第7話 酔い姿が可愛い娘は多いが、泥酔時でも可愛い娘は中々いない
あ……ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
俺は異世界のキャバクラに来て、女の子とおしゃべりしていたら唐揚げ定食と餃子を注文していた
な……何を言っているのか、わからねーと思うが、俺自身何をしてるのか、わからねぇ。
頭がどうにかなりそうだった……
アサチュンの唐揚げを見ながら、そんな事を考えていた。
ふとエルに目をやると、とても幸せそうに、唐揚げを口いっぱいに頬張っていた。
美味そうに食うなぁ。
「どう?エル。美味しい?」
「はい! とってもおいひいですっ!」
やだ……なにこの子……持って帰りたい。
ちゃんと世話するからぁ!
「タケルさんはまだあまり食べてないようですがどうかされました?」
口に含んでいた唐揚げを飲み込むとエルはそう言った。
美味しそうに唐揚げを食べるエルを見て、誘拐しようと思ったなんて馬鹿正直に言おうもんなら、また蔑まれた目で見られてしまう。
それはそれで悪くないのだが、せっかく幸せそうなのだ、ここは別の話をして論点をずらそう。
「美味しそうに食べるなぁって思ってさ? エルは唐揚げ好きなの?」
アサチュン好きって言ってたしなぁ……
「好きですけどそんなに見られると食べ辛いですよ......」
エルは、そう言いながら少し恥ずかしそうに顔をそむけた。
しかし、唐揚げを食べる手は止まっていなった。
恥ずかしいなら食べるのを一旦やめればいいのに……よほど好きなのだろう。
「タケルさんも早く食べてください! 冷めたら料理が美味しくなくなりますよ!」
「そっそうだね! 俺も食べようかな?」
唐揚げを口へと運びガブリと噛む。
口に入れた瞬間に鼻へと抜ける香ばしい風味、そして一噛みする事で三つの味が段階を経て襲いかかる。
まず初めはクリスピーな衣、柔らかな鶏肉、その鶏肉からあふれるジューシーな肉汁、咀嚼をすることで、この3種類の味が渾然一体となり味のレベルを引き上げている。
だが待ってほしい。
衣のクリスピーさを出すためには高温の油で揚げる必要がある、つまり肉はパサパサになっていまうのだ。
これは肉にも言えることで、柔らかくするためには低音の油で揚げる必要があるからフニャフニャの衣になるはずだ。
本来両立することのない、相反する2つが両立している……なぜだ?
―――ッそうか! 二度揚げだ!!
なんて、脳内でグルメマンガのコメントごっこをするくらい、唐揚げは普通に美味しかった。
エルも美味しそうに食べてるしそれはいいのだが、やはりこの状況が不思議で仕方なかった。
異世界のキャバクラと言うのはこんな感じなのだろうか。
店の内装と女の子以外はノリは居酒屋でメニューに至っては中華料理屋だ。
これは店長に聞いてみないといけない。
「ごちそうさまでした! タケルさんありがとうございます! 美味しかったです!」
「ほらエル。よかったらこれも食べていいよ」
俺の分の餃子の残りをエルに差し出す。
「わぁ! 良いんですか? いただきます!」
不意に懐かしい感覚にとらわれる。
そうか、子供のころに親の実家に帰省したときに、よくじいちゃんが食べ物をわけてくれてったけ。
あの時のじいちゃんはこんな気持だったのか。
……なんだこの実家感。
少なくともキャバクラ感じる感覚ではないと思う。
その後、二人で定食を食べ進め、お互いに残すは飲み物だけになっていた。
「おなかいっぱいです! ありがとうございます。」
そう言うとエルは飲み物に口を付けた。
頬を赤らめながらグラスを両手で持ちながら飲んでいる。
頼んだ時に、聖乳と言っていたが見た目は牛乳である。
「ん......コク......ッン......ッハァ」
俺はかつて牛乳をここまで色っぽく飲む人を見たことがない。
牛乳を艶かしく飲む選手権をすれば、エルは特別審査員賞を受賞することだろう。
もちろん審査員は俺だ。
「やっぱり、これ美味し......私これ大好きなんですよぉ~?」
エルは顔を赤らめながら俺との座っている距離を詰めてきた。
「エッ、エルさん? いきなりどうしたの? ……大丈夫?」
これは酔っぱらっているのだろうか?
