第2話 巡ってくる説教


 昔、小説を書きたいと言うと、そんなヤクザなことをするもんではない、小説を書くなんてまっとうな人間のすることではないと、説教されたものです。


 書きたいと言わないでも、小説を手にしていたら、それは不良だと言われた時代が、明治の昔にはあったことを私は書物で読んで知っています。

 ところが、学校に通って、勉強をしていきますと、小説家というのは、なかなかに立派な人物ではないかって、その上っ面をなでて、それまでの言葉が実は嘘であったことを知るようになるのです。


 なにゆえ、そんな馬鹿げた説諭を受けなければならなかったのか、そして、小説を持っているだけで不良だと言われなければならなかったのか、そんなことを考えたことがありました。

 

 普通に考えれば、人間は、朝起きて仕事に行って、夕方には家に戻ってと言う繰り返しが、その日常です。

 晩酌をして、テレビを見て、風呂を浴びて……。


 きっと、私を説諭した人たちは、そう言うあり方を、まっとうなあり方であると考えていた

に違いないのです。


 小説は、実は、他の芸術とは異なったあり方を持ちます。

 美術館に行っても、博物館に行っても、そこに小説はありません。


 時に、作家が朱を入れた原稿用紙が展示されることがありますが、それは小説を読むとは言いません。

 創作の過程の一端を、珍しく、拝見する程度のことです。

 

 絵画であれば、一点物として、その価値は計り知れないものであることを、時に、その絵画の買い取られた金額を見て、驚愕しながら、そんな金を出すやつの神経を疑ったりしているのです。


 しかし、小説には、間違っても、そのようなことは起き得ません。


 絵画ばかりではなく、映画や、彫刻、建築、これらも似たような趣を持っています。

 しかし、小説だけは、違っているのです。

 さらに、それを扱う業界が深刻な事態に陥っていることも、そこそこ耳にするのです。

 本を作っても売れないと言うのです。

 

 誰も、買ってくれないと言うのです。

 ベストセラーと言われる何十万部も売れる本を世に出すのは至難の技であると言うのです。


 業界人は、色々と、だから、考えているようです。


 本を買う金は、きっと、スマホの高額な通信料に回されて、書店で本を買うまでに行かないのではないかとか、スマホで、無料の小説を読んで、それで満足しているのではないかって。


 まさに、当たりと、私は思っているのです。


 小説は、一人で、その作品に綴られた文字に目を落とし、そして、消え去っていくものです。

 脳の片隅に、登場人物の欠片、あるいは、情景描写の、気に入った一文を残して、小説は消えていくものなのです。


 絵画のように、それを飾って、折に触れて、見るものではないのです。

 だから、消えて行くことが、小説の持つ宿命であると思っているのです。


 汚い字で書かれた原稿用紙、誤字があり、脱字があり、そんなもの、芸術でもなんでもありません。

 その作家の大ファンであれば、それも、興味あるものとなるのでしょうが、今の時代は、キーボードで小説は書かれます。

 だとするなら、そのような汚い原稿用紙も無くなっていくはずです。


 先だって、上野の博物館で、古文書の陳列のケースの前に立ちました。

 写本と言われる、たった一冊の「本」です。

 丁寧な筆字で、それは綴られていました。

 印刷技術のない時代、人々は、それを読むのではなく、写して、受け止めていたのです。


 その古書を見ながら、現代でも、それはありか?なんて考えたのです。


 キーボードで打つのではなく、自筆で、そこに絵なども添えて、一冊の、これきりの一冊を作り上げるのです。

 それが原本となって、読みたい人が写本、あるいは、写真に撮って、同じように本を作り出していくのです。


 ネットで、誰もが、素晴らしい作品を、書いては出しているのです。しかし、ネットであるがゆえに、それは、たちどころに消えていきます。

 そして、二度と浮かび上がってきません。

 それが、ネットの宿命であります。


 だったら、ネットの小説もまた、今の出版業界と同じような、運命を辿るのは明々白々です。


 そんなことに思いがいたると、なんだか、弱気になってきてしまって、小説を書きたいと言うと、そんなヤクザなことをするもんではない、小説なんてまっとうな人間のすることではないと、説教した人の言葉が巡ってきてしまうのです。

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