第10話 命の価値は


 今日も来てしまったと、ヌッチャリーグッチョリーの看板を見て思う。

 別に来たくない訳ではないのだが、王様もといジジイのせいで今日はもう既に疲労困憊だ。


 今日は早く支払いを済ませて帰ろう。

 そう思いながら俺はヌッチャリーグッチョリーへと足を踏み入れた。



「そう言えばタケルちゃん昨日お店のバックヤード案内してないわよね?」


 店に入った店長はそう言いながら入り口側のカウンターを通り過ぎた。


「そうですね……また今度教えるって昨日言ってましたね?」


 店長の問に俺が答えると、ホールに向かう通路中腹のドアの前で店長が立ち止った。


「せっかくだからバックヤードも見せてあげるわね。ついて来て頂戴」

「あっ……はい……」


 早く帰りたかったがそうもいかなそうだ。

 あの店長からお願いをされたなら首を縦に振らざる負えない。

 返事した俺を見て店長は扉を開けた。


「じゃ~ん! すごいでしょ? 秘密の花園よん?」

「……結構広いんですね」


 店長に続いてバックヤードに入った俺の率直な感想は恐怖だった。


 部屋の中央に来客用のソファーと机が置いてあり、さらにその奥に黒塗りの一人掛けの椅子と机があった。

 ……ここまでは良い。


 だが、奥の机の上にある王将と書かれた巨大な駒の置物と、壁に掛けられている仁義と大きく掘られた木の板はなんだ?

 Vシネマとかでよく見るヤクザの事務所じゃねーか! 怖いよ!!


 えっ……店長ってもしかして本当にヤクザ?

 もしヤクザだったら、ヤクザより怖いネタ使いにくくなるよ!

 だってヤクザだもの!!



 恐怖に駆られた俺は、いざという時の逃走経路を確保するために部屋全体を見回す。

 左側にもスペースがあるようだが、木の衝立が建てられており入り口からはその奥の確認できない。

 右側は壁に扉が有り、その脇に備品なのか木箱が積んである。


 やった! 扉がある! 

 だが、扉の先は行き止まりの可能性もある。

 ここは慎重に、部屋を褒めつつ情報を探ろう。


「りっ立派な部屋ですね!!」

「そうでしょ? 支配人さんがデザインしてくれたのよ~」


 支配人がデザイン?

 店長の趣味ではないのか……となると組長は支配人と言う事になる。

 絶対に近づかないようにしよう…


「あ、あの木箱は何ですか?」

「あれは食材よん。あの扉が裏口になっているから、そこから搬入するの。キャストの子もあそこから出入りするわ」


 ビンゴ!!

 よし! いざとなったらあそこから逃げよう。

 俺は心に誓った。


「そうそう。まずは昨日の支払いを済ませちゃいましょ? こっちに座って頂戴」

「失礼します」


 来客用のソファーに手招きする店長について行き俺はソファーに腰を掛けた。


「じゃあ早速昨日の支払いなんだけど良いかしら?」

「すみません。その前にもしよかったらこの世界のお金について教えてくれませんか?」


 王様から金貨をもらってはいるのだが、この世界の物価などの価値について俺は何も知らない。

 王様に聞こうかとも思ったが、あの時俺は王城から一秒でも早く出たかった。


 店長に支払いする前に、エル先生にいけない個人レッスンをお願いするつもりだったが、店長が風俗街の入り口で待ち伏せ、もとい待っていてくれたため、店長に聞くこととなった。


「あら? お城で聞かなかったの?」

「忙しそうだったので……お手数かけてすいません」

「じゃあお姉さんが手取り足取り詳しく教えてあ・げ・る」


 そう言って店長はこの国の貨幣の種類を教えてくれた。


 通貨単位はコンというらしく使用しているのは硬貨のみで、半銅貨・銅貨・銀貨・金貨・聖金貨の5種類。

 硬貨はそれぞれは50コンで半銅貨1枚、100コンで銅貨1枚、1000コンで銀貨1枚、10000コンで金貨1枚、100000コンで聖金貨1枚となって、最低流通価格が50コンになるため、50コン以下の値段のものは複数セットで販売されているそうだ。



