第15話 不労所得で食う飯はきっと何よりも美味い
エルに呼んでもらったフットルトがジンワット工房に到着した。
ちなみに俺が呼びに行った店長はもう既に、到着している。
距離のことを考えたら俺と店長のほうが遅くなると思っていたので、何かあったのかと少し心配になっていたところだった。
「おかえりエル。思ったより遅かったけど何かあったの?」
「すみませんでした。フットルト様が出不精で、店の外に出たがらないので説得に時間がかかっていただけです。」
エルにしては珍しく若干うんざりしたような表情だ。
悪い事したかな? いくら顔見知りとは言え、奴隷の身分で商家の跡取り息子に説得するのは骨が折れただろう、俺がフットルトを呼びにいけばよかったかもしれない。
「そっか……ご苦労さま。ありがとね?」
「いえ、大丈夫です」
「いやぁ、ごめんよ。エルちゃんが言ったように僕は出不精でね。家や店から出るのがとても億劫なんだよ」
フットルトはそのふくよかな腹を揺らしながら笑っている。
……この野郎、良い奴と思ったのは取り消そうかな?
それにしてもデブで
「いや、来てくれてありがとう。ちょっといいこと思いついてね。実演したほうがわかりやすいと思って来てもらったんだ。フットルトにとってもいい話だと思うよ」
「ほほう、それはわざわざ来たかいもあるね」
トーリさんに再度写真を作くるように依頼し、俺は店長とフットルトに試作品の成果をお披露目した。
「すごいわぁ~こんなに早く写真が作れるんて……これならいくらか安くなりそうだし、お店にも使えそうね」
「ええ……これはすごいですね。タケル殿は否定していたけど流石は賢者殿と言ったところだね」
試作品の成果を見た二人は各々の感想を口にする。
もちろん、わざわざ二人を呼んだのはこれだけのためではない、むしろここからが本題だ。
その本題をスムーズに理解してもらうために一度試作品の性能を見て貰う必要があったのだ。
俺は工房にいる全員を一箇所に集めて、風俗街改革の第一手目の話を始める。
「皆さんに集まってもらったのは、この新しい写真の技術を使ってあるものを一緒に作ろうという話をするためでした。そしてそのあるものとは、ファッション誌というものです」
「「「「ファッション……誌?」」」」
俺以外の声が重なる、恐らくここまで写真を作るのに時間がかかる世界なのだ。
写真を集めて本にするなど、一点物でも無い限り不可能だろう。
だが、この新しい技術があれば、より大量に写真を作ることが出来る。
「ファッション誌というものは、コーディネートした服を着たモデルの写真を集めた本です。おしゃれな着こなしのお手本や、新製品のアピールなどをしてお客の購買意欲を煽るものになります」
「なるほど、それで僕が呼ばれたのか……その服の提供と製本にあたっての資金提供をして欲しいってことなんだね? そしてその服を売っている店がタンショー商会だからお客が集まる様になって僕らにも利益が出るって事だろ?」
「その通り!」
流石は商家の跡取り息子だ。
ファッション誌のもたらす利益について即座に察することができたようだ。
「あの~タケルちゃん? タンショー商会が儲かるのはわかったんだけどぉ……お姉さんはどうして呼ばれたの?」
店長が疑問を口にする。
もちろん店長を呼んだのにも訳がある。
「ファッション誌のにおいて重要なのが、売りたい服を着るモデルです。そのモデルを風俗街のキャストの娘達にしてもらいたいので、店長を呼んだんですよ」
「あら? そうだったのん? でもそれって私達側は利益になるのかしら?」
店長はキャストがファッション誌のモデルになる事が、風俗街の利益に繋がる可能性にピンときてないようだ。
追加で説明することにする。
「店長、ファッション誌を読んだ男性がこんな娘に接客されるだったら行ってみたいと考えると思いませんか?」
「あ! そうすればお客様が増えるってこと?」
店長も理解できたようだ。
だがこのファッション誌の効果はこれでは終わらない。
「そうです! そしてファッション誌が浸透すれば、風俗街の集客の最大の妨げになっている悪いイメージもいくらかは払拭されると思うんです」
「……すごいわ! タケルちゃん!」
店長は喜んでいるが、完全に問題が解決されたわけではない。
先日ヌッチャリーグッチョリーにてキャストの紹介の冊子を見て思ったんだが、店長を除外した場合キャストが見習いのエルも含めて3人しか居ないのだ。
ファッション誌による集客の効果が見られても、店の規模に対してキャスト数が少なすぎる。
まぁファッション誌を読んだ女性が自分もモデルをしてみたいとなって、多少風俗街で働く人が増えるかもしれないが、それでもまだ弱い。
現代の日本において、風俗やキャバクラで女性が働く最も大きなメリットはやはりお金だろう。
これは王様や支配人の貴族とも話して追々決めていくしか無いだろう。
「とりあえず話としては以上です。ジンワット工房とカックシン写真店はもちろん、タンショー商会と風俗街側にも利益になる話だと思うんですがどうでしょうか?」
「その提案については異議なしだが、旦那ァ、大事な話を忘れてるぜ」
「タンショー商会も異議なしだ、父上には僕がなんとか話を通そう。そして僕も大事なことを話し忘れていると思うよ」
「私も同意します」
俺の提案にたして、皆一同に同意してくれているようだが……はて? 話していないことなんてあったかな?
