6話 部下と上司
――梨愛、なんで止めようとしたんだろ。止めなくていいじゃないの。人間が死ぬ。その人間の魂が優れたものならば魂を選定する。それが、梨愛の仕事だから――
御手洗が死ねば、別にしたくもやりたくもない人間の仕事から解放される。
しかしこのままでは自分も死ぬ。
神は死ぬと、原祖神ブリュニーが創りし聖なる大樹ユグドラシィールを介して、魂が分散され動植物たちに宿る。
そして何百年という長い年月を眠りについたのち、再び魂がユグドラシィールを伝い、集束してまた元の姿に戻るだけ。
その生と死のサイクルにいると自己認識できるということが、神であるという存在証明なのである。
梨愛は神ではあるが、人間に扮し、人間の文化に触れることで感受性を学んできた。
ヴァルキュリアとしての力はほとんど残されていないが、エインフェリャルを仕立てることができるくらいにはある。選定すればその人間の転生が必ず約束される。せめて、神から人間への配慮として、御手洗をエインフェリャルに選定しよう。梨愛はそう決めた。
のだが。
「オゥ・マイ・ヘル!!」
驚愕の表情を浮かべ、頭を抱えていたのは、なんとゲオルクである。それもそのはず。
「な、なななんですかこの光は!」
御手洗は生きている。
淡い光が自身の両手を纏っていることにひどく驚いていた。大鎌は後方の壁部分に深々と突き刺さっていた。
宙に留まったままのゲオルクはその鎌を信じられないという顔で見た後、ぎろりと御手洗の方へ視線を下ろした。
「まさか余の攻撃を受け流したとでもいうのか・・・ありえない!人間では、絶対にあり得ないことだ!」
信じられないという点では梨愛も同様である。ただの人間に
満身創痍で揺らぐ視線が淡い光のただ一点に注がれる。
――あれは、
「無事ですか原木さん!」
御手洗は遠くで梨愛が身動きの取れない様子を認めると大声で呼びかけたが、梨愛の返事はなかった。
「くっそう。今助けますよ原木さん」
「調子に乗るでない人間!」
ゲオルクの
「部下の一大事は上司の一大事でもあります。必ず助けますからね!」
と言った御手洗は槍を一本一本引っこ抜いては前進する。
「こんなもの、原木さんを叱る労力に比べればへのかっぱ!」
真っ直ぐに、馬鹿みたいに、ひたすら真っ直ぐに。
御手洗はただ部下のために前進する。
槍は重量を増し、どかすのがやっとになっても、槍の森の隙間より見える梨愛を救うため、御手洗はバカ正直に前進する。
一方で、梨愛は御手洗の
人間のくせに
人間のくせに勇気・忠誠・意志の強さといったエインフェリャル適性を遥かに凌駕する能力。
そしてそれは
御手洗が見せつける神がかり的な力にすっかり魅了されていた。
「
ピタリ。御手洗の動きが止まった。そして唇が静かに動く。
「くだらない、ですって?」
と呟くと槍の柄を掴んだ。先程まで両手でもわずかに傾けることしかできなかった槍が、片手でいとも簡単に引っこ抜かれる。
それだけではない。
目にも留まらぬ速さで真一文字に一閃、分厚かった槍の森を一瞬で切り倒した。
御手洗は槍の穂を梨愛に向けた。
「今のは聞き捨てなりませんね原木さん!」
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