「話を遮るようで申し訳ないのですが、ちょっと質問してもいいですか?」

「あらなにかしら? 何でも聞いてちょうだい?」


 種類や価値、貨幣の名前は分かったが基準がないとピンとしない。

 仮にハイパーインフレが起こっていてジンバブエのようなことが起こっていたら悲惨だ。


「パン一つの値段と平民の月収が知りたいのですがよろしいでしょうか?」

「そうね……まちまちだけどパンは100から500で、月収は20万から40万ってところかしら」


 まだパンの値段と月収しか聞いていないが、おおよそは日本と変わりがないように感じた。

 店長の説明を受けた俺は王様からもらった、お金の入った麻袋を手に取り目を通した。

 念の為貨幣の種類を店長に見てもらいながら確認したかったからである。


「これが銅貨でこれが銀貨、そしてこれが金貨で大きいのが聖金貨ってことでいいのでしょうか?」

「そうよ合ってるわん」


 そうすると合計で60万コンか……

 庶民の月収の平均に色を付けて、服や家具などの買える分といったところだろう。

 国営の風俗街と言っていたし、俺への給料は月収制なのだろう。


 ……月収制だよね?

 違ったら困るぞ! 王様から仕事を振られてる以上、冒険者や商人なんてやる暇はないんだ!

 くそっ! 早く帰りたいばっかりにそこら辺に考えが及んでいなかった!

 また後日でも王様に会って確認しないといけない……憂鬱だ。


 とにかくこの場は支払いを済ませて帰ろう。

 俺は一刻も早くこの場所から退散したい。


「遅くなって大変申し訳ございません。お支払いをお願いします。」

「タケルちゃんなんかかしこまってない? どうしちゃったの?」


 そりゃかしこまりもするだろう。

 なにせ筋肉流々の男にヤクザの事務所で軟禁状態だ。

 誰だってこうなる。


「いえそんな事無いですよ! 気のせいです!」

「あらそう?」


 分かったから早く値段を教えてくれ。

 俺は早く帰りたいんだ。


「おいくらですか?」

「えーと昨日の会計はそうねぇ…10万ってところかしら?」


 店長は唇に指をあて考える仕草をして値段を言った。

 エルもこの仕草をするが店長の真似をしているのだろうか。

 だが店長、仮にお前がエルの真似をしているのだとしたらすぐにやめろ。


「分かりました。10万ですね…って高くないですか!?」


 キャバクラということも考慮しても、定食と餃子2人前とドリンク2杯だ。

 いくらなんでも高すぎる。


「だってタケルちゃんは国賓で来た賢者様でしょ? 王様からお金をもらっているから貴族様価格でいいかなって思ってのだけど……」


「貴族様価格?」


 と言うことは平民価格なんてものもあるのだろうか?

 全財産60万で、値段は知らないが家具や服も買わないといけないのだ。

 1食分で5万は流石に払えない。

 この場は、自分の懐事情を正直に話して誤解を解こう。


 ・


 ・


 ・



「あら? そうだったの……ゴメンナサイね? だったら5000コンでどうかしら?」


 店長は俺の懐事情に理解を示してくれたようで、値段がものすごく安くなった。

 普通の居酒屋なら高すぎるが、ここはキャバクラだ。

 キャバクラでの金額と考えれば安すぎるくらいだろう。

 ここで突っ込むとやぶ蛇になりそうなので、黙っておく。



「じゃあ、はいこれ。5000コンです」

「は~い。確かに!」


 さっさと精算を済ませて帰りたいところだが、価格のことで聞いておきたいことがあったので店長に質問してみる。


「そういえば店長。メニューに金額が載っていなかったり、貴族と平民で価格が違うってことは、その場その場で店長が決めてるんですか?」

「そうね~。国営で貴族様が運営しているから、赤字でも潰れはしないんだけど……それでも限度があるでしょう? だから貴族様が利用する場合と平民が利用する場合で金額を変えようってルールになっているの。細かい金額は店長のワタシの判断で決めて良いことになってるわ」


 なるほどそういう事だったのか。

 国営だからだろうか……日本のキャバクラに比べてもすごく健全な感じがする。

 ただ、最初に金額を聞いた時はぼったくりかと思った。


 っていうか、そうだよ! 国営だよ!