まさか聖乳ってアルコールなのか? だとしても弱すぎだろ!
酒の弱い女の子がすぐに酔っ払うのは、よくマンガやアニメで見かけるけど、一つのセリフの中でシラフからベロベロってのは最速じゃねーか。
それに実際に距離を詰められると固まってしまう。
俺は、ディフェンスの弱さをオフェンスでカバーしているタイプの童貞なのだ。
「私、タケルさんの事何にも知らないから色々教えてほしいなぁ~?」
「エルさん? 酔っぱらってらっしゃいます?」
そう言うとエルは更に俺にさらに近づいてくる。
「それとも私なんかじゃいやですかぁ?」
「い、いやとかそういうんじゃないよ? エルさんや、一回落ち着こうか」
俺の膝に手を置き、更に身を寄せる。
エルの顔は俺が少し首を伸ばせば、キスが出来そうなほど近くにあった。
天国のような、【まつ毛長っ】状態に俺は気が【良い匂いするっ】 動転しそうになった。
マズイ……脳内がバグっている……この距離は童貞が死ぬ距離ですぞ!
いいのかこれは? やってしまっていいのか!?
思えば、なんかいい思いが出来るんじゃないかと期待して無料案内所でアルバイトを初めて早一年。
結局、童貞のまま仕事をこなすばかりで、経験ないくせに無駄に夜の店の知識だけがあるモンスター童貞が出来上がっていた。
そして、3ヶ月前からお金を貯めてようやく筆おろしをしようと思った矢先に異世界に召喚されるという不運。
だが! 全てはそう、この時の為!!
今、晩年の思いを込めて! タケルいっきまーす。
「……zzz」
「あ~はい! お約束いただきました!」
酔っぱらい近づいてきたエルは俺に倒れ掛かるように寝てしまった。
現在はエルを抱きしめるような形になっていて、エルの口から涎が垂れて俺の服の鎖骨あたりに染みができている。
……この服しばらくは洗うのを控えよう。
そう思っていると入り口の方から地鳴りのような足音が近づいてきた。
「貴様ぁ!! なにしとんじゃあ!!」
足音は店長だった。
般若のような形相で近づいてきて、俺に顔を寄せる。
店長の顔は俺が少し首を伸ばせば、キスが出来そうなほど近くにあった。
この距離は人が死ぬ距離ですぞ!
生死の境のさまよっている状態に俺は気が動転しそうになった。
このままではやられてしまう!!
「ちっ違いますぅ! エル寝ちゃったんです!」
「あ゛ぁん?」
「ほっ本当です! 俺何にもしてません!!」
そう言った俺に対して警戒を解かずに、店長は俺にもたれかかっているエルと机の上のグラスを見て少し考えた後、納得したのか顔を破顔した。
「もう! 先にそれを言ってよ~」
言う隙も与えなかったじゃねーか! などと当然、言うことも出来ず。
戦々恐々としていると店長が俺に両腕を差し出す。
店長の意思を理解した俺は、もたれかかったエルを起こさないように店長に渡す。
店長は優しく受け取り、ゆっくりと隣の席のソファーに寝かせた。
「タケルちゃん?四人席にひざ掛けがあると思うから取ってもらえるかしら?」
「はっはい!」
エルをソファーに寝かせ介抱しながら店長が指さした四人席には、ひざ掛けが畳んだ状態で何枚か置いてあった。
ソファーから立ち上がった俺はひざ掛けを一枚取り店長に渡した。
「はい。これで大丈夫でしょうか?」
「ありがとねん。やっぱりエルちゃんにはまだ早かったかしら…」
店長は俺から受け取ったひざ掛けを寝ているエルに優しくかけた。
やれやれと言った感じでエルを見下ろしている店長に先ほどの鬼の形相はなかった。
良かった…殺されずに済んだようだ。
童貞のまま死にたくはない。
敵に回すのはやめよう。
俺は心の中でそう誓った。
「さっきはごめんねタケルちゃん。お姉さんびっくりして勘違いしちゃったわ」
「だっ大丈夫です。気にしないでください。それよりエル酔っぱらったみたいですけど大丈夫ですか?」
店長はエルを隣のソファーに寝かせた後、俺の隣にやってきた。
「前一緒に飲んだ時は平気だったんだけどねぇ……一気に飲みすぎちゃったみたい」
「そうなんですか。 ところで聖乳ってアルコールなんですか?」
俺はふと疑問に思った。
仮にアルコールだとするならこの世界は未成年でもアルコールを飲んで良い事になる。
いや、そもそもエルは未成年なのだろうか。
まずこの世界のルール自体まだ何も知らない。
「ん~お酒ではないんだけどねぇ……エルちゃんは酔っぱらちゃうのよね……エルちゃんが起きたら本人から聞いてもらえるかしら?」
「……? はい。分かりました。」
「あんまりしつこく聞いちゃだめよ? しつこい男は嫌われるんだから。」
デリケートな問題なんだろうか?
