第15話 機甲魔法少女、温水プールの死闘

 水着回。

 水着回である。


 あの、ヒロインたちが揃って際どい水着姿で肌を露出しつつ、浜辺で波打ち際で海の中で、止め絵でキャッキャウフフな、あの水着回である。



 ……いや、スポーツクラブの温水プールだけどさ。




 話は三日前にさかのぼる。


 すっかり暗くなった道を街灯を頼りに歩いていると、最近は日が落ちるのがずいぶん早くなって冬が来たんだなぁと感じる。


 部屋に帰り着くと夕飯に湊夏さんの作ってくれたシチューが待っていた。

 冷えた体に染み渡る暖かさ。


 みんなで食事をしている最中に湊夏さんがふと何かを思い出した。


「そう言えば」


 湊夏さんは冷蔵庫に磁石付きのクリップで留めてあった数枚の紙束を持ってきた。

 サイズからして何かのチケットみたいだ。


「先週、駅の向こうでオープンしたスポーツクラブの割引券だそうです。スーパーで買い物をした時にいただきました」


 スポーツクラブ。

 正直あまり縁のない施設だ。

 ぶっちゃけ俺はあんまり運動は得意ではない。というかTVを見るのが忙しくてとてもスポーツどころではないから。

 ていうか、運動不足?


「大悟は運動不足だと思うので、いい機会ですし、一緒に行ってみませんか?」


 湊夏さんは時々俺の心を読んでいるんじゃないかと思う。


「うーん、でもなぁ……」


 運動不足な人は運動と言われると尻込みしてさらに運動不足になる負のスパイラル。

 だって運動って色々めんどくさそうじゃん?

 走るのは疲れるしルールとか覚えるのは大変だし。

 そんなことを考えている傍らではジャーフィンがチケットを熱心に見ている。


「ふーん、プールもあるんだ」


 なにプール!?

 つまり水着回!?


「まあ……行ってみてもいいかな……」


 プールと聞いて俺は待望の水着回の予感に胸を躍らせる。

 だが水着回に期待していることを気取られてはならない。

 もし気取られればジャーフィンに何を言われるか……。


「ああ、湊夏の水着姿を見たいのね。……あんた分かり易すぎ」


 ジャーフィン、おまえもか。




 そんなこんなで週末、三人でスポーツクラブに出向く。


「大悟の足はまだ負担をかけないほうがいいでしょうから、今日はプールを中心にしましょう」


 湊夏さんが天使みたいなことを言い出した。

 これは期待できるのか!?


 入り口で割引券を出して入場料を支払う。

 奥にはクラブの関連商品を売っているコーナーがあり、湊夏さんたちはまっすぐそこへ向かった。


 そこにはクラブのロゴが入った各種スポーツ用品が並んでいる。

 ちなみにお値段は結構高い。


「大悟は何色にしますか?」


 え、色ってなんのこと?


 見てみると二人は水着を選んでいるようだ。

 並んでいる水着は……あれ?どれもクラブのロゴ入りで、クラブのイメージカラーの明るい青で、男女それぞれ同じデザインのものばかりじゃない?

 色の選択肢、ないですよね。


「あたしは黄色にしようっと」


 ジャーフィンが手にしたのはやっぱり同一デザインの……ワンポイントに黄色のラインが入ったスポーティーな ワンピースの水着だった。

 色ってそのラインのことなの?


「私はグリーンにしておきます」


 湊夏さんが手にしたのは以下略。

 あれれ、なんか俺の知っている水着回と違うぞ?


「ていうか、水着を今買うの?買ってきてたんじゃないの?」


「いえ……こんな冬の最中に近所のスーパーでは水着なんて売っていませんし、スポーツ用品店で買うならここで買っても同じだと思ったのですが……」


 た、たしかに……。


「ああ、つまりあんたは紐みたいなビキニとか、脚や胸元やお腹が切れ込んで露出したワンピースとかの布地の少ないやつを期待してたのね」


「あー……」


 ジャーフィンと湊夏さんはそろって呆れ顔。

 二人ともそんな目で見ないで!