 ヤクザの訳がない!

 この部屋のインテリアも、俺の前に召喚された日本人が伝えた文化で、ここの支配人がその文化に傾倒しているとかそんなんだろう。

 な~んだ、ビビって損した! ガハハ。


「いや~。最初はぼったくりかt「ぼったくりだとう!!」」

「ち、違いますぅ。勘違いしたってだけです」


 ヒェー……気が抜けたせいでいらんこと言ってしまった!

 ヤクザじゃなくても、ヤクザより怖いことに変わりはなかった。

 オネェ言葉が抜けているところが特に怖い。

 口は災いのもとである。


「んもう。こっちも貴族って勘違いしたのもいけなかったけど、ぼったくりなんて酷いわ。お姉さん傷ついちゃったわ」

「す、すみませんでした」


 何でもします! 命だけは!


「だ・か・ら……お詫びとして、本格的にこのお店を手伝ってくれないかしら?」


 ハハン、こやつめ。

 初めからそのつもりだったな?

 試しで接客だったのに料金を請求される時点でおかしかったのだ。

 おおかた、料金の代わりに手伝えと言うつもりだったのだろう。


 片方が一方的に与えるだけでは、歪な上下関係を生んでしまう。

 心理学的にも、身分の高い人間は共感性が失われて行く傾向にあるらしい。

 俺が店長から何も得ず与えるだけだと、俺は自分の意見を押し付けるような人間になるかもしれない。

 それはこの先、風俗街に根を下ろし暮らしていく上ではデメリットになる可能性がある。


 おそらく店長は後腐れが無いように形だけでもギブアンドテイクという事にしようとしてくれたのだろう。

 俺が余計な一言を言ったせいで、暴言のお詫びになってしまったからお金払わないといけないけなくなったけどね。

 ……俺のバカっ!


 エルはこの事は……知らないだろうな。

 まだ出会ったばかりだが、こういった打算が出来るタイプには見えない。


「わかりました。今日は一旦家に帰って色々改善案を考えてみます」


 俺は降参するように両手を上げ答えた。

 俺の仕草に、店長の思惑を俺が感づいた事がわかったのだろう。

 店長はニヤリと笑ってみせ―――――


「ああ、これで俺たちは一蓮托生の仲間だ」


 なんだよ、カッコイじゃねぇか。


 ・


 ・


 ・



 家路につく前にエルの事が気になり店長に聞いたところ、今は買い物に出ていて店にはいないとのことだった。

 店長は俺の家にベットが一つしかないことをエルか聞いていたようで、家具などが揃うまではエルを今まで通りお店に泊めるとのことだった。

 間違いが起こっては大変とくねくねしながら言っていたが、顔は怖かった。

 どうやらエルとの一つのベットで寝るイチャラブパートはしばらくおあずけのようだ。


「はい。タケルちゃん。よかったら夜ご飯に食べねん」


 そして店を出る前に店長から唐揚げとおにぎりを持たせられる。

 喋り方や見た目を抜きにしてみると、店長はカッコイ大人だった。


 家に帰りもらった唐揚げとおにぎりを食べ、疲れた俺はベットに横になる。

 この世界に召喚され、今日で二日がたった。

 明日は日用品なんかを買いに行こう。


 俺は睡魔に身を任せながら今日の出来事を思い返す。



 失言で命乞いをしていたら仲間が出来た。








 だけど店長は夢に出ませんように……



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