店長が言わないということは、恐らくそうなのだろう。
「ところでタケルちゃん!今日の接客について聞きたいんだけどいいかしら?」
「はい。分かりました。 代わりって言っちゃなんですが、自分も色々質問したいんですがいいでしょうか?」
「分かったわ~ じゃあお互いに質問しましょうね。それでいいかしら?」
俺は店長の提案に頷いた。
そう言えば王様からも分からない事は付き人に聞くようにと言われていたし、店長に聞いても問題はないだろう。
色々聞きたいことはあったがまずは大前提から聞いてみてそこから判断しよう。
「あの、店長この世界って他にキャバクラってあるんですか?」
「あるわよん。このシコリア王国内には無いけど隣国のゼッツリン帝国にはあるの」
んん? 絶倫帝国?
この世界は一回下ネタを挟まないと話が進まないのか?
いや俺の聞き間違いかもしれないし…念の為もう一度聞くことにしよう。
「……ゼッツリン帝国ですか?」
「ええ。ガリウス・マ・ジカル・ダンコン皇帝が治めてる、ゼッツリン帝国よ?」
ああ、そりゃ絶倫だ。
聞き直したせいで余計な皇帝の名前まで出てきた。
これはこれ以上突っ込むともっと色々出てきそうな気がする。
真面目な話をしている最中なのだ、ここは一旦スルーして話を先に進めよう。
…国名と皇帝の名前が出てくると真面目な話が出来ないってすごい状況だな
「じゃあシコリア王国内にはキャバクラはないんですか?」
「そうね。ないわ」
無いのか。
だとするとこの店の接客は何を参考にしてこんな状態になっているんだ?
ゼッツリン帝国のキャバクラが元々こんな感じなのだろうか。
「あのーヌッチョリーグッチョリーのお店が接客の参考した店ってあるんですか?」
「そうねぇ~しいて言うなら色々なお店から少しずつかしら?」
色々なお店?
少しずつ?
その前に店長はキャバクラが何なのか知っているのだろうか。
ここまで来ると怪しくなってきた。
「あの店長…? かなり失礼なのですがキャバクラってどんな店か知ってますか? まず行ったことありますか?」
「行った事はないけどしってるわよん? 女性と飲み食いしながらお話しする場所でしょ?」
なるほど…大筋は正解だが、大筋だけしか情報がなく細かいディテールが抜けているのが問題のようだ。
地球と違い、インターネットや電話がないため、情報は人から人へと伝えるしか無い。
その過程で色々と抜け落ちているのだろう。
ゼッツリン帝国のキャバクラがどんな感じなのかは知らないが、少なくとも俺が知っているキャバクラとは全く違う。
それにしても、キャバクラに行った事が無い人が店長で大丈夫なんだろうか…?