「タケルちゃんの取り分の話をしていないのよ。もう……でもそんなところも素敵よん?」
自分の事はすっかり忘れていた。
だがファッション誌なんて俺が考え出したものではないからちょっと気が引ける。
引けるんだが……くれるって言うなら是非とももらいたいものだ。
そして店長の後半のセリフは聞かなかったことにしよう。
それにしても俺の取り分かぁ。
どういう計算になるんだろう? 商家であるフットルトに聞くのが良いかもしれない。
「俺はちょっとその辺はよくわからないなぁ……ねぇフットルト、相場ではどんな感じなの?」
「うーん……その試作品の作成にも協力したんだよね? だったらファッション誌とその製品のそれぞれの売上金の一割を毎月っていうのが相場かな?」
……マジで? 異世界に来てから早くも不労所得と印税が入るようになんの?
よっしゃァ! 異世界最高!!
・
・
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「それにしても、試作品だのその製品だの、いい加減名前がないと言いにくわねぇ」
「それもそうですね……写真作成促進液でよくないですか?」
俺が適当にその場考えた名前を言ってみるが、反応が思わしくない。
なんだよぉ……そんなに駄目かなぁ?
「こういう新発明は大体開発者の名前がつくもんだよ。この場合はジンワット父娘とタケル殿の名前から取るのが通例だよ」
フットルトのアドバイスを聞いて、ふと嫌な予感が脳裏によぎった。
なんだかんだで、また下ネタに絡みそうな気がしてきぞ、ここは戦略的撤退だ。
「俺の名前は使わなくていいですよ」
「あらそう? なら……単純に名前をくっつけてガウマンジールっていうのはどうかしら?」
どうかしら? じゃねーよ!
ガウマンさんもジールさんもせっかく単体では下ネタに絡んでなかったのに、くっつけたら下ネタになっちゃたよ!
しかも名字のジンワットも入れると余計に生々しくなるよ!
嫌な予感当たってたな、危なかったぜ。
でもそのガウマンジールの共同開発者として俺の名も残るのかな? やだなぁ……なんとか別の名前を考えないと。
「あ! はいはい! 私も思いつきました!」
さっきまで邪魔にならないように黙っていたエルが新製品の名前を思いついたのだろう、眩しいくらいのキラキラとした笑顔で手を上げている。
「エルちゃんなにか思いついたの? ンフ……どうぞ?」
店長は微笑ましいものを見ている表情でエルを見ている。
「はい! ガウマンジールでも長いと思うので、そこからガウをとってマンジーr」
「ガウマンジールがいいなぁ!!」
「……タケル様がそう言うなら……」
俺の突然のインターセプトにエルは自分の思いついた名前が言えなくてシュンとしてしまった。
ああ! ご……ごめんエル! だが許して欲しい。
エルの可愛い口からこの物語始まって以来最大の超弩級下ネタを言わせる訳にはいかなかったのだ。
ガウマンジールは嫌だが、他の名前を考える時間が無かったので、とっさにガウマンジールが良いと言ってしまった。
後の転移者に日本人が居たら、『こいつ自分の発明品にお下劣な名前付けてる! プーックスクス』と笑われるかもしれないが、エルの尊厳を守るためにはしょうがない犠牲なのだ。
今更訂正も出来ないし、周りからも否定的な意見が出てないのでこの名前で決まりだろう。
今ここに新発明品、ガウンマジールが誕生したのだった。
なんだかなぁ。
ファッション誌の打ち合わせを一通り終え、ガウマンさんは試作品だったガウマンジールの完成に向けて動き、フットルトは自分の父親にこの話を持っていくとの事で、ひとまずは解散する運びとなった。
現在、俺はエルと店長と一緒に風俗街に向けて歩いている。
エルと店長が並んで歩く後ろに俺が追随する形だ。
エルは今日の出来事を楽しそうに店長に報告していた。
「それでですね......エヘヘ、タケル様に服をプレゼントしていただいたんです」
「あら~そんなのね。エルちゃん良かったわね~」
おっと俺の話の様だ。
どうでもいいけど、気になっている娘が自分の話をしていたと又聞きするとなんかソワソワするよね?
