第12話 ラッパーは友や母に感謝しがち
お下劣なハンドサインで教会から見送られた俺は、エルと一緒に商業区へと向かう。
商業街はハウメ通りを挟んで反対側にあるのでここからは少し距離がある。
まずは衣服から買おうかと悩んでいると、俺の横から美しい旋律が聞こえてきた。
「フンフンフ~ン♪」
おやおやエルさん、なんだかご機嫌ですねぇ。
やっと付き人らしい仕事ができることが嬉しくてしょうがない様子。
スキップしながら鼻歌なんて歌っちゃって……なんて愛らしいんだ。
「フ~ン♪......YEAH」
……ん? YEAH??
「YO! 俺たちゃ底辺の貧困者♪ その日暮らしでマジ辛いぜ♪ それでも叫ぶぜ表現者♪ 生んでくれた母に感謝♪」
エルさんんんん! まさかのラップ!?
予想外すぎる! 韻もちゃんと踏んでるし!!
しかし、この世界でもラッパーは母に感謝しがちなんだなぁ。
ラップを口すさんでいるエルは、俺の隣から少し速度を上げ先に進み、そして振り返る。
「せい! いぇーえ?」
上半身を傾かせ、俺を下から覗き込むようにしながら、期待に満ちた目でこっちを見ている。
コールに対してのレスポンスを期待しているのだろう。
「い、いえーえ……」
俺のレスポンスにエルは、ぱぁと花が開いた様な笑みを浮かべる。
「せい!ほーお?」
「ほーお!」
コール&レスポンスの成功に満足したのか、ムフーとご満悦の様子。
……よし、まずはベッドから買おう。
手が出せないのが何だというのだ! こんな娘と一緒に暮らせるのだ、禁欲など些細な問題である。
テンション高めのエルに連れられて商業街を巡る。
家具屋でベッドやタンスなどを注文して、自宅へ運んでもらえるように手配し現在は普段着を購入するため服屋に訪れていた。
自分用の下着や着回しの服を数点選んだところで、エルを見ると手持ち無沙汰の様子で佇んでいる。
唐突だが、俺は女の子に服をプレゼントしてそれを着てもらうというシチュエーションに憧れている。
なんとかエルに服をプレゼントして、それを着てもらいたい。
さり気なく服の話題を振って、その様に誘導しよう。
「そう言えば、エルは着替えなんかはどうするの? 今住んでいるところから持ってくるのかな?」
「はい。服は今着ている分と同じのがもう一着あるので、それを持ってきます」
え? 普段着2着しかないの?
「さすがにそれだけだと困らない? エルも2~3着選びなよ。一緒に買うから」
「お気遣いありがとうございます。ですが私は奴隷ですので、そのようなことは......」
あ、エルが奴隷って事すっかり忘れてた。
でも奴隷と言ってもエルだって女の子だ、可愛い格好したいと思うんじゃなかろうか。
もはや俺の憧れシチュエーションなどどうでもいい。
是が非でもエルに服を買ってあげたくなった。
エルが遠慮する事は予想出来ていたから、俺の憧れ実現のために建前ではあるが対策も考えてあったのだ。
ここはその伝家の宝刀を抜かせてもらう……
「エルは今後も俺の付き人として、いろんな人と会う事になるんだけど、会う人や場所によっては服装がある程度求められることがあると思うから服は必要だよ。だから……ね?」
「そういう事でしたら......あ、ありがとうございます」
「俺の都合だから、気にしないで?」
「クスッ......タケル様はお優しいですね」
どうやら建前であることは見透かされているようだ。
だがミッションコンプリートォ! 過程や方法などどうでもいい、勝てばよかろうなのだ!
ではこれより、エルさんのファッションショーを開演いたします!!
