第8話 めんどくさい

 えー、毎度たくさんのお運びをいただきありがたいことでございます。いつもと変わらずおかしな噺をせっせとさせていただくのでございます。


 あのぅ。女ってのはめんどくさいもんですな。うちの女房なんざ、「全体おまいさんは何もしない。料理も作らない、食器も洗わない、洗濯もしなければ掃除機ひとつかけやしない。重たいお米の買い物くらい手伝ってくれりゃあいいのにうちでごろごろしている。ごろごろごろごろしてるばっかりで掃除の邪魔だ。掃除を手伝うどころか妨害までしている」なんて。あなたは噺家ですかってな口調でぽんぽんぽんぽん言われちまいましてね。しょうがないんで外に出て米を買って帰ったらこの米は高いの無洗米じゃないのと言われ放題。挙げ句の果てに「あたしは今日からパンしか食べない」なんて言う。とにかく面倒くさいんで。ぷうっなんてゴム風船みたいに頬をふくらましたりしてね。 ぷうっなんて。これがまた可愛いんですがね。それで一緒になったようなもんで。ま、それは別な話で。


 ええっと何でしたっけ。


 そうそう。「今日からパンしか食べないからね!」なんて言われるんで。そんなのだけならまだいいんですがね。駆け引きなんてえこともする。これがまためんどくさい。実にめんどくさい。先だってもファミレスってんですか、ひと晩中やってるレストランに行きましてね、ファミリーレストラン。え? ファミリーで行ったのかって? いえ。女房はいなかったんで。じゃあ誰と行ったのかって? やだなあ。そういうややこしいことを女房の前で言わないでほしいですな。あたしはその、ええっと、一人きりでしたよ。ま、もう夜の12時近い時間だもんでまわりだって、ファミリーなんていやしないんですが、ファミリーがいなくてもファミリーレストランてなもんで、あたしはその、正真正銘一人っきりで遅い晩飯なんぞ食べておりました。あたしのこたぁどうでもいいんで。そうこうするってえと、すぐそばの席で男と女が話してるのが聞こえてまいります。


女「じゃあそろそろ」

男「うん。おつかれさま。急いでるんでしょ。会計しとくよ」

女「ほんと? 悪いわね。終電あぶなくて」

男「気にしない気にしない」

女「あのさ」

男「なに」

女「もう変なこと言わないでよ」

男「変なことって?」

女「いつも別れ際に変なこと言うじゃない」

男「何だよ変なことって」

女「蚤を集めてなんかすごいお城をつくってドイツかどこかの王様になってしまった牛乳配達夫がいたとか」

男「ああ、あれ」

女「『ああ、あれ』って。そういうの、困るんだから。別れる直前になって言われるとすごい気になるんだからやめてよね」

男「あの時は最後まで聞いたじゃん」

女「だあかあらあ。そんなこと言われたら気になって帰れなくなっちゃうでしょうって言ってるの」

男「そう言えば失踪した動物園の飼育係が風使いになって、コンゴの川をさかのぼって森の精霊と最後の戦いをする話の時も夜を明かしたな」

女「ストップ!ストップ!ストップ!」

男「言わないよ」

女「うそばっかり」

男「言わないって」

女「言う気満々のくせに」

男「財布出して会計する気満々なんですけど」

女「本当に?」

男「だって困るんでしょ、帰れなくなっちゃって?」

女「そりゃそうだけど」

男「あ。そんなこと言って、本当は何か言って欲しいんじゃないの?」

女「だめだめだめ。絶対ダメ!」

男「まだ何も言ってないじゃん」

女「言おうとしてたくせに」

男「してないって」

女「じゃあいいけど」

男「ほらほら会計するから店員呼ぶよ」

女「なんか企んでる気がするんだよなあ」

男「『企んでる』って! 人聞き悪いなあ」

女「どさくさに変な話をはじめるとか」

男「パン食べ過ぎてゴム風船になった女の話とか?」

女「ああもう!」

男「『ああもう』って何だよ」

女「何よそれ!」

男「何って?」

女「そのゴム風船になったとかいうの」

男「いや別に」

女「別にじゃないでしょう!」

男「ほんと何でもないって」

女「気になるじゃん」

男「気にするような話じゃないって」

女「ほら帰れなくなっちゃったじゃん」


 ……それが狙いだったくせに。というお話。え? それ、あたしの話だろうって? ぶるぶるぶる。とんでもない。あたしは女房以外の女とファミレスのあとでどこかにしけこんで朝まで話し込んだりあれしたりなんかしてませんって! ほんとめんどくさいですな。ああ、めんどくさいめんどくさい。


(「パン食べ過ぎてゴム風船になった女の話」ordered by tom-leo-zero-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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