 せっかくだから俺は赤にした。




 更衣室で着替えるためにしばしの別れの後、着替えを終えてプールサイドに出る。


 さすがオープンしたてのスポーツクラブ、なかなかの賑わいを見せている。

 施設はどれもピカピカで真新しく、いかにも最新の設備ですと言わんばかり。

 あ、天井も高いなぁ。


 と、すぐに湊夏さんとジャーフィンも更衣室からプールサイドに姿を現した。


 さあ、ここからが本当の水着回だ!


 たとえ肌の露出が少なめとはいえ、この二人は基本設定がバトル系のためか決して筋肉質ではないものの実に引き締まった体つきをしているのが水着の上からでもわかる。


 特に湊夏さん。

 アニメなどでは巨乳だの貧乳だの極端なのが取りざたされがちだけども、湊夏さんは大きいわけでも小さいわけでもない。誤解を恐れずに言うならば、普通。だがそこが良い。異論は認めない。


 ジャーフィンについては……特に言及しない。小学生女子のボディラインについて俺が語るのはいろいろまずい……けどあれ?ジャーフィンて湊夏さんと同じくらいないか?

 成長期の初期段階でこれだと将来は……。


 思わずじっと二人を見比べて立ち尽くしていると、そんな俺を見つけた湊夏さんが俺のことを見つめながら近づいてきた。


 おう、そんなに熱い視線を注がれると少し照れくさ


「やっぱり、お腹周りは気をつけたほうがいい感じになっていますね」


 い。

 え、何を言っているの、湊夏さん……。


「では準備体操をしてから、とりあえず50mを五本、ゆっくりで良いので泳いでみましょうか」


 何を言っているの、湊夏さん!?



 社会人には二種類いると思う。

 スポーツする機会がある社会人とない社会人だ。


 学校、特に小学校から高校まではたいてい授業科目に体育が盛り込まれている。

 これには体を鍛え体力をつけるというだけではなく、体を動かす習慣をつけるという意味もあるのだろう。


 個人的にはその目的は失敗していると思う。

 なぜなら自分自身がその失敗例だから。


 最後に泳いだのは何年前だっけ?

 息継ぎってどうやるんだっけ?

 ていうかこれちゃんと前に進んでいる?


 自主的にスポーツをする機会を作ってこなかった人は、当然高校の卒業と同時にスポーツに縁遠くなり、体の動かし方を忘れていくみたいだ。

 結果、泳いでいるのと溺れているのの中間のような感じでもがく、無様な生物がプールの中に誕生する。


 まあそれでもずいぶん時間はかかったものの、なんとか50mプールの反対側の壁に手がふれ、俺は心底安堵することができた。


 隣のレーンで同時にスタートし、先に泳ぎ切ってプールサイドに上がった湊夏さんは、そんな俺を見て手を差し伸べ、天使の笑顔で言うんだ。


「お疲れ様。あと4本頑張りましょう」


 きっと邪心を抱いていたことを見抜いているに違いない。


 俺はスパルタ湊夏さんに促されるまま、計5本をなんとか泳ぎ切った。



「もう無理。しんどい。俺の知ってる水着回じゃない」


 湊夏さんに引っ張り上げられ水から上がった俺は重力に打ちのめされていた。


「頑張りましたね、偉いですよ」


 ああ、やっぱり湊夏さんは


「少し休憩してから、もう5本いってみましょうか」


 ……悪魔だった。


「むーりー、これ以上やったら死ぬー」


 子供のようになりふり構わず訴える俺をみて湊夏さんは呆れ顔で笑う。


「もう大悟はしょうがないですね」


 その時だった。

 プールの方から突然悲鳴が上がる。


 見るとプールの中央に何か巨大なものがうごめいている。

 なんだあのメカメカしいものは……イカ?


