうとしていた。それじゃ面白くもなんともない。神界アスガルトはとってもいいところ、御手洗さんも気に入るに違いないっていうかウルズの泉なんだからそんくらい知ってるはずよ」


 きっとそうよ。と梨愛は頷いた。


「だからね御手洗さん。梨愛の命、半分あげます。選定は死を認めちゃうことになるからダメよ。生きて神界アスガルトに連れて行かなきゃ」


 梨愛は目を閉じ、両手の指を絡めて念じた。


「主人オーディンの名に忠誠を誓うとともに願うは我が友の生命の約束。命を紡ぎ、命を歩む。命を祈り、命を育くもう。約束の地まで!秘儀、生命纏換エナジーコンバート

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