第5話 メタネタはやりすぎると世界観が崩壊する


 エルの準備が終わるまで店長にお店を案内すると言われた俺は一緒に店の中を見て回ることにした。


「じゃあまずは入り口から紹介するわよ~」


 そう言うと入り口の方に歩き出した店長は内股気味にスキップをしだした。


 あの体格でスキップしてなぜ着地音が全くしないのだろうか。

 音を消して歩くのが癖になっているのかな?怖い。


「うふふ~ほらぁ~タケルちゃん! 捕まえてごらんなさい~」


 追いかけたくはない。

 波打ち際で追いかけっこするカップルごっこは、いつか来るであろう水着回でエルと行う為に残しておきたいからだ。


 でも怖いから店長を追いかけた。


「待ってくださいよ! 店長~アハハ……」


 俺は何をやっているんだろう。

 そんな事を思っていると、ようやく店の入口にたどり着いた。

 長く感じたのは、それだけ苦痛だったからだろう。


 入り口から見て正面と右側に通路があり、L字状の形になっている。

 L字状の内角がくり抜かれ、ファミレスのレジカウンターのようになっている。

 恐らくここで料金の精算をするのだろう。


 右側の通路に目をやり店長に問いかけた。


「この通路の奥には何があるんですか?」

「お客様用の待合室とトイレがあるわよん?」


 正面の通路は先程、店長と追いかけっこしながら通った通路だ。

 通路の中腹あたりに入口正面から見て左側に扉がある。


「そっちの扉は従業員が待機する部屋や飲み物が置いてある裏口の方に続いてるの!

 今度見せてあ・げ・る…うふっ! いきなり全部見ても楽しくないでしょ? 乙女と一緒で秘密がつきものよん」


 バチコーン!


 店長のウィンクした音だった。

 けしてイメージなどではなく、物理的に空気の振動として聞こえた音だ。

 なんでウィンクで音がなるんだよ……どういう表情筋してるんだ?


 これはまずい。

 店長のキャラが強すぎて、主人公の俺が明らかに喰われている。

 キャラクター人気投票でもした日には間違いなく店長に負けてしまう。

 いちいち店長にビクついていたら駄目だ。

 ここは本来の俺のキャラクター性である、ニヒルでクールなナイスガイな所を強調していこう。


 フッ……いちいち五月蠅い筋肉達磨め……

 これで良し!



 正面に進むと店の全体を見渡すことができた。

 まず目に止まるのはお店の最奥にあるショーなどで使えるようなステージで、その脇にピアノも置いてある。

 客席はステージ見やすように入り口側からステージかけて4列の扇状に広がっている。

 内側2列はソファーを挟んでテーブルがある4人席、外側の2列ソファーが一つに丸テーブルの2人席だ。

 外側の2人席は、内側の4人席より一段高くなっている。

 これはステージが見やすいようにという配慮だろう。


 装飾は天井にシャンデリア、壁には水晶のような物が取り付けられており光を放っている。

 ステージ横の左右の壁には何の生物のは分からないが、顔の石像が埋め込まれており口から水を流していた。


 ざっと見全部で60席前後あるだろうか、中央2列の4人席は左右に大きくスペースも開けているので、人の行き交いもしやすくなっている。

 歌舞伎町の一般的なキャバクラに比べてみても中々の広さだと感じた。


 店の感想としては、違和感を覚えるところはあるが、それは異世界と日本の文化の違いだろう。

 さしたる問題は無いように思える。



 設備についても、色々と質問もしてみた。

 店長から聞いた話では冷蔵庫のような機械類や電気の類はこの世界には無いらしい。

 魔法の概念はあるものの、文明の進み具合で言えばやはり中世ぐらいのようだ。


 一応硝子などはあるものの店長曰く高級らしくあまり使っていないとのことだった。

 その為、目に留まっていたシャンデリアも水晶と甲殻類の抜け殻を磨いて作った物らしい。

 入り口の扉なども木で出来ていた。


「タケルちゃん! もうすぐエルちゃんの準備も終わると思うから待合室で待っててくれるかしらん?」


 そう言うと待合室まで店長に連れていかれた。

 真ん中に大きな長テーブルがあり、それを囲むようにソファーが置いてある。

 薄暗くなってはいるものの周りについた水晶の照明のおかげで真っ暗と言うわけではない。

 壁には少し小さめの窓がある。恐らく位置的に入り口横のカウンターと待合室でやり取りが出来る配置になっているようだ。


 待合室に入り俺は何か違和感を覚えた。

 なにが変なのか考えていると店長が横から机の上に置いてあった本を俺に手渡してきた。


「タケルちゃん。これね、うちの女の子達の自己紹介とお店のルールが書いてあるから読みながら待っててねん?」


 そう言って1冊の本を渡すと店長は待合室から出ていった。

 待合室に入った際の違和感の正体は分からなかったが、俺は受け取った本を開き目を通した。

 羊皮紙だろうか?紙の質はそこまで良くないように思える。

 本には店のルールとキャストの名前や趣味そしてNG行動とOK行動と言う風に手書きで書かれていた。




【あなたに教えるヌッチャリーグッチョリー】


 お店のルール!