俺はエルに似合いそうな服を選び、なおも遠慮がちなエルにそれを持たせ更衣室に押し込んだ。
「あの、着ました......」
俺が更衣室の前でしばらく待っていると、消え入りそうなエルの声が消えた。
「見せて、見せて!」
「は、はい」
更衣室のカーテンが開くとそこには、リボンを複数あしらったゴシック調のトップにフリルの付いたスカートを身に纏い、恥ずかしいのか顔を真っ赤しているエルの姿があった。
「すごく似合っている! とっても可愛いよ!」
ドレス姿のエルは見たことはあるが、あれは言ってしまえばファンタジー。
とても綺麗ではあったが、非現実的な物だ。
日本においてもキャバクラでドレスや盛り髪をするのは、非現実感を演出するためと聞いたことがある。
だが今のエルの服装は、いうなれば女の子がデートのために気合い入れてお洒落した感じの服装だ。
男心的にとてもグッとくるものがある。
「そんな、タケル様......あうぅ......は、恥ずかしいです」
エルは両手で顔を隠し、モジモジとしている。
だが真っ赤になっている耳は隠せていない。
か、可愛い……持って帰りたい。
いや、今日から一緒に暮らすんじゃん!? 持って帰れるわ!!
異世界に来てよかった!
「いや、そんなに恥ずかしがらなくても……キャバクラでもおめかしはしてるから慣れてるじゃないの?」
「あれは貸衣装ですし、お仕事ですから......それに私、男性からプ、プレゼントしてもらうなんて初めてで」
初めて会った時や、キャバクラで容姿を褒めた時は物悲しそうな顔をしていたが、今はそんなことはない。
何らかの事情故、そんな反応になっていたのだろうが、おそらく今はそこに思考が回らないほどプレゼントしてもらったという状況に舞い上がっているようだ。
だとしたら今がエルを褒めるチャンスだ!
「いやぁ! とても良くお似合いですぞ! 我が店に美の天使が舞い降りたのかと思いましたよ!」
誰だ!? 俺のエル褒め褒めチャンスを邪魔しやがったふてぇ野郎は?
俺が声のした方をジロリと睨みつけると、そこには身長150cmほどの太った同年代ぐらいの男がいた。
ほ、ほんとに太てぇ野郎だ……
「あ、フットルトさん」
「やぁ、エルちゃん」
え? 知り合い?
「えっと……エル? この方は?」
「ああ、この方はフットルトさんで、ヌッチャリーグッチョリーに衣装提供して頂いてるタンショー商会の跡取り息子さんです」
「いやぁご紹介に預かりました。僕はフットルト・タンショーといいます」
ああ、太ると肉に埋もれて短くなるもんなぁ。
タンショー商会について突っ込むのは止めにしよう……さすがにちょっと慣れてきた。
「あなたが件の性の大賢者様で? いやぁご噂は聞き及んでおりますよ」
性の大賢者としての噂ってなんだよ!? 俺まだなんにもしてないのに!!
やっぱり王様はぶん殴ろう。
「性の大賢者は王様の勘違いですよ。だから俺に対してはもっと砕けた感じでいいですよ」
「おや、であればお言葉に甘えて……僕に対しても敬語は使う必要な無いよ」
「ああ、わかったよ。ありがとう」
良いやつそうだなぁ、邪魔なんて言ってゴメンね!
「あれ? キャバクラに衣装提供してるってことだったけど、この店にドレスとか置いてないよね?」
「ああ、この店は庶民向けの低価格帯の服を専門に扱っている店舗なんだよ。提供しているドレスなんかは貴族向けの店舗にあるのさ」
なるほど。
そんなに幅広く商いをしているなんて結構な規模の商会のようだ。
一通りフットルトとの会話を終え、会計をする。
ちなみにエルは元の服に着替え直していた。
気に入ったらんなら着てても良いと言ったが、汚したくないと言って持ち帰る事を選んだようだった。
俺が代金を払うとすると、フットルトが片手を上げ制止させ口を開く。
「君が元いた国で使えそうなアイディアがあったらぜひ教えておくれよ。僕達、タンショー商会も風俗街に資金提供しているからね。出来るだけ協力させてもらうよ。その事が僕らの利益にもなり得るからね。そしてこれは先行投資さ」
そう言って代金を割引してくれた。
なんて良いやつなんだ。
改めて邪魔なんて言ってゴメンナサイ!
心強い味方を手に入れた俺は、軽やかな足取りでエルを連れて店を出る。
隣を歩くエルは俺が買い与えた服の入った袋を大事そうに、自分の腕に抱きかかえていた。
【あとがき】
太ると短くなるのは作者の実体験です。
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