あと、電車で隣に女子高生が座った時は、なんか自分の存在が世に許された感じの安堵感があるのはなぜなんだろうか?
あの感情に名前つかないかな。
などと、どうでもいいことを考えていると前を歩いていた店長が振り返り俺に話しかけてくる。
「そう言えばタケルちゃん、3日後に風俗街の会合があるんだけど、そこで今日の話をしてもらえないかしら?」
「いいですよ」
これは渡りに船だ。
ファッション誌のモデルはできるだけ沢山いたほうが良い。
各店舗の綺麗どころをモデルとして使えば集客効果も上がりそうだ。
自宅に近づいたところで店長と別れ、エルと二人並んで道を歩く。
今日から一つ屋根の下でエルと暮らすのだ、あらまぁなんと甘美な響き。
俺とエルが一緒に暮らすと決めてくれた人に感謝をしたい、確か支配人だったかな? まだ会ったことはないのでどんな人かは知らないが、感謝の印として俺のオフィシャルマスコットキャラクターである『げっそり平社員くん』を進呈しよう。
このブラック企業を風刺したキャラに、全国の長時間労働者たちも感涙したともっぱらの噂の一品だ。
気に入ってくれるに違いない。
俺が考え込んでいると、俺の袖をチョンチョンと引っ張る感覚に気づく、どうやらエルが俺に話があるようだ。
見知らぬ支配人への感謝などというどうでいい思考は脳外へ放り捨て、エルの話を待つ体勢に移行する。
「あの......不束者ですが、これから宜しくお願いします」
「こちらこそ……よろしくお願いします」
ああ~、た……たまらん!
思えば俺は寂しかったのだろう、いくら元の世界にそこまで未練はないとはいえ、誰も知り合いの居ない世界に来て、家具も何もない生活感が無い家で三日間寝泊まりをしていたのだ。
だがそんなロンリー・ナイトも昨夜まで、今夜からこんな素敵な子と寝食をともにするのだ。
あばよロンリー、よろしく温もり。
孤独な夜の我が悲哀、月に群雲、花に風。一緒に暮らすはまだ先と、釘を差されて幾星霜。
溜まりに溜まった鬱憤を丸めてポイして春うらら。
さぁ歌っていただきましょう……あれ? なんで途中から演歌を歌う前の前口上みたいになってんだ? 恐らく嬉しすぎておかしなテンションになっていたのだろう。
ふわふわした足取りで、家までの最後の曲がり角を曲ったところで、俺たちのスウィートハウスの前に見知らぬ男が立っている事に気付いた。
その男は俺たちに気づくと、小走りで俺とエルの前までやって来て……深く頭を下げた。
「ミタライ様でいらっしゃいますね? 大変申し訳ございません! こちらの手配ミスで家具の搬入が最短でも三日後になるんです! 誠に申し訳ございません!!」
昼間ベッドや家具を注文した家具屋の従業員だろう、半泣きの状態で俺に謝っていた。
こんな状態の人を怒る怒れないし、何よりエルの前で怒ったところなんか見せたくない。
仕方ない……ロンリー・ナイト延長しまーす!!
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