 ①ここでお話ししたい子を選んでちょうだい


 ②お客様でも女の子が嫌がることはしちゃだめよ?


 ③嫌がる事をしたら皆のアイドルヌッチャリーがお仕置きするわよん


 ④ルールを守って全力で楽しんでちょうだい!


 キャストについて


 名前 ヌッチョリー 趣味:筋トレ、寒風摩擦、ウラスジンの餌やり

 NG行動:何にもないわ。一緒に楽しみましょ?

 OK行動:何でもするわよんリクエストしてねん?


 名前 メリム 趣味:お花を見る、買い物、タマティンの散歩

 NG行動:初めてのお客さんは緊張しちゃうから相談してほしいかな…でも痛いのはいやかも。

 OK行動:精一杯楽しんでもらえるように色々頑張っちゃうね!


 名前 ボル子 趣味:走る事

 NG行動:フライングとドーピング

 OK行動:100m、200m、4×100mリレー





 ウラスジンとタマティンってなんだよ!

 恐らくは何らかの動物なんだろうけど、名前が卑猥だよ!

 前半の方で水着回やら人気投票を話題を出して、書籍化やアニメ化を意識してたけど倫理的にもう無理だよ!!

 あと最後の娘は出身地ジャマイカなの?

 ウラスジンとタマティンが強すぎてオチのボル子霞んでるよ!


 キャストの紹介ページを見ていると待合室の扉が開き店長が入ってきた。


「エルちゃんの準備ができたわ。タケルちゃんは大丈夫かしらん?」

「大丈夫です! ただ店長一つ質問があるんですけどいいですか?」

「なにかしらん?」

「ここでお話ししたい子を選ぶって書いてますがどうやって選ぶんですか?」


 当然の疑問だった、写真もなければましてや絵もない自己紹介と書かれた文字だけだったからである。


「今タケルちゃんが持ってる本を見て選んだら、そこの壁に小窓があるでしょ? そこからカウンターに指名したい子を言うのよ」

「いえ。そうではなくて……何か写真とかそう言った物ってないんでしょうか?」


 というかそもそもカメラが有るのか?

 俺の言葉に店長が少し首を傾げ、不思議そうな顔をした。


 前にエルに質問をした際に全く同じ動作をした事があったがその時は天使かと思った。

 だが今回は違う。目の前に居るムキムキのおっさんが首をかしげているのだ。


 戦慄が走った。

 その行動は、首を傾け睨めつけられているようにしか思えない。

 さながら試合開始直前のボクサーの様だった。


【ヤクザより怖い】


 俺の中のニヒルでクールな所は死んだ。



「写真なんて高価なものないわよ~そんなの使えるの貴族くらいなものよん」


 おや、カメラはあるのか。

 なかなかのご都合主義の世界のようだが、顔も見れず選べと言うのは相当ギャンブル度が高くないだろうか。

 ましてや選ぶキャストの中に店長の名前まであった。

 もし指名してこの筋肉達磨店長が出てきたらどうしろと言うのか。

 考えるだけで地獄の様だ。


「何か思うことがあるのかしら?」

「そっそうですね……ちょっとイメージと違いまして……」

「そうなの? じゃあ接客が終わってから、タケルちゃんの意見をまとめて聞かせてもらっていいかしら。」


 このまま話し込んでもエルを待たせてしまうと思った俺は、店長の言う通り一旦接客を見てから意見を言わせてもらおうと思った。


「わかりました。」

「じゃあエルちゃんを呼んでくるわね? 夢の時間を楽しんで頂戴!!」


 そう言って待合室を出ていこうとする店長の背中を見送りながら、俺はひとまずエルとの時間を楽しもうと目を閉じ集中することにした。


「あっ! おさわりはだめよん? 私の事なら触っていいけどねん!」


 その一言で目を開けると、店長は待合室の入り口で広背筋を見せつけるポージングをしていた。


【ヤクザより怖い】


 ニヒルでクールな俺はもういない。


「分かりました……早く呼んできてください……」

「いけずぅ……わかったわよ~」


 そう言うと今度こそ出ていった店長を確認し、再び目を閉じ集中した。

 その後すぐに待合室の扉がノックされた。


「お客様失礼します......ご指名いただきましたリエルと申します」


 扉が開くと、そこには薄い青色のドレスを身に纏った天使がいた。

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