「あれは……ギアノイド」


 湊夏さんがそれを睨み付け憎らしげにつぶやく。そして俺を振り返り……


「大悟、説明をお願いします」


「ええと、つまりギアノイドというのは十数年間続く機甲魔法少女メカナイズド・ウィッチシリーズに登場する敵の兵士で、やつらは異次元世界からの侵略者ギアーズ・クランの先兵として様々な形でこの地球に現れ……」


「聞きたいのはそう言うことではありません!」


 あっ、ものすごく怒ってらっしゃる。


「つまりつい先日からその第一シリーズ『機甲魔法少女メカナイズド・ウィッチいろは』の再放送が始まったので……」


「それを見たんですね」


「はい……」


「大悟」


「はい」


「後でお話があります」


「……はい」


 湊夏さんはそう言うと、イカ型ギアノイドを振り返り……ややためらいがちにポーズを決めて叫んだ。


「……変身コード、機甲魔法少女メカナイズド・ウィッチ湊夏!」


 ……。

 だが何も起こらない。


 アニメでは変身コードを機甲魔法少女メカナイズド・ウィッチ本部が受信し、それに承認を与えなければいけないのだが。


 ちなみに第十二話では変身コードの送信を妨害されピンチに陥ったこと……


「大悟、何をしているんですか?」


「え、俺?」


「変身コードを承認していただけないと、変身できません」


「それ、俺でいいの?」


「他に誰が?」


「大丈夫かなぁ?ま、まあとにかく、変身コード、承認!プライマリ・バトル・ギア、転送!」


 俺が承認のセリフを叫ぶと同時に湊夏さんが光に包まれる。


 アニメ本編ではここでいわゆる変身バンクが入るわけだけど……光り輝くシルエットになった主人公はいったん着ているものが分解され全裸と思しき状態になり、そこにバトル・ギアのパーツが順次転送、装着されるというアレなわけで、外から見たらどうなるのか……。


 だけどそんな心配は無用だった。

 光はすぐに消え、そこにはバトル・ギアを着た湊夏さんが立っていた。

 なるほど、バンク中は外から見えないのか。

 湊夏さんの裸体が衆人環視の中にさらされなくてよかった。


 当の湊夏さんはやや顔を引きつらせ、頬を紅潮させている。

 バトル・ギアのデザインに強い不満をいだいているのは想像に難くない。

 何しろ機甲魔法少女メカナイズド・ウィッチのバトル・ギアは戦闘用とは名ばかりの、やたら際どくあちこちが露出したデザインになっているのだから。


戦闘装備ウェポン・システムコード、フィスト・オブ・パワー!」


 再び湊夏さんが叫ぶ。


 フィスト・オブ・パワーとはその名の通りの拳を中心に装備される打撃攻撃強化武器で、こうした戦闘装備ウェポン・システムを状況により使い分けて戦うのが機甲魔法少女メカナイズド・ウィッチの特徴なのだ……。


「大悟!早く承認してください!」


 あ、脳内解説に夢中になっているうちに、湊夏さんが恥ずかしさのあまり半泣きになっている。


「ごめんごめん、戦闘装備ウェポン・システムコード承認!フィスト・オブ・パワー転送!」


 俺の承認のセリフとともにまたも湊夏さん……いや機甲魔法少女メカナイズド・ウィッチ湊夏は光に包まれ、それが掻き消えるとともに黒く巨大なメカの拳を装着した状態で現れる。

 ちなみに戦闘装備ウェポン・システムは鎧としての機能も多少あるので、それによっていくらか露出が抑えられた感じになるけれど……まあ正直言って焼け石に水だよなぁ。


 それはさておき湊夏さんはいかにも重そうな戦闘装備ウェポン・システムを軽々と持ち上げると、一気にイカ型ギアノイドめがけてジャンプして、そのまま放物線を描いて迫る。

 イカ型ギアノイドは急接近する湊夏さんめがけて足を次々と突き出し牽制するが、それらを拳で払いのけると叫んだ。


「フィスト・オブ・パワー、オーバーブースト・インパクト!」


 それは戦闘装備ウェポン・システムフィスト・オブ・パワーの必殺技であり、ギアノイドを素粒子レベルまで分解して粉砕するのだ。


 ……スポーツクラブのプールで使って、大丈夫かな?