「俺が知ってるキャバクラとは全くこのお店が違うんですがどこから言っていけばいいでしょうか…?」
「あら?そんなに違うの!?全部教えてもらえるかしら?」
そう言いながら店長は俺との距離を詰めた。
教えるからそんなに俺に近づかないでほしい。
俺は店長に自分の世界のキャバクラとこの世界のキャバクラの違いを説明した。
①キャバクラには基本的に待合室はない。あれだと風俗である。
店長曰くやはりと言うべきか、ここの風俗街にある風俗店から待合室のアイディアをもらって、それをそのまま流用したようだ。
②ホールに入ってからの掛け声と太鼓がうるさい、あれだとまるで居酒屋だ。
これまた、街の中にある食事処からアイディアをもらったそうだ。
感じていた違和感は違和感ではなくそのまま居酒屋のアイディアだったということである。
③キャバクラでは食べ物じゃなく飲み物を飲む。食べたとしてもおつまみ程度の軽いものである。
店長からは食べ物がなかったらどうやってお金を取るのかと聞かれた。
飲み物でお金を取る事を説明したが、あまり納得していないようだった。
またメニューなどについてはまた詳しく話さないといけないだろう。
他にも色々あるがまずは大まかにこの3つを直さない事には、俺が知っているキャバクラではないと思う。
この世界の需要が分からない以上、本当に俺が知っているキャバクラで大丈夫なのか不安なところはあるが、まずは俺が知っていることを店長に伝えた。
「タケルちゃんの話、聞いただけじゃ分からないこともあるけど流石ね!支配人さんが言ってた通りだわ!」
「支配人さんが俺の事を店長に話してたんですか?」
前々からエルが店長と別に支配人と言う言葉を出していた。
このニュアンスからすると店長よりも上の人なのだろう。
支配人と言う人は王様とのつながりでもあるのだろうか?
「そうよ!遠い国から来た性の大賢者って聞いてるわよ!」
「誰が性の大賢者だ!!」
不名誉だよ!
高校にもいたよ!
クラス内でエロ本貸してくれるやつのあだ名だいたいそんな感じだよ!
「それはそうとタケルちゃん? もうすぐお店のオープンの時間なの。今日はもう疲れてるみたいだし、また明日お話聞かせてもらえるかしら?」
「はい……わかりました。」
本当に今日は疲れた。
店長の言葉に甘えて帰って休ませてもらおう。
「エルちゃんはこのまま休ませとくけどタケルちゃんは一人で帰れるかしらん?」
「大丈夫です。家もそんなにここから遠くなかったですし」
ここから家の位置はまっすぐ進むだけだったから帰れるだろう。
そう思いソファーから腰を上げ寝ているエルを横目で見たあと俺は入り口に向かって歩き出した。
そんな俺よりも早く、入り口のカウンターに店長が先についていた。
なん……だと……?
何故、俺より先にカウンターに着いている?
いつ追い抜かれたのか全くわからなかった…これが俗に言う瞬歩ってやつか…
いや、キャラ的に店長が使うなら響転(ソニード)だ。
先回りしたのは恐らくお見送りのためだろう、そう思いカウンターを通りすぎようとした時だった。
「店長。今日は失礼します。また明日これたら来ます」
「はぁい~ところでタケルちゃん忘れてるわよん?」
忘れ物?
俺は特段ここにわすれものをした記憶はなかったし、そもそも物を持ってきていなかった気がする。
「忘れ物ですか?」
「お・か・い・け・い☆」
「あぁ~そうですねぇ~忘れてました……ってお金とるんですか!?」
金とるんかい!!普通こういう時は無料になるものじゃないの?
世知辛ぇ。
それ以前に今更だが俺はこの世界のお金持っていない。
こういうのって召喚者側が最初に用意してくれるんじゃないの?
裸一貫、天下不滅の無一文たぁまさに俺の事だ。
「あの……凄く申し訳ないんですが、今お金持ってないです……」
「あ゛ぁん?」
「すいません! 明日! 明日には絶対持ってきますから!!」
これたら来るから絶対に来るになってしまった。
気が付かなかった俺も俺だが、この世界で暮らす上での生活費がそもそも無い。
明日、王様に会いに行って文句を言ってやろう。
「わかったわん?明日絶対に持ってきて頂戴ね……約束だぞ。」
怖いよ!
これまでずっとオネェ言葉だったじゃん。
この内容で最後だけ素で話すのは止めてよ!
「わかりました……また明日きます」
「は~い! じゃあまた明日来てねぇ~」
店長に一礼をしたあと帰ろうと入り口の扉をあけ店を出た。
振りかえるとお店の扉が閉まる瞬間店長が上腕三頭筋を見せつけるポーズをしていた気がした。
今日は帰って寝よう……
家路につくまでの道で空を見上げる。
灯りが少ないためだろう、日本で見る夜空とは違い、そこには満天の空に光り輝く星たちがよく見えた。
家についてからの俺は何もする気力がわかず、溶けるように眠りについた。
いい夢が見れますように……
夢には店長が出てきた。
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