 湊夏さんの拳はイカ型ギアノイドの頭……いや、イカの場合あれは腹なんだっけ?の中心を的確に捉え、打撃の発した重低音とともにイカ型ギアノイドの全身を駆け巡った衝撃波がその体を光の粒子へと分解させる。


 と同時にその衝撃はプールの底にも伝わって巨大な亀裂を生み出した。

 ああ、やっぱりやっちゃったなぁ……。


 打撃の反動で飛び下がった湊夏さんが、俺の横に着地する。


「……バトルギア、リリース」


 湊夏さんか変身解除のセリフを言うと同時に光に包まれ、元のスポーツクラブの水着姿に戻った。


「大丈夫?怪我はない?」


 だが湊夏さんは無言で腰を下ろすと、俯き膝を抱えて座り込んでしまった。


「ど、どこが痛いの!?」


 湊夏さんは俯いたまま首を振ると呟くように言う。


「あの格好は恥ずかしすぎます。他にも人がいっぱいいるのに……」


 心の傷の方が問題らしい。


 もちろん心の傷のケアは大事なのだけれども、破壊されたプールとこれを見たスポーツクラブにいる人々への説明も頭が痛い……。


 だが俺が頭を抱えていると人々がまたざわめき始めた。

 見ると上から降ってくる不思議な光の粒子に驚いている様子だ。


 降ってきた粒子は人々にふれるとしばらくその動きを止め、その後何事もなかったかのように動き始める。

 そしてプールの壊れた部分に触れると、壊れる前の状態に戻してしまった。


 見上げるとその粒子を屋内プールの天井付近から振りまいている……ほうきに乗ったローブ姿の魔法使いがいた!


「あれは……古の魔女エンシェント・ウィッチ!」


 古の魔女エンシェント・ウィッチとは『機甲魔法少女メカナイズド・ウィッチいろは』に登場するいわば第三勢力であり、密かに機甲魔法少女メカナイズド・ウィッチたちの戦闘跡を修復したり、目撃者の記憶を消すことで機甲魔法少女メカナイズド・ウィッチの存在を隠蔽したりと、影から機甲魔法少女メカナイズド・ウィッチの活動をサポートしている存在だ。


 古の魔女エンシェント・ウィッチはひとしきり戦闘の痕跡を修復すると、俺と湊夏さんの傍らへと降り立った。


 背の高い円錐形に広い鍔のいわゆる魔法使いの帽子を目深にかぶっているため、古の魔女エンシェント・ウィッチの顔を見ることができない。


 ……もしかして。新キャラですか?


 だが古の魔女エンシェント・ウィッチが変身をとくとそこにいたのは……ジャーフィンだった。


「そういえば見かけないと思ったら……」


 ジャーフィンは突然俺に食ってかかる。


「これ、あんたが原因でしょ!なんであたしまで巻き込むのよ!?」


「ご、ごめん」


「だいたいあの衣装はなんなのよ!?あのローブの下に着ているの、ほとんど紐よ!?一体どういうセンスなの!?」


 あー、初期シリーズのキャラクターデザイナーって割とそういうのばっかりだったからなぁ……。


「恥ずかしすぎる……」


 そう言ってジャーフィンも湊夏さんの隣で膝を抱えて座り込んでしまった。

 並んでふさぎこんでいる姿はある意味シュールではある。


「二人とも、元気出してよ。設定通りなら、目撃者の記憶は消えているんだし……」


「大悟」


「はい」


「もう休憩は十分ですよね」


「え」


「ここで見てますから、50メートルをもう5本、泳いできてください」


「はい……」


 結局俺はまた泳ぐことになった。

 やっぱり俺の知っている水着回と違う!

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妄想嫁との新婚生活は命がけ Clifford榊 @CliffordSakaki

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